0から始める義賊生活
「よし、もう安全だぞ」
「さすがだな。ユーマ」
「このくらいならな。しかし最近は護衛なしの行商人の数が多いな」
数か月もすると、モンドの言う通り俺は立派な義賊になっていた。湿地の中を駆け抜け、敵を見つけ、倒し、襲われている人を保護する。湿地に道なき道ばかり続くワンプの土地勘もだいぶついてきた。それでも迷わないようにチームで行動しているが。
「マンガン。保護を頼む。毒は受けてるか?」
「よくわかんねえけど、ケガしてるな。これを塗るんだよな」
「あぁ、お前ら本当に毒消し薬もなしにこんなところに住んでいられたな」
金剛義賊団はこんな毒性モンスターのるつぼであるワンプで活動しながらまったく毒対策をしていなかった。
薬草はいくらかあったが適当にすりつぶして塗っているだけ。毒を受けたときは原始的な紐による止血と吸いだしによる毒抜きだけ。装備もフォートで勇者のお下がりを適当に買っているだけだった。
「でもお前バカそうなのによくこんなこと知ってるな」
「テルル、お前。そこの沼に頭ぶち込むぞ」
「褒めてんだから怒るなよ」
「ま、昔はパシリばっかりやらされてたからな」
パーティにいた頃は買い出しも薬草の調合も俺の役割だった。
「そもそもなんでワンプにアジトがあるのに全員揃って革装備なんだよ」
「安いから」
「モンドもそういうとこ全然考えねえよな」
今は俺の進言で全員毒耐性のある銀製の装備をつけている。俺がフォートの市場で買ってきて調合した毒消し薬も全員に数回分行き渡っているはずだ。
まったくこれで今まで一人も死んでないっていうんだから運だけは立派だな。モンドが俊足を飛ばしてフォートの医療法術師のところに駆け込んだ数は数えきれないらしいが。
「う、うぅ」
「お、気がついたみたいだぜ」
ケガを介抱していたマンガンが倒れていた行商人を抱え起こす。傷は浅い。護衛をつけなくてもそのままいけそうだな。
「すみません。助かりました」
「ワンプだってずいぶん危険になってるんだ。護衛はつけた方がいいぞ」
「それが、もう傭兵の手が足りず護衛がつけられないんですよ」
「首都ウェルネシアで探せばたくさんいるだろ」
俺がギアたちとパーティを組んで旅立った場所だ。ここからはそれなりに遠いから金はかかるがそれでも危険を冒すよりは何倍もいい。
それに首都だけあって腕利きも多いから、小さな町にたむろしているごろつき上がりの傭兵よりも頼りになる。
「もうすぐ魔王城への一斉攻撃が始まるらしいんです。それで物資が足りず一部の豪商が傭兵を大量に雇って大きな輸送部隊を組んでいるんですよ」
「それならこっちに来るのはやめておけよ」
「物資の需要は高いですからね。我々だって稼ぎどきですよ。背に腹は代えられないのです」
「まったく商人ってのはどいつもこいつもがめついな」
とはいえその物資が魔王の討伐に役立つかもしれないのも事実だ。彼らは正当に仕入れた商品を運んで公正な取引で売っているだけだ。責めることなんてできない。
「とにかく気をつけて行くんだな。次は間に合わねえかもしれねえぞ」
「はい。ありがとうございます! これはお礼です」
そう言って行商人は木の皮の包みを俺に手渡した。
「これは、
「薬草や武器の方が高く売れますから。命に比べれば安いものですよ」
「おい、テルル。お前フォートまで護衛についてやれよ」
「ユーマも十分現金なやつだな」
ここらのモンスターは食おうにも全部毒持ちだからな。平野を駆けまわっている俊敏なモンスターの肉は締まっていながらほどよい脂肪があってめちゃくちゃうまい。勇者候補生たちの修行をかねた路銀稼ぎとしてこうして肉が出回っている。
ここに来てからはフォートで買った安い畜産の肉しか食ってなかったからな。あれはあれで脂がのって悪くないんだが、やっぱり肉と言えば鍛え上げた赤身に限る。
テルルを護衛につけさせて俺たちはアジトへと戻る。今日は焼肉だ。食って食って食いまくるぞ。
「ほお、一斉攻撃ねぇ」
「あぁ、巡回のチームを増やした方がいいかもしれねえな」
「あぁ。だがさすがに攻撃前は商人たちも近づかないだろう。しばらくすれば商人の通る数は減ってくるだろうな」
「確かにな。今は護衛なしの行商人が増えてるせいでこっちの仕事は増えてるが」
アジトの入り口にたき火をしてその周りに剣の柄を地面に刺して並べる。熱した剣に肉を押しつけると、いい香りを立てながら肉の色が変わっていく。これが義賊団流の焼肉だ。
一心不乱に肉を確保しながら、俺とモンドは器用にこれからの計画を話していた。
「それより魔王軍からの反撃に備えて避難するやつらが出てくるだろう。そいつらの保護を優先したい」
「そうだな。フォートからワンプを通って逃げるやつらもいるだろ。兵士は攻め込むから護衛もいないだろうしな」
「兄貴もユーマも食べるか話すかにしろよな」
馬鹿野郎。肉は待ってくれないんだぞ。そう言っている間にも切り分けられた
翌日からは単独行動でワンプ全体をパトロールすることになった。通っていくのは商人や医療専門の法術師、警備として派遣された経験の浅い兵士たちだった。フォートに残ったところで足手まといにしかならないと帰らされたという。
言ったのは間違いなくギアだろう。氷の上を滑るような冷たく淀みない口調が聞こえてくるようだ。
だいたいの人間をワンプから送り出して、俺はアジトへと戻り始めた。普段はあまり来ない場所だ。なんとなくの方角はわかるのだが、足取りはどうしても慎重になる。
「ん、あれは?」
目に留まったのはここらではまず見ない少女の姿。さらに珍しいことに長く尖った耳はワンプには住んでいないエルフのものだった。俺と同じようにキョロキョロと辺りを窺いながら沼地の中を進んでいる。
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