第五章 管理省の調波官たち 1

 中央都市C3・中央区・探索庁会議室。

 新紀元29年・十一月一日。

 通常時間軸・日本標準時13:07。


「○○六小隊の皆さん、初めまして! あたし、左雨加苗と言います! あそこの透矢の妹です!」

 探索庁の会議室で、加苗がビシッとこちらを指さして、元気よく言い放った。

 それを見て、晴斗は困ったような笑みをこぼし、千紗は退屈そうにしているけど、見えるほうの目をこちらに向けている。

「ふーん。お兄ちゃんと違って、いい子じゃない。なに? 良い遺伝子は全部妹のほうに行ったわけ?」

「言っとくけど、あいつは妹じゃねぇ」

「は? そんなとこで照れちゃったりするの? 普通」

「本当なことを言っているだけだ」

「えっっとー! 今からっ! 模擬戦の説明をさせていただきますけどっ!」

 二人の話の腰を折るように、加苗が語気を強め、わざとらしくボリュームを上げる。

 今日は、○○六小隊にやってもらう予定の模擬戦について、研究庁のものから説明を受けることになっている。

 そのために、凪乃や透矢を含む小隊全員が会議室に集まり、模擬戦の内容を決める研究庁人員から話を聞くのだが……その研究庁の代表は、なんと透矢と同じ、加入したばかりの加苗だった。

 墓守で指揮官として皆に作戦などを説明していたおかげで、こういう仕事には慣れているだろう。加苗は熟練した手付きでパソコンを操作すると、臆することなくスクリーンに映し出された映像を皆に示す。

 中央都市C3付近の、圏外の地図だ。

 そこで赤い点が表示されており、加苗がクリックすると、いくつかの写真がその座標の簡易地図に映し出される。

「今回の模擬戦は、圏外で行われることになっています。ちょうど、ネームドの発生を確認したので、その退治を、模擬戦の目的としています」

「ネームド退治が模擬戦? もう仕事だろう」

「ちょっと事情があるから。でも、大丈夫だよ! お兄ちゃんはあたしを信じていればいいんだよ!」

 疑問を口にすると、加苗がにこっと笑顔を見せ、ピースサインを決めた。

 そのやり取りを目に、千紗が涼しい笑みを浮かべ流し目でこちらを見ると、なぜか満足げな表情になり、視線をスクリーンに戻した。

「それでね、ネームドのことなんですけど」

 言いながらパソコンを操作して、次のページを映し出す。

 何やら複雑そうな図表が立体的に描かれていて、ほかにもよく分からないものが表示されている。見たところ、論外次元の理論を基づいて描いたものだろう。

「変異生命体の災変で、種類は旧典幻想種『西洋系統竜種』。乖離指数三の災変で、なんかここが気に入って巣にしてるそうです。普段は泥を食べています。発生して一週間も経ってない災変ですから、変異する可能性が低い」

 変異生命体の災変。それは泥と同じ、生命を司る次元の乱れによって生み出された、いびつな生命体。

 ここまでは知っている。とはいえ、このあとの言葉は、聞いたことないものばかりだ。

 ここで加苗の話を折って説明してもらうのもなんだから、黙って配られた資料に目を落とすと、そこにはちゃんとした説明が書かれている。

 旧典幻想種というのは、西暦時代の伝説か逸話に出てくる、物質世界の生物系統に存在しない生き物。いわば、人類の幻想によって生み出された概念上に存在する生命体。ゆえに、幻想種と呼ばれている。

 動物、植物など物質世界の生物系統は、原初の式と呼ばれる自然界に存在している式の一つ、「DNA序列」によって、生命現象を確立する必要がある。それに対し、概念生命体である幻想種は概念として生きているゆえに、その必要はない。理論上、ただの物質にその魂が宿れば、それで生命として確立するのだ。場合によって、物質でなくとも大丈夫な例もある。

 ほかにも、新紀元が始まって、亜終末の影響で生み出された、過去の人類には記述がなかった幻想種だが、それは新典幻想種と呼ばれており、対処法は種類ごとにゼロから模索しなければならないので、旧典幻想種と比べればかなり手強い部類に入る。

 で、西洋系統竜種というのは、要は翼が生えていて、足が四本あって、火を噴いたりするあれだ。

「模擬戦の内容は、竜種の生命現象停止。でも、物理的に消去しなくていいです。死体は、ほかの部隊が研究材料として研究庁に運ぶんですから」

「研究材料……?」

「そだよ! 竜種みたいな幻想種は、独特な攻性理論とか固定事象とか持ってたりするから、解明してすごい調波器の理論ベースにできる! らしい!」

 聞くと、明らかに知ったばかりのことを自信満々に返された。

「それで、このドラゴンの今確認された能力ですけど、飛行高度は一万五千キロ、最高速度時速四百キロ。瞬間加速度一秒で時速八十キロまで加速できます。火も噴けます。温度は二千度から三千度ぐらい。えっと、太陽表面温度の半分か、マッチに火をつけた瞬間の熱さです」

「極端な喩えだね」

 人差し指を突き出して、宣言するように言い放った加苗に、晴斗が思わず苦笑をこぼした。

 温度自体は大して変わらないが、使う喩えによってこうも違って感じるとは、ここで初めて実感したのだ。

「ほかにも詳しい情報がありますけど、別に皆に配ってありますし、体重とか体のあっちこっちの重さとか、細かいものばっかりですし、それを読めばいいですよ」

 パソコンを操作しながら、無責任なことを平然と言いのけると、スクリーンに映された画面がまた変わっていく。

 今度は注意事項みたいなものだった。

「模擬戦の実行時間なんですけど、二日後、外周部から出発する予定となってます。災変の生息座標に到達すると、飛行機から飛び出して、直接靴板プレートの機動に入ってください。ほかにも三個小隊が同行しますけど、周辺の警戒に当たってますから、災変対応は○○六の皆さんだけで行う。それだけは覚えていてくださいね。あ、あと、指揮官はついてませんから、現場での対応は小隊に任せます」

 要は丸投げということだ。

 行動の方針や作戦作成などは研究庁の仕事だと聞いていたから、これは、正式任務ではなく、模擬戦だからそのバックアップがないだろう。

 いささか眉を顰めたい思いをしたが、加苗が元気そうにやっているのを見て、安心できるところもある。

 と、説明を終え、パソコンを落としている加苗の様子を一瞥すると、視界に凪乃が席を立ち上がる姿が映る。

 反射的にそれに従って席を立つと、ほかの隊員たちも立ち上がり無言で出口に向かう凪乃のあとについた。若干一名、さっきから日本の小太刀型調波刀を抱えて寝ていた隊員さんが、晴斗に背負ってもらっている形だが。

「加苗」

「はいはーい、お兄ちゃんのかわいい妹だよ! どうしたの? 愛の告白?」

 去り際、振り返り声を掛けると、加苗が元気よくこちらに目を向けては元気よく言葉を投げてきた。

 ふわふわしたクリーム色の髪がぴょんと跳ねて、丸っこいオレンジ色の目がニコニコと、いつも通りだ。ここ数日、寮に帰ってこないと思ったが、どうやら心配はいらないらしい。

「いや、仕事が終わったら早く帰れよ」

「え? ど、どうしたの? お兄ちゃんが心配してくれるなんて、ね、熱でも出たの⁉」

「本気で心配すんな。じゃあな」

「うん、バイバイ!」

 にこりと小さく小首を傾げ、手を振りながら透矢の背中が視界から消えるまで見送ると、一つ吐息を漏らす。ソコンを落としたのを確認してから、会議室を出ようとする……ところに、ふと、扉が外から開けられた。

「会議、終わった?」

 シロクマのベレー帽をかぶって、外で待機していた小牧だ。いつものにこりとした笑顔で会議室を覗き込んでいる。

 自分のメンターの楽しそうな顔を見ると、加苗が顔をしかめ、資料を握った手に少しだけ力をこめる。指先が、書類の表紙を少しだけ凹ませた。

「情報は伝えました。あとは実行するだけです。本当に、これでいいですよね」

「そうだよ。私、最初から、加苗さんが素敵な作戦を思いついたら、それで行こうって言ったじゃない。信じてもらえなかったの? くすくす」

「いいえ、これを本当に通してくれるって思わなかっただけです」

 この作戦を提出したのは、最初から実行してもらえないだろうものを見せ、それから一歩一歩引いていき、小牧がどこまで許してくれるのかを探るつもりだけど、あっさりと了承してくれた。

 ほかにもいくつか案を持っているが、それは口にしなかった。小牧は自分の考えをしっかり持っていて、何かを成そうとしているのは分かっているが、やり方がやり方だ。警戒しないといけないことに変わりはない。

 そう思っていると、小牧の水色の目がじーっと加苗の目を覗き込んできた。

 親切な態度とは裏腹に、真剣で余裕のある視線に見つめられ、思わず一歩引きそうになった。それをなんとかこらえると、ももの筋肉が一瞬だけこわばる。

 その体の微細な動き。それを、小牧は見逃さなかった。

「へぇ、加苗さん、本当にすごいね。まさか、ほかにも案があるなんて。ね、教えてくれないかな、お願い」

「な、何のことですか? あたし、これを考え出すのがやっとで――」

「もう、だめだよ、とぼけちゃ。私、困っちゃうと、とっても悲しくなるの。それに、佑弦んとこにも口を効いてあげたし」

「あはは……確かに、ほかにもこれでいいかなって思った案がありますけど、どれも駄目ですし」

「そうかなぁ。謙遜しなくていいのに」

 誤魔化すように精いっぱい笑顔を作り出した加苗に、小牧は子供を見守る親のような……健気に育っている家畜を見ているような、なんとも形容しがたい柔らかい笑顔を浮かべた。

「まあ、加苗さんが言いたくないなら、言わなくていいよ。私、こう見えても、結構心が広いほうなの」

 無邪気な子供が作るようなドヤ顔でそう言うと、水晶の目が短い光を引いて、刃物のような視線で加苗の視線を撫でる。

「このまま頑張って、健気に育ってくださいね」

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