洞穴の義賊
沼地ばかりだと思っていたワンプは意外と広く、フォートへの最短距離から外れると、ところところに山や丘があり、日光の当たる場所もそれなりにあるようだった。
モンドのいう自警団は山の崖に横穴を掘ってそこをアジトにしていた。
「おもしろいだろ。アリの巣を見て思いついたんだ」
「坑道みたいなところだな」
「ま、そういう言い方もあるな」
補強のための木の柱と明かりのたいまつが等間隔で並んでいる。かなりの大所帯で部屋数は簡単には数えられなさそうだった。
「なんでこんなところで自警団なんてやってるんだ?」
「自警団じゃない。金剛義賊団だ。間違えるなよ」
「自分で言ったんだろうが」
「そうだったか? まぁなんだっていいだろ」
適当なやつだな。本当にリーダーなんだろうか。ギアは冷徹ではあるが、少なくとも目的を達成するために適切な手段を考えられるやつだった。
「ここらは土地が悪い割に行商人の数が多い」
「フォートがあるからな。前線ならどんなものも他よりかなり高く売れる」
「需要が上がっているせいか護衛もつけずに来るやつが多いんだ」
魔王討伐前線基地であるフォートに近いということは、モンスターも強力なものが多いということでもある。
幸いワンプのほとんどは湿地帯で沼の中に住むモンスターが多く、先人たちの通った道を進めばモンスターと出会うことは少ない。だからこそその先にフォートがあるのだ。
とはいえ危険なモンスターがうろついていることには変わりない。武装した勇者候補生ならともかくとしてただの行商人が一人二人で入っていい場所じゃない。
「それを狙ってこういう野盗もいるしな」
「でもそんなの自業自得だろ」
「そう言うなって。助けりゃ魔王討伐が早くなる。つまりは俺たちのためにもなるってことだ」
「だったらてめえで倒しに行ったらいいんじゃねえのか?」
あの蹴りさばきはちょっと腕に覚えがあるなんてもんじゃなかった。少なくとも村のために何もないまま勇者候補生に名乗り出て、我流でやってきた俺とは比べ物にならない洗練されたものだった。
「俺様のは義賊流よ。大物相手じゃちっとばかり荷が重いな。それよりお前はなんであんなとこを一人でほっつき歩いてたんだ?」
「それは……」
「ま、いいか。それより飯だ。おーい、帰ったぞ!」
肩に抱えていた野盗を出てきた団員らしい男に放り投げる。慣れたように野盗を担ぎなおして部屋に引っ込んでいった。
「おう、こっちだ」
「あんがい、豪華だな」
坑道のような穴暮らしだから、それほどいい生活はしていないと思っていたが、木のテーブルにしっかりとしたイスが用意されたダイニングに案内される。出てきたのはふっくらとしたパンにローストした馬肉。それに豆のスープ。
旅の中でも露営のときはこんなにいいものは食べられなかった。こんなところに住んでいるなら贅沢と言ってもいい。
「驚いたか?」
「どうやって生活してるんだ?」
「さっきみたいな野盗はフォートでウェルネシアの軍人に売れば懸賞金が出る。ワンプの大型モンスターも同じだ」
「
「助けた行商人がお礼をくれたりもするしな。もちろん強要はしない」
なるほど義賊を名乗るだけのことはある。勇者候補生と聞けばたいていの人間は協力的だった。それと同じように自分を助けてくれる存在には自然とお礼をしたくなるものだ。
「なぁ、ユーマ。俺様たちの仲間にならねぇか? さっきの戦い。お前には見込みがある。もちろん行く当てがあるって言うなら止めはしねえが」
「俺に、見込みが?」
そんなことは初めて言われた。勇者候補生になったのだって別に特別体が強かったわけでも拳法の腕が立ったわけでもない。小さなエネットでは使い勝手の悪い気功法でも法術を使える人間は貴重だった。
エネットに報奨金を持って帰る。ただそれだけを夢見て旅を続けてきた。その夢さえも今はギアに預けてしまった。今の俺は空っぽのままだ。村に帰ることなんてできるはずもない。
「ここなら、俺でも役に立つのか?」
「俺様の蹴りに合わせられるならもうナンバーツーだな」
あれを合わせたって言えるだろうか。渾身の肘のつもりだったがモンドはまったく効いていたようには見えない。そりゃバカみたいにモンスターに突っ込んで死にかけてきた俺だ。義賊とは言っても野盗相手に戦っているやつらよりは強いと思いたいが。
「一応出てきた村はある。でもなんもなしには帰れねぇ」
「帰りたくなりゃ帰ればいいさ。うちは来るもの拒まず去るもの追わずだ」
そう言われれば断る理由もなかった。勇者になることはできなかったが、ここで行商人の安全を確保すれば俺も遠くから世界を救うことができる。
そう自分を納得させて、俺はモンドの下で義賊として働くことになった。
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