気を揉んだ木曜日【上】
「お邪魔します……」
「違いますでしょ、先輩。こういう時は?」
「あぁ、うん……お邪魔しましたー!」
「ちょちょちょっ! もっと違いますってば! というかなんでそんな晴れやかなんですか! せっかく女の子の家に上がれるのに全力で帰ろうとしないで下さい!! ……あぁ、なんか久しぶりに誰かにツッコミ入れた気がする、でへへ」
「オチを自分から用意する辺り流石としか……」
「それでですよ先輩。お邪魔しまーすじゃないですよ。ノンノンのノンです。はい先輩、こういう時は……? さぁ、恥ずかしがらなくていいのよ……」
「なんでちょっと大人びた感じで言うの。声のトーン下げんな、ゆっくりまばたきすんな、ドヤ顔は特にすんな腹立つから」
パンパンに膨らんだ買い物袋をぶら下げた両手がそろそろ痛いし、玄関前での意味分からん寸劇とかホントいらないから。
「ほらほら先輩。たーだー……?」
「…………」
「うーん分かりませんかね? ほーらほら、たーだーい……?」
「………………ま」
「!! はい先輩、続けて言うと!」
「はぁ…………ただいま」
「おっかえりなっさいセンパァァァイ!!! お風呂にします? ご飯にします? それともそれともぉ……?」
「とりあえず退いて」
「わーたー……え、あ、はい」
言いたい事が一秒毎に増えるって、もういっそ逆に凄いけど、とりあえず玄関の中に入ってビニール袋を置く。
そして、まぁ、言いたい事を溜め込むと身体に良くないし、今日一日を乗り切る為にもここはね、はっきり言っとかないと。
「お風呂?」
「あいたっ」
「ご飯?」
「うぁ、ちょ先輩、チョップやめて」
「あと洗濯も、だっけ? 家事がほぼ出来ないからって教室まで来て泣きついてくれやがったやつがどの口で? ん? もれなく明日仮病使う事になりそうなんだけど?」
「あたたた、ぃで、あっ、その……グリグリやめていたいいたい、ホントいたいぃ……しょうがないじゃないですかぁ、パパもママも結婚記念日だからって旅行いっちゃったんですもん……」
「兄ちゃんどしたよ」
「サークルの合宿とかで帰れないって」
いやホント信じがたい事だが、よくこいつを一人家に置いて出掛ける勇気出たなご両親。
歩く化学反応だぞ、下手したら明日には更地になってても俺は納得する。
「……だからなんでそこで俺に声かけるかね……いや断りきれなかった俺が言うのもあれだけど」
「そですよ、先輩もノーって言わなかったしぃ……ホントは興味あるんじゃないですかぁ……? 早苗のお部屋とかとかぁ」
「断った瞬間スマホ構え出したやつが何言ってくれんの」
「あ、先輩先輩」
「なに」
「パンツは一枚、靴下二枚までは許可します」
「はっ?」
「ブラは…………ちょ、ちょっと恥ずかしいんで……見るだけでどうかご勘弁を」
「なに俺が欲しがってる形に話を着地させてんの!?」
「先輩……使ったらちゃんと洗ってかえして下さいね」
「それは女装趣味的な用途で言ってんの!? 処理的なアレで言ってんの!? どっちにしてもアウトだしやんねーよッ!! というかさ、リリース求めてどうすんだ捨てるか弁償求めんだろふつう!!」
「先輩……女装はちょっと違うんですよねぇ。先輩みたいなガタイの良いひとは似合いませんし、そういう可愛さを早苗は求めてないっていうか……」
「話聞けやぁぁッッ!!!」
早苗宅について僅か二分弱、もうすでに心が折れそうです。
◆◇◆◇◆
折れるどころか粉砕されたわ。
「正座」
「ぁぃ……」
「早苗。今からお前に二つくらい質問するが、マジメに答えろよ。ほんと何がどうなってんのか理解に苦しむから、お前の将来の為にもここはハッキリさせとこう」
「さー!いえっさー!」
またこいつ変なテレビ番組に影響されやがったな。
けどそんなの今一番問題視するべきことにくらべたら些細な問題だ。
なんかやたら付いてるフリルがイラッとくるエプロンを着用したままフローリングに正座する早苗を、もうそれはそれは鬼の形相で見下ろす。
「……まずひとつ目。なんでガスに火がつかなかったと思う?」
「それ早苗もずっと不思議に思ってました! おかしいんですよホント。すっごい力入れて回したのにうんともすんとも言わなくて」
「バキッとは言ったね。エッグい音したよホント。はぁ……なんで逆に回してるって発想に至れなかったのか……」
「逆……ハッ、なるほど押してダメなら引いてみろって事ですね! そっかそっか、スイッチを引っ張ればよかったんだ」
「んな訳ねぇだろ!? おかげで片っ方だけのコンロしか使えないから飯作んのも時間かかったよ!」
「料理する背中、かっこよかったですよせーんぱい」
「そういうの良いから。手伝うって言い出した時、断っとけば良かったよ……お前分かってんの? 危うくこの家ごと料理するとこだったんだぞ?」
「家を料理とかもう巨匠越えも夢じゃないですね! これはアイアンシェフへの進路も早苗の今後の視野に……」
「反省してんのかこら」
「さー!いえっさー!」
「卓球のラケット振る動作やめーや。グッ、ってガッツポーズすんなや」
この為の右手……とかボソっと呟いてんじゃねーよ。
しかし、まだツッコミたいところもあるので何とかスルー。
「次。お前の事だからポケットの中にモノ突っ込んだまま洗濯機にぶちこむと思って、先に出しとけって言った訳だが」
「ティッシュいれっぱなしでママによく怒られました……三日連続でやっちゃった時はどうなるかと」
「ホント学習能力どうしてんのお前……というかお前がウチ受かったことが完全に七不思議扱いされてる自覚あんのか」
「私がトイレの花子さんならぬトイレの早苗さんになることだ」
「ブリ○チのネタすんな。まぁ、それでさ、ティッシュとハンカチの他にもチュッパチャップスとかBB弾とか入ってたのも、もう面倒くさいから流すけど……この丸まった紙、昨日やったっていう現国のミニテストだよな? ん?」
「うげっ……ふひゅーしゅー」
口笛くっそ下手だなおい、あの喫茶店の店長にでも教えて貰えば良いのに。
ついでになんか奇跡的になにかしらに着火とかしてあの店、全焼させてくれば良いのに。
しかし、まぁどっちにしろ誤魔化されてやるつもりだけはない。
「……点数はこの際触れないでおいてやるとして、お前これくしゃくしゃに丸める前、紙ヒコーキにしてただろ。折り目くっきり残ってんぞ」
「うぅ……だって四限目が自主で暇だったんですもん。それで紙ヒコーキつくって飛ばし合いしようってなってですね……」
「小学生かよ。いや今時の小学生だってやんないよそれ……お前のクラスどうなってんの……」
「それで栄えある第一投目が早苗だったし、周りの皆も熱い声援送ってくれたもんだから、これはもういいとこ見せちゃるってめっちゃ気合い入れたんですけども……」
「(四限目に聞こえたあの謎の早苗コールはこれだったんかい。あれ、そういやその後……)」
「……こう、全力で投げるじゃないですか。そしたらこう、ビュンて上の方に飛んで一回転、しかもこっちに来やがりまして……気が付いたら、サクッと早苗のおでこにストライクしまして……」
「……」
「クラス皆に大爆笑されて、ぐぬぬぬぅってなってついくしゃくしゃーって……あは、あははは……」
「正直笑い声だけで床が揺れてびびったわ……ところで早苗さん」
「はい?」
「このミニテストの問1なんだけど。失った名誉を取り戻すという意味でしばしば使われる四字熟語を書きなさいってやつ。これさ、この前やったじゃん。汚名返上とか汚名挽回とかのやり取りあったじゃん」
「…………そでしたっけ?」
「そーでしたよこのギネス級単細胞」
自信満々に実はどっちも意味としては正しいって話、こいつもう忘れたのか。
いやけど、そのミニテストの時はまだ辛うじて覚えてたっぽい……けど…………
「で、お前……答え、これさぁ……『オメー卍解』ってなに? この……何? 回答欄の赤いバッテン、めっちゃ力入ってるしなんか滲んでるし……」
多分、これ先生が採点した時のだろうな……滲み方からしてガチ泣きじゃないのこれ。
先生……今度甘いものでも差し入れしとこう、うん。
「あっ、思い出しました!」
「……? なにが?」
「三日連続で早苗がティッシュいれっぱなしだった事ですよ、ママがすっごい怒ってたんですけど……『残火の太刀』って言って包丁片手に……いやぁ、あの時はホント死ぬかと……」
「……憤怒のレベルがムカ着火ファイヤーのレベルを遥かに越えてらっしゃる……」
「でも先輩。早苗は先輩とあれこれする為にもまだ倒れるわけにはいかなかったのです! だからすっごく謝ってなんとか生き延び、そして今日! こうして一緒に居られるとゆー訳なんです! さっ、褒めて下さい」
「因果応報って知ってる?」
「おほぉぉ……? あ、そっか、それを言い出したら今早苗がこうしてるのはパパとママがアレしてあぁなっておほぉぉした結果だから……よし、そうとなればママに楽しんで来てね(意味深)ってラインをば……」
「……後半だけ拾ってその発想に繋げられるとか凄いイヤなんだけど……」
「あっ、返信来た」
「……はやすぎんだろ」
「えーとなになに……『アンタこそゴム外すの忘れるなよ』……って、ごむ? 先輩、ゴムって」
「…………ねぇ、早苗。またひとつ聞きたい事があるんだけど」
「ほえ?」
ママさんのラインの返事とやらを聞いて、ツツーッと冷たい汗が頬から流れ落ちた。
実は、ちょぉーっと引っ掛かってた事がある。
なんでそもそも早苗は今日、俺を誘ったのか。
そんで、一応物の場所だけ覚えとこうと向かった洗面所。
入浴室の扉のすぐ近くの棚、真新しいバスタオルの上に未開封のシャツとトランクスがあったのはなんだったのか。
あとこれみよがしにこれまた未開封の歯ブラシが洗面台のコップに一本だけ入れてあったのは何の意味があるのか。
その謎が。
「あっちょっと待ってください先輩。ママから伝言です。えーと……『じゅんかつあぶらは洗面台の下にあるので、良かったらどうぞ。娘を宜しくお願いしますね、センパイ』って……むー、ママが先輩をセンパイって呼ぶなし」
「…………あの、早苗さん」
「ちょ、敬語はやめてくださいってば」
「早苗…………今日の朝、ママさんから何か言われなかった? たとえば……困ったら俺を頼れとか、そんな感じの事」
「んん? んー…………ハッ!! そうでしたそうでした
、旅行に行く時にママが、『料理とかは"例の"先輩に頼みなさい。あとちゃんと労ってあげること。あと常に薄着でいること』って……あっ、そういや着替えるの忘れてた。せんぱーい、ちょっと着替えてきますねー」
「………………」
その謎が。
今。
「繋が……ってたまるか二つの意味でェェェェェェ!!! "例の"ってどういう意味だこらァァァ!!!」
愛娘を将来ごと押し付ける気満々じゃねぇかママさん。
まだ色々早すぎんだよ、既成事実から入る事をよりにもよって親がプッシュしてんじゃねぇよ。
つまり、俺は今、クモの巣の中心近くを飛び回っているということで。
そしてこれから先、引っ掛ける為のトラップがあるかも知れないと、戦々恐々としながら一日を乗り越えなければいかないようで。
「…………胃が痛い」
とりあえず、あのバカがこれ以上とんでもないことをやらかさないように。
手を合わせて祈った。
ついでに頭の前で十字架を切った。
全力で神に祈ったが、その祈りを聞き入られるはずもなかった。
「せんぱーい。着替え終わりましたー」
「なんで水着なんだよこのバカァァァァ!!!!」
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