妹の献身

「き、貴様ぁぁ!!」


 自らが尻もちをついて後退したのがよほど恥ずかしかったのか。

 元々叫び散らかして真っ赤だった顔がとうとう赤黒くなりながら立とうとしていた。


 だが、立ち上がるのを待ってあげるなんて必要ももちろんない。

 ヒュッという風切り音とともにいつの間にか手に持っていた鞭が伸び、握りが緩くなっていたリーダーの手から剣を奪い取る。


「あら、存外簡単に取れてしまいましたね。決闘というのでしたらここで私の勝ちでしょうけど……。いかがなさいます? そうそう、もう少し武器の方にも気を使われては?」


 明らかに、アンが格上。

 それも、数段とか言うレベルじゃない。

 次元が2、3個違う。

 あれ、俺で勝てるのか……?



「ぐ、ぐぅ……」


 リーダーは悔しそうに唇を噛みしめながら立ちあがる。

 よろけるような様子はないが、まぁダメージなんてついた尻もちでケツが痛いよってくらいだろうから、それも妥当か。


 今回は便宜上決闘という言い方になったが、それも相応しくなかったかもだな。

 決闘は、ある程度相手との力量が均衡していてこそ成り立つものだ。

 剣豪の一騎打ちとかで一刀のもとで勝負が決まるなんて話はよくあるが、一刀の差ほどしか力量差がなかっともとれる。

 今回はそれがありすぎたせいでアンがやりたい放題だったからな。



「ご主人様」


 アンが恭しく差し出してきた剣を受け取る。

 え、いらないんだけど。

 だが確かに、武器の状態は散々だった。

 刃こぼれとか言うレベルじゃない傷も目立つし、柄は滑り止めも何もなくつるつるしている。

 物持ちがいいのか、貧乏性なのか。

 少なくとも、命が懸かるような決闘に使う代物じゃないのは確かだな。



「おい」


 ザクッ。


 リーダーの目の前に剣をつきたてながら話す。


「求められた決闘とやらに、こっちは勝った。当然、こっちの要求は通るよな?」

「……俺の首でもなんでも、好きにしろ」


 え、いやいらないし。

 お前なんぞの首にどんな価値があると?

 この期に及んで自己評価高すぎだろ?


「ま、待ってください!」


 先ほどまで後ろでもぞもぞしていたリーダーの妹とやらが割り込んできた。


「お、お兄はちょっと馬鹿なだけで、悪い人じゃないんです! 代わりにわ、私の首を差し上げますから、どうか……」


 おうおう、兄貴想いのいい妹じゃないか。


「いいのか!?」


 当の兄は喜んでるが。

 おい、妹よ。

 お前の兄はちょっと馬鹿とか言うレベルじゃないぞ。

 かなりのあほだ。

 というか、もはやキチガイまである。

 自分の代わりに妹差し出しといて悪びれもしないってねじ外れて塵になってるだろ。


「いいだろう。妹を交換条件として受け取る。ただし、これ以降俺たちに関わる何かをしようものならお前らの住んでるところ潰すから」


 物理的にも、社会的にも。

 物資の供給を絶ってやる。


「わ、わかった。じゃあ。お前も頑張れよ!」


 そういって兄は去っていった。

 他の仲間も妹を見ていたが、リーダーの決定に逆らう気はないのか、負傷した仲間を抱えてついていった。



 そして、残されたのはあまりの扱いにシクシクと泣いている妹と、いつも通りのメイドたち。

 そしていたたまれない俺と子供たち。


 どうしろって言うんだこの支離滅裂カオスな状況……。


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