卒業式

nobuotto

第1話

 僕は五人兄弟の次男である。

 兄弟が多いと賑やかで良いだろうって。

 そんなわけはない。

 兄弟も五人ともなると、どうしても好き嫌いが出てくる。

 僕は五人兄弟の次男だから、まずまずの立場にはいるわけだが、何が嫌だと言っても一番上の絶対的権威者の長男だ。手を出して来ることはないが、ちまちま愚痴愚痴偉そうに話す。直ぐ下の僕への攻撃が一番ひどい。

 精神的な苦痛というのは肉体的苦痛の数十倍辛い。

 それが一日二十四時間毎日毎日続くのだ。目が覚めても悪夢を見続けるようなものである。

 唯一の心の安らぎは五男だ。一番可愛い。一番下でそれなりに辛いこともあるだろうが、いつも明るい我らのムードメーカーだ。

 三男、四男も好きだが、なにせ腹ちがいだ。そう言ってしまうのは二人に対する偏見かもしれないが、とにかく二人のつながりは強くて、僕なんかは割り込めない感じだ。

 やっと、やっとだ。

 これまで、目の上いや頭の上の単瘤だった長男とも今日でお別れである。

 今日は武志君の卒業式。

 僕と、長男と末っ子の五男は三年間武志くんと一緒に中学生活を送ってきた。

 いろいろなことがあった。不良にからまれて胸ぐらを掴まれた時は、不良の手に噛みついてやろうと思ったが、悲しいことに僕には歯がない。

 そうだこの時に初代の三男と四男が行方不明になってしまったのだ。死ぬまでこの恨み忘れるものか。

 初めて卒業式というものに参加したが、本当に感動的だった。

 武志君はいつも通りだったが、担任の翔子先生の涙を見たときには僕ももらい泣きをしてしまった。

 先生3年間本当にお世話になりました。僕は武志君の代わりに頭を下げた。

 しかし、武志君を冷酷な奴だと言うのも可愛そうである。武志君は卒業式のあとの事で頭が一杯なのだ。

 雨の日も風の日も一緒だった武志君とお別れになると思うと僕も悲しい。

 だが、それよりなによりも長男と分かれることができる喜びの方が数十倍大きい。 

 卒業式が終われば、いよいよ青春の時間だ。   

 僕の旅立ちの時が来た。

 武志君とその仲間が校庭で写真を取りながらも、その時を待っているのがありありと分かる。

 武志君は向こうのグループにいる明子ちゃんをずっと見ている。

 明子ちゃんがやってきた。

 武志くんの胸の鼓動が僕にまで伝わって来る。明子ちゃんがこちらに来た。

 けれど明子ちゃんは武志君の横にいた淳の前に行った。

「ねえ、記念に第二ボタンくれない」

 淳は「お前にかあ」と言って嬉しそうに第二ボタンをひきちぎって渡した。

 武志君のつらい気持ちも痛いほどわかる。

 君も辛いだろうが、長男とさよならできる上に、その後は女の子に大事にされる日々を夢見ていた僕のショックがどれだけ大きいことか、それも分かって欲しい。

 しかし、天は僕を見捨たわけではなかった。

 あまりのショックで亡霊のようになりながら校門を出ようとした武志君に、女の子がかけよってきた。部活の後輩だ。

「先輩、ボタンくれませんか」

 彼女の勇気が僕にも伝わってくる。

 前々から性格の良い子だと思っていたが、今日は彼女が天使に見える。

 武志君は驚いて彼女をじっと見ている。

 武志君としては不本意ではあるだろうが、女の子に大事にされるという僕の夢は実現しそうだ。

 長男が睨んでいる。これでお前ともお別れだと心の中で叫んだ。もし舌があれば、可能な限り長く舌を出して、ベーって言ってやったに違いない。

 しかし、明子ちゃんのために第二ボタンは残しておきたい、そんな往生際の悪いことを考えたのか、武志君は五男をひきちぎって渡した。

 なんてことを。

 僕が一番可愛がっていた末っ子だ。末っ子も意外な展開に驚き「お兄ちゃーん」と悲しそうに叫びながら彼女の元に去っていった。

 武志君、そして僕も暗い気持ちで家に帰った。

 こうなってしまったからにはしょうがない。

 僕は前向きに考えることにした。

 武志君が中学を卒業し、高校生になれば私服である。学生服の役目も終る。学生服は捨てられボタンもバラバラにされる。

 この先どうなるか不安もあるが、あの長男と別れることはできる。

 それだけで幸せなのだから、これからどんなことになろうと、素直に全てを受け入れようと思った。

 武志君のお母さんの声がした。

「武志、ボタン誰かにあげたんじゃないでしょうね。四月から芳雄が着るんだから、綺麗にしまっておきなさいよ」

 そうだった。

 この家は三兄弟だったのだ。それもうまい具合に三つ違い。

 武志君の学生服は下の芳雄君が三年間着る。そして武志君のように卒業式で思いを叶えることができなかった時には、その下の猛君がまた三年間着る。

 あと六年間この状態が続くこともあり得るのだ。

「まだ、まだ、先は長そうだな」

 頭の上の長男の勝ち誇ったような声がした。

 僕はぞっとした。この先を考えるだけで頭の中が真っ白になった。

「芳雄くん。入学したら直ぐに上級生の不良に絡まれて、今度は僕を行方不明にしてくれえ」


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