第25話 サブリナ・ドゥエロス

                    by Sakura-shougen

 「 ねぇ、サム。

   サディオン・ホテルなんて、結婚式や催し物で有名なホテルだけれどブティッ

  クなんかないわよ。」


 「 うん、知っているよ。

   ホテルに用事が有るわけじゃないんだ。

   サブリナ・ドゥエロスという女性を知っているかい?」


 「 勿論、世界的に有名なファッションデザイナーじゃない。

   もう10年以上もファッション界のトップに君臨しているわ。」


 「 そのファッション界の女王様に会いに行くんだ。

   いま、サディオン・ホテルで冬物コレクションを開いているらしい。」


 「 サム、相手は世界的な有名人よ。

   それこそ探偵風情が行っても合ってくれないわよ。

   ましてショーの最中なんか、到底、無理だわ。」


 「 いや、多分会ってくれる。

   ただ、・・・。

   シンディ、ファッション・ショーのモデルなんかやったことある?」


 「 大学時代にいくつかモデルの話が来たけれど、全部断った。

   その中にファッション・モデルも有ったかもしれない。

   なんで?」


 「 いや、君のボディを見たら、サブリナさんが興味を持つかもしれないなと思っ

  てね。

   それだけ。」


 「 なあに、その言い方。

   まさか・・・サブリナってレズなの?」


 「 いや、レズとは聞いて居ないな。

   自分の気に入ったいい男ならば、すぐにホテルに連れ込んじゃうんで有名だか

  ら。」


 「 えぇっ、まさかサムも連れ込まれた一人なの?」


 「 いや、僕は丁重にお断りをしているよ。

   何でそんな風に思うんだい?」


 「 何でって、・・・。

   そんなの、やっぱり嫌だもの。」


 最後は消え入りそうに呟くシンディの声を聞いて、ふっと、サムエルは笑った。


 「 心配しないでいい。

   君の嫌がるようなことはしないし、していないよ。」


 途端にシンディの顔が笑顔で一杯になった。

 二人の乗ったセダンはサディオン・ホテルに乗り付けた。


 サブリナ女史の冬コレクションは、3階の特設ステージで11時から行われる予定であったが、二人が到着したのは20分ほど前であった。

 ステージの裏方は、ガードマンが付いていて簡単には入れないのだが、ガードマンに名を告げて、サブリナ女史に面会したいと言うと、ガードマンはすぐに連絡をしてくれた。


 間もなく返事が来て、すぐに女性がやってきた。

 御針子宜しく、沢山の針をエプロンにつけてバンダナを巻いている30代の女性だった。

 まるで品定めをするように上から下までじろっとサムエルを眺めてから言った。


 「 貴方、サム?」


 「 ええ、サムエル・シュレイダーと申します。」


 「 じゃ、中に入って。

   先生が丁度いい時に来たって言ってらっしゃるわ。」


 「 え、女史がそう言ったのですかぁ。」


 何となく不安げな顔を見せるサムエルである。

 それでも急ぎ足で前を進む


 当然にシンディも後を付いて行く。

 案内の御針子女性がドアを開けると戦場かと思うほどの喧騒が聞こえた。


 部屋と言うより大きな披露宴会場の一室のあちらこちらにハンガーがあり、化粧台があり、ミシンまでおいてあるのである。

 それこそ驚くほど多種多様な衣装がぶら下がり、あちらこちらでモデル達の着付けを御針子が手伝っている。


 中には下着だけのモデルもいるし、ブラジャーすらつけずおっぱい丸出しのまま着替えをしているモデルもいるのだ。

 見ているシンディの方が思わず赤くなってしまう。

 そんな中で案内の女性が大声で叫んだ。


 「 先生、サムが来ました。」


 テントのような陰に隠れていた比較的小柄な女性がひょいと顔をだした。

 それからにんまりと笑い。


 サムエルの元に駆け寄ってきた。

 サムエルに急いでハグしながら言う。


 「 本当にサムはいい時に現れるわ。

   正しく白馬の騎士だわね。

   あのね、話はショーが終わった後で何でも聞いたげる。

   だから、先ずは私の話を聞いて。

   モデルのピーターが階段でこけてね。

   男性モデルに穴が開いたの。

   だから、お願い、2時間モデルをやって。

   ね。」


 そう言うとサムエルの返事も聞かず、間髪を入れずに言った。


 「 エル。

   この子にピーターの衣装を着させてちょうだい。

   寸法は多分大丈夫なはずよ。

   お願い。」


 すぐに女性が一人やって来て、有無を言わせず、サムエルを連れて言った。

 シンディが後を追いかけようとすると、サブリナ女子がシンディの腕を掴んで引き留めた。


 「 男性モデルが裸になるのをみたい?」


 「 え?

   でも・・・」


 そうして、すぐに、さっきの女性と同じ視線を今度はシンディに向けた。


 「 貴方、名前は?

   何しているの?

   サムとはどういう関係?」


 立て続けに3連発の質問である。


 「 あの・・。シンディ・ベイリーです。

   サムの事務所で仕事しています。

   サムとは、友達以上恋人未満。

   でも恋人になりたいなと思っています。」


 サブリナ女史はにっこりとほほ笑んだ。


 「 わかったわ。

   シンディ。でもサムの恋人になりたいと思ったら、色々大変よ。

   取り敢えず、今は、ここでモデルのアルバイトをしなさい。

   2時間だけよ。

   そうしたら、貴方のためにサムを口説いてあげる。

   いいわね。」


 今度も、シンディの返事を聞かずに振り返った。


 「 ベッキー、この子にナンシーの衣装を着させて見てくれる。

   背丈は同じぐらいなんだけれど、おっぱいは、この子の方が大きいかしら。

   胸回りに多少の余裕がある筈だから大丈夫だと思うわ。

   急いで、時間が無いわよ。」


 今度は有無を言わせずシンディが別の場所に連れて行かれた。

 3人掛かりでそれまで来ていた衣装を脱がされ、別の衣装を着せられた。


 ベッキーという女性が、3歩下がってシンディを上から下までなめるように見た。

 その上で、両脇の下にカッターですこし切れ目を入れた。


 「 うん、これでいいわ。

   貴方、名は?

   モデルはやったことあるの?」


 「 名前はシンディ、モデルをしたことは有りません。」


 ベッキーは背後を振りかえって言った。


 「 ケイ、ちょっと来て。」


 ケイと呼ばれた女性はどうやらモデルの様である。

 シンディよりもほんのわずか背が高いがスレンダーな姿である。


 「 この子、モデルは初めて見たいなの。

   ちょっと歩いて見せてあげて。」


 ケイは、頷いて、真っ直ぐ歩き出した。

 途中で停まり、片手を腰に当てて若干のポーズをとって廻れ右をして帰ってくるだけである。


 ただ、歩き方が独特である。

 脚をあんなに左右交互に踏み替えていたなら絶対に早くは歩けない。


 特にバランスの悪いハイヒールではなおさらである。

 シンディはハイヒールも持っているし、多少は穿き慣れてはいるがそれでもここで穿かせられたハイヒールはシンディが持っている一番ヒールの高い靴と同じだったのできちんと歩けるかどうかが不安だった。


 ベッキーから言われてできるだけケイと同じように歩いて見せた。

 ほっとしたことに一回でベッキーからQXが取れた。

 ベッキーが怒鳴った。


 「 ジェーン、この子の化粧をお願い。

   もうちょっときつめの化粧をしてやって。

   髪型もナンシーと同じにしてやって。」


 今度は、結構年増の女性がやってきた。


 「 へぇ、これはまた随分綺麗な子じゃない。

   ナンシーの代わりが十分に務まるわね。

   普通ならこのままでも十分いいんだけれどね。

   ショーではちょっとどぎつくするんだよ。

   おいで、時間が無いからね。」


 急ごしらえの化粧台の前で、シンディの顔に色々な顔料が塗りつけられた。

 アイ・ラインが濃くなり、頬紅が強調され、髪型をいきなり替えられた。


 ジェルをたっぷりつけた上で髪を凄い形に仕上げて行く。

 何となくパンク・ルックに似てはいるが、それよりはもっと上品な感じである。

 そうした化粧と調髪を僅かに7、8分でこなしてしまう速さに先ず驚いてしまった。


 「 うん、なかなかいいわよ。

   ナンシーの代わりだったら、失敗しなければ出番は8回ある。

   頑張っておいで。」

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