第24話 舞踏会への招待状

                    by Sakura-shougen


 秋半ばのドクワレル月、1通の封書が事務所に届いた。

 宛先はサムエルであり、差出人はケント・レグナンとなっており、今時はとても珍しくなった蝋の封印に紋章が押されていた。


 事務所あての封書ならばカレンやシンディも開けるが、一応個人名が記されている場合は、カレン達は開けずにサムエルに手渡すことになっている。

 特に、ゴアラ特殊製鋼と、ラズロー電子精機の関係では相手もゴアラやラズローの名称を使わずに個人名で差し出してくるのである。


 普通はネットで暗号化したファイルのやり取りをしている筈であるが、それでもたまには宅配便で書類などが届くことが有る。

 特に、この半月ほどはラズロー電子精機から頻繁に書類が送られてくるし、サムエルがキレイン郊外にあるラズロー電子精機の主力工場に出向くことも多い。


 週に1度ぐらいはそちらに出ているし、一方で、2月に一度は、ゴアラ特殊製鋼の研究所又はバルモザンにある新工場に出向いている。

 カレンは、あるいはそうした書類の一つの可能性もあるとは思っていたが、シンディはレグナンの名に聞き覚えがあった。


 先祖伝来の家宝を探して欲しいと言う依頼の主がテス・レグナンであったからである。

 シンディの印象では凄く品のいい老婦人であったように記憶している。


 或いはその一族の方からの令状かもしれないと思っていた。

 サムエルは真剣な表情で手紙を読み終わると、顔を上げた。


 「 シンディ、君にも関わりのある話なんだが、先日依頼のあったテス・レグナン

  夫人のことを覚えているかい。」


 「 ええ、詳しい話は知らないけれど、サムが屋敷に出向いて半日で家宝を探し当

  てたという件よね。」


 サムエルは頷いた。


 「 うん、探し当てた家宝は由緒ある物で、ある意味、レグナン家の名誉にかかわ

  るものだったらしい。

   テス夫人がそう言って規定料金の他に礼金を申し出たのだけれど、断った。

   で、そのことがちょっと裏目に出てね。

   別の形でお礼代わりがやってきた。

   少し面倒なんだが、君を名指しで来てもいるし、付き合ってくれるかい?」


 「 え、一体何の話?

   そりゃ付き合えって言うなら付き合うけれど、後ろに手が回るようなことは嫌

  よ。」


 「 うーん、後ろに手が回る方が楽かもしれないな。

   二人でダンスパーティに招待されたんだ。」


 シンディが目を輝かせた。


 「 あら、ダンスパートナーに私が?

   うん、行くわ。」


 安心したようにサムエルが緊張を解いたのが判った。

 シンディに断られるのを心配していたのかもしれない。


 「 なら、いいんだけれど。

   ちょっと場所がね。

   普通じゃない。

   このビルの西側に有るんだけれど・・・。」


 「 うん、場所って?

   何よ。

   まさか、ヌーディストかなんかの変な趣向のダンスパーティじゃぁないでしょ

  うね?」


 「 いや、正当な、いや正当すぎるかな。

   王宮の舞踏会なんだ。」


 「 王宮・・・。」


 そう言ったきり、シンディの思考が停止した。

 シンディは、暫く、サムエルの顔をポカンと見つめていた。

 それからふと気づいて、慌てて言った。


 「 嘘でしょう。

   何で私たちが王宮の舞踏会に?」


 「 差出人のケント・レグナンさんは、270年前から続く子爵の家柄なんだ。

   凡そ160年前に国家の象徴になったとはいえ、国王から宣下された爵位は未だ

  に旧家の中では厳然として生き続けている。

   単なる名誉にしか過ぎないんだが、彼らには掟があってね。

   爵位を有する家長は少なくとも、彼ら爵位を有する名家の血筋を引いた者でな

  ければならないとしているんだ。

   だから男子の生まれない家では、わざわざ別の血筋から養子を貰ったりして家

  を存続させている。

   そうして古の権威を失った彼らが唯一名誉に思う慣習が、年に一度催される王

  宮主催の舞踏会なんだ。

   舞踏会には、爵位を有する者たちが着飾って集まり、国王陛下並びに王妃殿下

  に拝謁する機会が与えられる。

   無論、現首相ほか内閣を構成する大臣も宰相として出席される。

   そうして、舞踏会開催のために、それら爵位を与えられた名家には毎年王宮か

  ら招待状が届くんだ。

   招待状は1通のみなんだが、爵位を持つ男子とその夫人、それに本来はその子

  息や令嬢を対象としたものらしいのだが、1組の男女ペアを伴うことができるら

  しい。

   ケント・レグナン子爵は、奥さんのカテリーナさんを同伴することになってい

  るんだが、夫妻の御子様はまだ舞踏会には早すぎるそうだ。

   確かに12歳の男の子と10歳の女の子では舞踏会には早いかもしれないね。

   通常は女性の場合15歳、男性の場合は16歳で社交界にデビューできるそう

  なんだけれど、最低でも後4年待たねばならない。

   そうしてレグナン夫妻は王宮廷吏に確認して、必ずしも子爵の血族の者でなく

  ても子爵家に所縁が有る者で、子爵が身元保証のできる人物であれば差し支えな

  いというお墨付きを貰ったらしい。

   で、家宝を探し出してくれたお礼に、王宮舞踏会に是非一緒に行ってくれない

  かと言う申し出なんだよ。

   但し、パートナーはシンディ嬢にして欲しいというのが、テス・レグナン夫人

  の言伝の様だ。」


 「 でも何で、サムエルや私なの?

   他にも相応しい人はいるでしょうに。

   少なくとも、私は国王陛下や王妃殿下に拝謁できるような身分じゃないわ。」


 「 僕だって同じだよ。

   一介の探偵にしか過ぎないんだから。」


 「 だってぇ、・・・。

   ただ家宝を探し当てただけじゃ、舞踏会にもレグナン家にも縁も所縁も無いじ

  ゃない。」


 「 ウン、まぁ、そう言えばそうなるかもしれないけれど、事務所でもテス夫人が

  言っていたけれど実は、家宝が無ければ、レグナン子爵夫妻は永久に王宮舞踏会

  には出られないところだったんだ。

   270年前とは言え、国王陛下から功績の証として賜った宝剣と宝玉を身に付け

  て出ることが古来レグナン家の習わしだったからだ。

   だから宝玉の所在がわからなくなってから、レグナン家は一度も王宮舞踏会に

  出ていない。

   レグナン家にとっては120年ぶりに参加できる晴れの舞台なんだ。

   テス夫人もケント子爵もそのことを凄く名誉に思っているらしい。

   彼らは当然に僕らもそう思っていると信じている。

   だからレグナン子爵夫妻のそうした思いを無碍にしないためにも、僕としては

  断れない。

   無論シンディが嫌だと言うなら無理強いはしないけれど・・・。」


 「 あぁん、それは酷いわ。

   そんなことを言われて、私が断ったら、ご夫妻のご厚情を裏切ったことになる

  じゃないの。」


 「 まぁ、そうなってしまうかもしれないけれど、断るならそれでもいいよ。

   ただ、僕としては、シンディに無理を承知で一緒に行って欲しいと思う。」


 シンディはサムエルを見つめた。


 「 サム、仮に単に女性同伴って書いてあるだけだったら、それでも私を誘っ

  た?」


 あっさりとサムエルは頷いた。


 「 うん、そんなことを頼めるのは今のところ君しかいないからね。

   それに君なら舞踏会に出ても大丈夫だと思うし、信用している。

   君の名が名指しでなくても君に頼んだよ。」


 シンディの顔がほころんだ。


 「 いいわ。

   サムがそれほど信頼してくれるならどこへでも付き合ってあげるわ。

   でも、・・・。

   王宮の舞踏会って一体どんな格好をして行けばいいの?

   あんまり、場違いの恰好で恥を晒したくないわ。」


 「 あ、それは任せといて。

   舞踏会は来月の月末だから、今から依頼しても十分に間に合う筈。

   シンディ、今から出掛けるけれどいいかい。」


 「 え、私も?」


 「 勿論、君の衣装を作ってもらうんだから君がいなくちゃ話にならない。

   ちょっと待ってね。」


 サムエルは何やらパソコンを操作した。


 「 サディオン・ホテルか・・・。

   今行っても難しいかなぁ。

   ただ、この機会を逃したら国外に行きそうだし、電話で頼めることでもない。

   よし、無駄かもしれないけれど行ってみよう。」


 サムエルはそう言うと上着を着込んで、シンディに声を掛けて歩き出した。

 シンディが慌ててその後を追う格好になる。


 サムエルは地下駐車場に行き、普段はあまり使わないセダンに乗った。

 シンディがバタバタと助手席に乗り込むのを待って、セダンが動きだした。

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