もーいーかい

nobuotto

第1話

「もーいーかい」

「もーいーかい」

 男は何度も叫んでみたが、やはり返事はなかった。

「まあ、しょうがないな。俺がきっと最後の人類だからな。隠れる場所は死ぬほどあるけど、それこそ俺以外みんな死んじまってちゃあ、かくれんぼは無理だよな」

 目覚めると廃墟の中にいた。廃墟の世界は白かった。色がなかった。

 自分が何者か、なぜ此処にいるのか全てが不明であった。

 男は眠る必要がなかった。空腹にもならなかった。ここが天国という所かと思ったが、自分ひとりしかいない天国というのもおかしな話しである。

 長い時間が経った。

 男の中の疑問や不安の感情もすっかり消え去り、思い出したように「もーいーかい」と一人かくれんぼ、鬼だけのかくれんぼを男は続けていた。

 長い時間が経った。

「もーいーかい」と男が言うと、「ニャー」という猫の鳴き声が聞こえた。

「もーいーかい」と確かめるように男が言うと、また「ニャー」という鳴き声がする。

 そして黒猫が男の前に現れ、すり寄ってきた。

「お前は、ここで最後の猫のようだな」

 色のない真っ白な世界に現れた猫は、消え去った色を全て吸収したような濃い黒をしていた。

 そして黒猫と同時に夜がこの世界にやってきた。

 長い時間が経った。

「もーいーかい」と男がいうと「ウオーン」という犬の遠吠えが聞こえた。その声が段々と近づいてきて、茶色の犬が男の前に現れた。

「お前は、ここで最後の犬のようだな」

 そして犬と同時に茶色の土がこの世界にやってきた。

 長い時間が経つ度に「もーいーかい」と男が叫ぶと、ネズミ、鶏、ウサギ、象、キリンと動物がやってきた。動物の次は、七色の蝶、地味な灰色の亀と声なき生き物達が現れた。

 色とりどりの生き物であふれ、白い廃墟の世界も色鮮やな世界に変わっていった。

 しかし、何故だかオスだけである。動物も昆虫も爬虫類も、ここにいる生き物の中にメスはいなかった。

「どうせ、死ぬこともないのだから、子孫をつくる必要もない。まあ、オスだけでいいか」

 とは思いつつも、男の心には大きな期待が膨らみだしていた。

 長い時間が経った。

「もーいーかい」というと男が待ち望んでいた声が聞こえた。

「もーいーよ」

 女性の声である。声の主が男の前に現れた。その女は若く美しかった。きっとここで最後の女であろう。

 しかし、その女は人間ではなくアンドロイドであった。つまり最後の女性アンドロイドだった。アンドロイドであるが、男はその女性を心から愛しマリアと名付けた。

 長い時間が経った。

「もーいーかい」と男がいうと猫の鳴き声が聞こえた。

 雌猫がでてきた。猫型のアンドロイドであった。マリアが作ったという。

 そして、ネズミ、鶏、ウサギ、象、キリンとメスの動物型アンドロイドが増えていった。動物型アンドロイドの次は、七色の蝶、地味な灰色の亀と声なき生き物達のメスのアンドロイド達も次々と作られていった。しかし、メスがアンドロイドである限り、子孫は残せない。

「どうせ、死ぬこともないのだから、子孫をつくる必要もない。メスはアンドロイドだけでいいか」

 長い時間が経った。

 ふと男は自分がゆっくりと年をとっていることに気づいた。白髪もシワもでてきた。オスの動物達も静かに、ゆっくり年をとっているようである。男は死を感じた。

 長い時間が経った。

 男はすっかり老いてしまった。オス達は寿命の短い順に死んでいった。

 マリアもマリアが作ったアンドロイドも、年を取ることはなかった。

 男は自分の死が近いことを感じていた。

「もーいーかい」と男は静かにいった。

 これが最後の言葉になるかもしれない。残り少ない命のエネルギーを全部注ぎ込むように、今度は大きな声で「もーいーかい」と男は叫んだ。

「もーいーよ」

 そして、男の目の前に男性型のアンドロイドが現れた。

 その横でマリアは幸せそうに微笑んでいた。

 男が見ていた全ての色がだんだんと消えていった。

✴︎✴︎✴︎

「はい、これで終わり」

 母は、絵本を閉じた。

「ママ、この人達が私達の創造主なの」

「そうね。マリア様は形だけしかなかった”物”に命をいれたの」

「けど、マリア様は、なぜそれまでの生き物を助けてあげようとしなかったの」

「さあ、好きになれなかったのかもね。はいはい。もう遅いからお休みなさい。そうしないと部品がすぐだめになるわよ」

 そう言って、母は子供の首にある「休止」ボタンを押した。

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