第34話 ワイゼル料理(3)

                    by Sakura-shougen


 シンディは、物知りのサムエルに聞くことにした。


 「 フィルサワーと言うのは?」


 「 ワイゼル茶と同じ茶葉を使うのだけれど製法工程が全く違うんだ。

   ワイゼル茶は茶葉を積んだ後天日干しにするのだけれど、フィルサワーは蒸す

  ことによって茶葉の苦みを奪うんだ。

   その後に陰干しをする。

   その技法によって、茶葉の香りが強調されるらしい。

   あっさりとした味なので好みでミルクや砂糖を入れてもいい。

   ワイゼルの人はココナッツミルクを良く入れているようだね。」


 「 へぇ、ココナッツミルクって初めてだわ。

   どれかしら?」


 一緒に持って来てくれた小さな器に、それらしきものがある。

 ミルクのような白い液は四つあった。


 サムエルが黙って一つの容器を取り上げてくれた。

 小さじ一杯の分量で試してみると良いと言ってくれた。


 最初に何も入れずに飲んでみて、次に、小さじ一杯のココナッツミルクを入れて飲んでみた。

 味がとてもまろやかになった。


 「 うん、この味の方がいいわ。」


 デザートを楽しんでいる間に、シェフの帽子を被った恰幅の良い男がテーブルに近づいてきた。


 「 当店のシェフでございます。

   料理の御味はいかがでございましたか?」


 強い訛りのある言葉でそう話しかけて来た。

 サムエルが何事か話をしたが、シンディには何語を話しているのかさえ分からなかった。


 だがシェフは目を見張り、早口で何事かサムエルに話をする。

 サムエルもそれに答えている。


 何度か応酬があって、シェフはシンディの方を向いた。

 何事か話しかけられたが、意味がわからない。


 「 ごめんなさい。

   私は言葉が判りません。」


 シェフは両手を大袈裟に上げてから言った。


 「 申し訳ありません。

   ご主人がとてもワイゼル語に堪能でしたので、奥様も当然ご存知かと思いまし

  て、大変失礼をいたしました。」


 「 あ、いえ、あの、・・・。

   サムとはまだ結婚していないんですよ。」


 「 おぅ、これはまた失礼しました。

   とてもお似合いのカップルでしたので当然ご夫婦かと思っていました。

   サムエル様からは手前どもの料理を大変誉めていただきました。

   貴方様は如何でしたでしょうか。」


 「 はい、サムに連れて来られて初めてワイゼル料理の素晴らしさを知りました。

   キレインにもワイゼル料理を売り物にしている店がありましたけれど、とても

  比べ物にならないのが良くわかりました。

   また、機会があればお邪魔するかもしれません。」


 「 はい、いつでもお出で下さいませ。

   お二人が御用命ならば、例えお店の休日でも開店します。

   もし差し支えなければ、ご芳名を記録していただけますでしょうか。

   何かの折には、当店からご案内を差し上げたいと存じますので。」


 シェフの傍らにいたソムリエールがさっと芳名帳を差し出した。

 日付を書き、サムエルとシンディがそれぞれの住所と名前を記載した。

 クロークで会計を済ませると、シェフ、ウェイター、ソムリエールの三人がわざわざ見送ってくれた。



 車は、再度ハイウェイに戻ったが、その時点で午後2時半を回っていた。

 3時過ぎには、12号線に乗って北へ向かっていたが、ここからプランクトン経由でキレインまではおよそ700ミロンほどもある。


 順調に行っても6時間ほどはかかることになる。

 その間、サムエルはずっと運転のしっぱなしになる。


 途中で運転を代わりましょうかと申し出たが、大丈夫だよとやんわり断られた。

 勢い、色々二人で話をすることが多くなる。

 ネタが切れて、遂に、シンディが気になっていたことを尋ねたのは夕暮れ間近であった。


 「 ねぇ、サム、コレクションの舞台でキスしたのは何故?」


 「 あぁ、あのことね・・・・。

   うーん、正直なところ自分でもよくわからない。

   多分、本能に従っただけなんだろうな。

   あの時、ちょっとスピンに勢いをつけすぎたからね。

   君が倒れるのを防ぐのに抱きとめなければいけなかった。

   そのミスを観客に知られないようにカバーするには、何か別のアクションが必

  要だった。

   君を抱きとめて、間違って御免と思いながら、同時にキスしたいと衝動に駆ら

  れた。

   で、キスして御免と思いながらキスしちゃった。」


 「 男の本能?

   それって一応愛情表現なのかしら?」


 「 うん、まぁね。

   好きでも無い女性にキスはしないだろうと思うよ。」


 「 じゃぁ、私が好き?」


 「 好きだよ。」


 「 愛してる?」


 「 さて、其処が問題だな。

   正直に言うとまだわからない。

   好きというのと男女の愛とは少し違うのじゃないかな。

   今のところは自分の考えが判らないんだ。

   御免。」


 「 ううん、・・・。

   私も同じなの。

   サムが大好きなんだけれど、そうして結婚相手としてこれほど素敵な人はいな

  いのじゃないかと思うのだけれど、それがサムを愛していることかどうかはわか

  らない。」


 「 シンディ、僕らはまだ若い。

   焦ることはないよ。

   少なくとも二人知りあえて、お付き合いのできる位置についている。

   これから、じっくりと互いに見つめ合いながらそれを考えて行けばいい。

   結ばれるものならばいつかきっと結ばれる。

   そうなることが決まっているならば左程遅くにはならないだろう。」


 「 うん、・・・。

   でも、母には一度会ってくれるかしら。

   ファッション誌に私と貴方が載って以来煩いのよ。」


 「 ファッション誌って?」


 「 えっ?

   あっ、・・・。

   サムには言っていなかったかしら。サブリナ女史のコレクションの際の写真が

  有名なファッション誌に紹介されているの。

   で、その中の二枚に私が載っているのだけれど、そのうちの一枚に貴方が舞台

  でキスした瞬間を捉えられているのよ。

   母がそれを見つけて大騒ぎ。

   別に隠すつもりはなかったけれど、・・・。

   コレクションにモデルで引っ張り出されたことはその日の内にキチンと言って

  いたのよ。

   でも、流石にキスまでは言っていなかったから。」


 「 それは、御免なさい。

   うーん、是が非にでも君のお母さんに逢わなければならないようだけれど、何

  と言って僕を紹介するの。

   友達、恋人、上司、それとも唇泥棒?」


 「 あ、それいいわ。唇泥棒。

   何せ、驚くほどの早業だったもの。

   あっと思った時にはキスし終わっていた。

   味わうような時間も何も無かったわ。」


 「 うーん、遂に泥棒まで成り下がったか。

   ところでシンディ、明日は予定が何か有るかい。」


 「 明日は特に予定は入っていないけれど、・・・。

   またデート?」


 「 デートが二人で会うことならその通り。

   明日は、僕の家に来てくれないか。

   君のお母さんを正式に訪問する機会は別に考える。

   余りいい印象を持たれていないだろうから、クレイグさんが家に居る時を見計

  らう方が良いかもしれない。

   クレイグさんが居るなら、集中砲火を浴びている時でも助け船を出してくれる

  だろう?」


 「 うん、お父様ならサムを良く知っているみたいだし、随分高く評価しているか

  ら大丈夫よ。

   でも、お母様もサムに会えばそんな無茶な御小言は言わないと思うわよ。

   それはともかく、・・・。

   それじゃ明日は、サムの家に行くわ。

   サムは確か独りで住んでいると聞いたことがあるけれど、逆に、私はサムのご

  両親に紹介してもらえないの?」


 「 うーん、今はできないな。

   両親は遠くにいるからね。

   向こうがこっちに来た時か、あるいはこっちから行かないと会えないんだ。

   行くのは結構難しいからね。

   それもいずれ考えるよ。」


 そんな話をしながらプランクトンを過ぎて2号線に乗ったのが午後5時半である。

 ここからなら凡そ三時間弱でキレインには到着できるはずである。


 「 シンディ、夕食はどこかご希望はあるかい?」


 「 うーん、そうねぇ、どうせならロマンティックなところがいいな。」


 「 ロマンティックねぇ。

   女性のロマンティックと言うのがどういうところかわからないけれど・・・。

   じゃぁ、ベルリューサイトにいってみるかい?」


サムエルからとんでもない店の名が飛び出て来た。


 「 ええっ?

   ちょっと待ってよ。

   ベルリューサイトってそんなに簡単に行けるところじゃないわよ。

   お父様が言っていたけれど、予約するのにだって、少なくとも1週間前でなけ

  れば難しいそうよ。」


 「 うん、そうなんだろうね。

   でも、もしかすると席が空いているかもしれないだろう。」


 そう言うと、サムエルは、セルフォンをワンタッチで掛けた。

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