アルカディアよ、永遠に

畑ノ田圃

プロローグ 終わりの始まり

 誰かが言った。

 ――――アルカディアが世界に混沌をもたらした。


 誰かが否定した。


 ――――アルカディアが世界に安寧をもたらした。


 それまた誰かが否定した。


 ――――アルカディアが世界を破滅に導いた。


 だが。

 その他大勢は最後に口をそろえてこう叫んだ。


 ――――アルカディアがいなければ最後に世界は救われなかった。


 しかしアルカディアを名ばかりではなく内実を知る人物は大陸に知れ渡った名前に反比例するほど少ない。


 果たして、アルカディアとは実在する人物なのか。はたまた世界を救ったのか、破滅させたのか。

 これはその謎に包まれたアルカディアの原初に至る物語。


 ※※※※※※※※



 ――――煌々と燃える


 視覚より先に感覚が熱量を理解していた。

 チリチリと産毛が燻される。火元から離れ、城下町を抜けてもなおスアレスの皮膚から伝わるその熱は熱さを通り越して痛みとして伝わってきた。


 暴力的なまでの大炎は一種の美しさを醸し出していた。しかし、その美しさの中に喜劇は共存しない。


 炎が大蛇のように身体をくねらせながら

 城を、

 街を、

 人を、

 ――兄までをも燃やし尽くさんと牙を剥く。


 スアレスは奥歯を砕かんばかりに噛みしめながら戻ろうとする足に鞭を打ち、なんとか前へ進む。

 助けたい、そう思うのは当然だった。助けが間に合わないのであれば苦楽を共にした、仲間と、兄と、最後を遂げたかった。


 しかしそれはできない、いや許されてはいなかった。


 使命が、スアレスの足に絡みついて戻ることを許可しなかった。


 歩くこと、数分。

 業火に晒され続けた城壁がとうとう限界を迎え、悲鳴のような物音を立てながら崩れて行った。

 スアレスは音だけで背後で何が起こったのか察することはできたが振り向むことはしなかった。振り向いて確認しなければ、現実を受け止めなくて済む――――まだ誰も死んでない、そう思えたからだ。


「前へ⋯⋯進むんだ」


 決意を新たに一歩踏み出した途端、それは足元に落ちてきた。

 一見ただの焼け焦げた灰色の布の切れ端に見えるが、そうではない。

 布の切れ端をよく見れば灰色を基調としていながらも赤の刺繍、橙色の細い線が真横に走っていた。紛れもない、これはナバーロ王国から支給される軍服、それも官僚のみが着れる物だ。


 スアレスの兄は官僚だった。

 

 スアレスは街道の横に生えていた樹木に近づくと躊躇うことなく頭を叩きつけた。脳裏にこびりついた兄の姿を消し去るが如く、額から血がこぼれてもやめなかった。



 ※※※


 激しく揺さぶられ軽い嘔吐感を覚えながら僕は起きた。

 視界の先には、年季の入った机に、洗濯済みの制服、そして僕と似た出で立ちの男性――双子の弟コラレス・アルカディアが立っていた。

 コラレスは僕と顔は似ているが肩は熊のように膨らんでいて、腕は丸太のように太く、背中には針金が入ってるんじゃないかと見間違うほど背筋はぴんと張っていて、ただ立っているだけで厳かな雰囲気が漂っている。双子とは言え、僕のほうが早く生まれたにもかかわらず身長にはっきりと差があるのもちょっぴり悔しかった。


 「なんでまたこんな早く起こすのさ、卒業式の開会式から逆算してもまだ一時間は寝ていられたよ」


 僕は枕もとの時計で時刻を確認しながら揺さぶった犯人に言及する。窓から外を見ても暗闇がほんのりと白み始めた程度で陽はまだ出ていない。


 「⋯⋯うなされていた」


 コラレスは一瞬目元を伏せ、逡巡する様子を見せたが端的に伝えた。


 「そっか⋯⋯。他に変わった様子はあった?」

 「いつも通り。『また助けられなかった、にはチカラが足りない』って何度も呟いてた」

 「そっか⋯⋯。うん、すっきりする為にも顔を洗ってくるよ」

 

 そう言って僕は扉を開けて洗面所へ向かう。

 どうやら僕は未だに4年前の戦争の気持ちの整理がついてないらしい。4年前の当時――僕らが住んでいたナバーロ国は現在地図からは消えている。いや、滅ぼされたと言ったほうが正しいかもしれない。

 

 国を追われた僕らは着の身着のまま隣国のウルキデス王国に亡命し、生活をしている。元が地方貴族の子息だったことも幸いして比較的早く市民権を得ることはできた。しかし、いくらウルキデス王国が大国と言えど、国一つ分の住民の住居、市民権を用意するのは困難だったらしく未だ3割近くのナバーロ人が浮浪者、奴隷として戦争の爪痕を残している。

 

 彼らに一般的な生活を与えたいのは本音だが今の僕にはそのための金も、地位も、権力もない。だけど僕らは諦めたわけじゃない。父の旧友だと言う人物を尋ね、金を借り高等士官学校に入学した。ここで優秀な成績を修めて卒業した生徒はその後、一兵卒からではなく4階級昇進した伍長から軍隊に編入できる。伍長からとは言え戦果を上げ続ければ、左官、将官と位をもらい自分の土地を貸し与えられてナバーロ人をそこに住まわせることも夢じゃない。

 それを目標に僕は戦術科にコラレスは武人科に入学した。そして今日が高等士官学校の卒業式だ。そして卒業式の式目の中に、成績優秀者の発表は入っている。だからなのだろうか、過去を夢で見てしまったのは。


 「結局、僕はあの時から進歩しちゃいないんだ⋯⋯」

 

 水を溜めた洗面器から水を掬って頬にかける。早朝ということも相まって一層冷たく感じた。

 かえってそのおかげで冷静になることができ、4年前の戦争を克明に思い出していった。

 

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