人生計画表

nobuotto

第1話

 私は全く失敗のない人生を歩んできた。かといって大きな成功もない。

 それでいいのかと言う人もいるかもしれないが、無駄なく確実に生きていることに私は満足している。

 これも人生計画表のおかげだ。

 自慢ではないが、物心ついた頃から私は計画表を立てていた。今日の、一週間の、一月先までの計画を立て、それを確実に実行するのが大好きなのだ。

 計画表がないと落ち着かない。計画を立てたからと行って、全てがうまくわけではないが、失敗すれば次の計画の経験値にはなる。

 私の計画表への愛の深さを知った神様が、手を貸してくれる気になったに違いない。

 中学二年のある日から計画表が勝手に出来上がるようになった。

 朝起きると計画表が出来ている。勉強ばかりでない。好きな子へのアプローチの手順、段取りも書かれていた。成功することもあれば、失敗することもある。計画表通りに行動して失敗しても、過ぐに次の計画が現れてくるので後悔することはない。

 高校でも計画表通りに生きて希望する大学に合格し、大学に入っても勉強、趣味、デートの時間と生活の全てを計画表通りに生きてきた。

 社会人になっても、家庭をもっても同じであった。たまに休日に仕事の時間が現れることがあったが、計画表がそうしろと言うのであるから休日出勤をする。

 そういう時は急に仕事が舞い込んで来る時であり、休日出勤のおかげでうまく対応することができるのだ。

 人生を効率よく生き、間違いなく生きていくためには、人生計画表に従うのが一番なのであった。

 しかし退職を迎えたあとから遺言、相続手続きなどの項目が人生計画表に入ってきた。これは死に向かっての準備である。この歳では早すぎる。

 計画表通りに生きてきたが、この計画だけは自分の死を、それも近く訪れそうな死を受け入れるためのスケジュールであり、失敗してやり直しが効くというものでもない。

 私は初めて計画表を無視することにした。

 けれど、計画表に書かれていることを無視すれば無視するほど、さぼった穴埋めをしろと言わんばかりに計画表の内容がタイトになり積み重なっていった。

 それでも私は無視しつづけた。

 そのうち計画表の文字が大きくなったり赤くなったりと、アラートを私に送るようになってきた。

 どうせ死ぬための作業なのであれば無視すればいい。

 計画表を気にしないで残りの人生を愉しめばいいのだ。

 私は計画表を見ることさえ止めてしまった。

***

「教授、駄目ですねえ。最終フェーズのプログラムを無視したまま全く進みません。今回のデータも使えそうにありませんよ」

「ちょっと待ってろ、小林教授に見てもらおう。今日は授業もあったはずだから、学内にいるとは思うが」

 しばらくして、小林教授がやってきた。

「先生、また止まっちゃいましたよ」

「あらあ、そりゃあご迷惑をおかけして。最新のロボットに替えますか。まてよ。それはやめたほうがいいかも」

 小林教授はニヤリと笑った。

「先生。ひょっとしたら、ロボットによる疑似人生研究からインパクト大の成果が生まれるかもしれませんよ」

「はあ、なんですかそれは」

「いやね、ロボットというのは、こちらがいれたプログラムで動いているわけでしょ。しかし、ここのところ、ロボットは自分でそれを拒否している」

「そうですよ。これまで何十回もこのロボットでデータが取れていたのに、最近は最終段階で止まってしまって、おかげでデータが取れないと私は言っているのです」

「まあ、まあ。入力されたプログラムを機械が自分で拒否する。ここから先は先生のご専門の心理学の話しになるかと」

「なるほど、ロボットが意識、自意識を持ち始めたということですね」

「ひょっとしたら、何度も人間の疑似人生を送る中で、何故か意識が生まれ始めた」

「そんなことあるわけないでしょ。もし意識があって、我々の話しが聞こえているとしたら、自分がその立場にいたらと考えるだけでぞっとしますよ。悪い冗談はよして下さい。とにかくですね、新しいロボットお願いしますよ。武志君、このロボットを先生の研究室に運んどいてくれないか」

 武志がロボットのスイッチを切ろうとした時だった。

「やめてくれ、俺は生きたいんだ」

 という声がした。

 しかし、その声に誰も気づくことはなかった。

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