第23話 帰宅。

「もうすぐ着きそうだよ、アザルちゃん?」

「んー。……礼は、言わない」

「うん、私が勝手にやってることだからね?……寧ろ、お礼を言わないアザルちゃんが見たいからねー、僕は」


そう、メカニックの言う通り。こいつが好きで私を助けた。……それだけ。


「身体大丈夫?血は……うん、一応少しは止まってるかな」

せめて血が止まるように、ってメカニックから身体を強くくっつけるようにって言われた、おんぶされたまま

正直したくない、けど……血が垂れ落ちる状態だと、私も危ないとは分かる。魔力やら、龍やら……そんなのもう、関係ないから。


「……って、落ちるのが怖いの? そんなに強く掴まなくても……こう見えて僕、ちゃんとメカニックしてるからねー?」

「うーっさい……」




「失礼するよー、レウィスー?」

やっと家に着いた。

扉の方は……幸いにも鍵が掛かってない、つまり……レウィスは、家にいる。

あの知らない奴と一緒じゃなければ、うれしいけど。


……あいつが、いた。


「お前が来るって、珍しい事だな……」

「あはは、まぁそう思うよね?それより……綺麗なタオルと彼女を置くところ、早く準備して?」


……見られた。

あいつの反応が、少し怖い。


……特に何も言われなかった。少し怖いから、ずっと目を閉じてるけど……何か言われる所か、あいつの走る音しかしてこない。


「メカニック、アザルに何が起きた?」

「僕に言われても知らないよ。富裕地区の方で、怪我だらけで倒れてたのを見つけたから……」


富裕地区。……だから知らない所だったんだ。

……レウィスは、特に何も言わない所か、私を心配しているのが分かる。……よかった。


「……悪いけど、部屋まで運んでくれるか?」

「もちろんだよ。変に下ろして、痛ませるよりかは良いだろうし……」

……そのまま部屋に持ってかれた。



やっと自分のベッドで、横になることが出来た。

あんな路地裏の地面なんかよりもずっと柔らかくて、暖かい。


「これで少しは大丈夫、かな……って、うわぁ……」

「ひでぇ傷だな……」


シャツを破られて、お腹の傷が見られる。

そういえば自分でも、傷がどのくらい深いかを見てないから……ちょっとだけ見てみる。


思ってたよりも、かなり深い傷。


「手一つ分の長さの傷かー。……アザルちゃん、痛い?」

そんなの痛いに決まってる。自慢ではないけど……今の私は、所詮人間と同じくらいの耐性しかないんだから。

けど、素直に認めるのも……レウィスが近くにいる以上は、いやだ。


「ぜ……。……全然」

「全然痛くないなら、ちょっとどれくらい深いのか、触るけど…?」

「……だから私はお前が苦手なの。……痛い、すっごい痛い」

「どーれーくーらーいー……痛い?」


……こいつはサディスティックか。

それとも単に私をからかいたいのか……分からない。


「とても痛い。……少なくても……私が感じる痛みだと、初めて」


今まで怪我をする、事なんて滅多にない事だから。だからこそ、自分でもこの痛みに少し驚いている所もある。


「……いや、その……な? 状況が全く掴めない」

「僕も全然聞いてないからねー?」


そういえば、まだ何が起きたのかは全然言ってない。……というか、聞かれてないから、私も言う理由が無い。

けど、素直に負けた、なんて言ったら……。

……それか、レウィスなら捨てないって信じていうべきかもしれない。



「その……うん、負けちゃったって……感じ」

何か聞かれる前に、自分から言うことにする。


「家を出た後、少し飛んでたら……変な奴が、いて」

ほぼ確実に、リアフィールドって奴。あの人形を使って、そして私の魔力を暴走させてきたあいつ。


「攻撃してきたから、反撃しようとしたら……まぁ、色々あって、こう……なった」


嘘は一つもついてない。本当に反撃したら、こうなったのは事実なんだから。


「んー……ちょっと見たいものがあるから……居間借りるね、レウィス?」

「好きにどうぞ」


メカニックが部屋から出ていく。何が見たいのか……。

……あいつの事だし、あとで血を調べたい、とか言ってきそうなのがあり得るのが。

それ以上に、今の状況でレウィスと一緒にいるのが、いや。散々最強の使い魔、なんて言ってるのに、負けちゃったんだから。


……久しぶりに、気まずい雰囲気。

私からは特に言うことも無い。……いや、言いたくはない。


「まぁ、なんだ。もう少し詳しく説明してくれるか?」

レウィスの声が聞こえると、身体が驚くように反応する。怖がってる、かも。


「怒って、魔術使おうとしたら……対策されて、身体が壊れそうになった。……それだけ」

「対策されて、壊れそうって……もうちょっと分かりやすくいってくれないか?」


「わ……分かりやすいも何も、私だって全然わかってないし。……魔術使ったら、いきなり……感じたことのない痛みが、身体中に来て……気づいたら、地べたに落っこちてたし……。傷を治すために、魔術を使っても……身体が痛むだけで、何の効果も無い……」


魔力が暴走してる。

こういえば、もっと伝わりやすいかも知れないし、解決法だって、あるかもしれない。……けど、それを認めたくない。


「せめて、あの糞野郎の匂いを嗅いで、追い詰めようとしたけど……無理。近づく事も拒否されたんだもん」

「……はぁ、リアフィールドとか、そういう奴か?」


「うん、多分それ。……でもなんで、知ってるの?」

私が知ってるのは、あいつから言ってきたから。


「勘だよ、勘。少なくとも、お前みたいな龍を対策出来る奴なんて限られてるからな」

「それだけでも、リアフィールドって考えは出ないと思うけど……」

「あの気味の悪い部屋、あれでお前の魔力をどーたらで対策……なんて可能性が大いにあるからな」


あの歪で、気味の悪い部屋。確かに、私があの部屋を踏んだから……それで魔力を見られて……ってのが、合う話かも。

……あれ、レウィスは……怒ってない?負けた、なんて知ったら怒ると思ってたから。


「そ、それで……レウィスは、怒ってない……?」

怖いけど、聞くしかない。


「……怒る要素が何所にあるのか」

「だ、だって……その、負けたし?」

「対策されたんじゃ仕方ないんだろ? それに魔術を使うと、身体が痛む……ねぇ」


……意味が分からない、なんで怒ってないの。

『最強の使い魔』なんて言。ったのに、なんで怒ってない。


……けど、怒ってないなら……これでも、いいや。




「で、話し終えたっ?」

しばらくすれば、メカニックが遅れて部屋に来る。そういえば何かを取りに行った、って言ってた気がする。……それにしては、遅すぎる気がするけど。


「ああ、話し終えたよ。それより……こいつの魔力を確認するすべとかはあるか?」

「ん、レウィスも同じこと考えてたんだ? アザルちゃんは一応龍だし、魔力の方を調べないと……僕たちみたいに血液を調べるよりかは、効果的だろうし?」


足に刺さった破片は……まだ抜いてもらえない。そっちの方が、私にとってはいいけど。

変に魔力がまだ暴走してる状態で抜かれるのは、すごく痛そうで。

といっても、魔力を調べるって……どうやって。


「確か……この指輪を着用して、っと」

白銀色の指輪を見せつけられた後に、私の指に嵌めてくる。

……そういえばレウィスが言ってた、魔術が使える指輪がどうのこうのって……でも、これじゃ何にも解決できない気が。


しばらくすれば、指輪がほんのりと、赤く光り始める。


「この指輪がどれくらい赤く光るかによって、魔力の状態が確認できる……って代物だったかな? まぁ……答えはもう、目に見えて分かるけど……」

「弱く光り始めたら、それなりに不安定ってか?」

「そ。まぁ……真っ赤に光らなくて、よかったよ」


それにしても、不思議な指輪。人間は魔力が弱い、なんて言われるけど……こんなのを作れるとは、思っても無かった。


「一応、その指輪自体にも……安定剤みたいのがあるから、怪我が治るまでは着用しておいた方がいいよ。で、今からが問題なんだけど……」


足、を見られながらそう言われる。……破片の方は私もどうすればいいのかが、まったく分からない。

強引に抜いてみようと思えば、絶対に痛い。……痛いのは、もう感じたくない。


「強引に抜いてみる……ってのは、無理か」

「君、馬鹿? 今のアザルちゃんは、僕たちと同じくらい……ん、僕たち以上に弱ってるの。 そんな状態で、こんな鉄の破片を引き抜くなんて……考えるだけで痛い」


「……けど、その破片を抜かないと、そこから黴菌が……って事も考えると……あーもう、僕も混乱してきたよ……」


破片を抜かないと、黴菌。……人間の身体は面倒だ。

私の魔力さえ暴走してなかったら、こんなことにはなってなかったはずなのに。……痛みはもう、いやだ。でも……。


「アザルちゃんと同じくらいの魔力を持つ人……可能なら、龍がいれば大丈夫なんだけど……」

「一応、その龍とやらは知ってるな。が……残念なことに、そいつは今、この街にいない」


ヴィダが居れば、今頃大丈夫だったかも、知れない。……彼女らはこの街に今、移動し始めてるんだから……早く見ても、二日……いや、三日かも、知れない。

なら、少しくらい……少しくらい、痛みを我慢してでも、やるしかない。


「メカニック……と、レウィス。……ご……」

二人が私を見てくる。

怖い、言うのが怖いし、痛みも、怖い。


「強引に、破片を……その、抜いてくれれば……」

足に異物が刺さってる状況なんかよりかは、ずっといいかも知れない。


「正気か? お前の考えてるよりずっと痛いぞ?」

「正気だよ。でも、魔力が戻れば……こんな痛み、どうせ忘れるし」


メカニックが止めてくる……と思えば、レウィスから止めてくる。珍しい。


「……い、いやいや!? 君たち頭おかしいよ!? な、なに……アザルちゃんみたいな、か弱い少女にすごい痛みを与えようとしてるの!?」

「あいつが大丈夫って言ってるなら、止める理由も無いだろ?」

「そ、それでもだよ!?……はぁ、アザルちゃん……本当に大丈夫?」


確認のために、私に聞いてくる。

……大丈夫なのに。


それを伝えるために、頭を縦に振る。いうのも面倒だし、何なら……こうやって、ジェスチャーするだけでも面倒くさい。


「……じゃ、大丈夫なら……一応、タオルとかは全部ここにあるし……」


「一応聞いておくが、この破片……返しは付いてないだろうな?」

「知らない……って、あったとしても、もう引き抜く以外は手はないし……」


「……本当に大丈夫? そのー……アザルちゃん、少し震えてるっていうか……」

「気のせい」


メカニックの言う通り、私はたぶん…たぶん恐怖で震えてるのかも知れない。無意識に手が小さく震えて……それでもいい、痛いのは……今だけ、なんだから。


「じゃあ、一気に引き抜くからな?」

レウィスの手が破片に触れる。

まだ痛みは……うん、あんまり強くない。

ただ手が触れてるからか……もう痛みは、伝わってくる。


「メカニック、タオルの準備」

「僕は大丈夫だよ? あとは君が抜けば……だからね」


レウィスの手が、力む。あと少しで、思いっきり引っ張って……楽、になれるのかな。



「じゃあ……ちょっとだけ耐えてくれ、アザル」


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