メサイアの脳

あむあむ

第1話 救済欲求の成れの果て

 一言で表すのであれば、異様という言葉が相応しいだろう。


 二百人もの黒服に身を包んだ男達は最新式短機関銃の銃口を一点に向けている。彼らの注目を一身に集める物、それはこの場には相応しくない服装で、相応しくない顔で、相応しい身体をしていた。



「貴様……一体ここに何の用だ?」



 先頭に立つ男が約三十メートル先の"それ"に向かって問いかける。すると、落ち着いた雰囲気のある女性の声が返ってきた。



「アポイントメントは取った筈なのですが……おかしいですね、何故そのような問いかけをするのか理解できません」


「あんな一方的な通達がアポだと? 笑わせる」



 少し前に彼らには一通の手紙が届いていた。それには清々しいほど簡潔な文と淡白な書体で「貴方達は悪事を行いました。よって五分後に殲滅に伺います。Peaceより」と記載されていたのだ。


 普通なら大の大人が真に受ける内容では無いだろう。だが、Peaceという名は五分で二百人の兵を集めるには軽すぎる名だ。


 自身の事をPeace《平和》と名乗る者は、男の発言に首を傾げる。



「? 申し訳ありません……私、日本国育ち故アメリカンジョークを嗜んでおりませんの」


「……なら、この状況も、あの通達も、お前の存在自体も日本なりのジョークとでも言うつもりか?」


「ふふ……」



 口を一切動かさず、表情一つ変えず無機質に微笑むと"彼女"はメイド服のスカートをつまみ上げ、上品にお辞儀をしてからこう言った。



「いえ、これはジョークではありませんよ。今から貴方達は死ぬ。おふざけではありません、ですがもし現実を直視出来ず"ジョーク"という言葉に逃げたいのであればお付き合いしましょう。そうですね……こんな時、米国ではなんというのでしょうか? ……Shall we dance?」


「────撃てッ!!」



 彼女の台詞を聞き終えると、男はギリッと歯を鳴らし叫ぶ。それと同時に百九十九の銃口から一斉に凶弾が放たれた。


 積乱雲から降り落ちる雨が如く隙間なく迫る銃弾の嵐。


 美しくも可憐な女性は見るも無残な蜂の巣にされてしまった……と、なる筈だった。だが、Peaceは踊っていたのだ。薬莢が地面を叩き、幾多の破裂音が奏でるリズムに合わせ軽快なステップを踏み、フリルを靡かせながら。まるで、 舞踊曲のように。



「くっ……撃て! 撃て!!」



 華麗に舞う彼女を追いかけるように腕を振り、攻撃の続行を指示する男。Peaceも全てを避けきれている訳では無い。度々、金属音と共にメイド服の布端が飛んでいた。それにより、徐々に彼女の地肌が顕になっていく。


 鉄と鉛とワイヤーで紡がれた無骨な身体。そう、彼女はロボットだった。



「貴方、指揮者に向いてますわね。ですが、女性の服を乱すのは紳士として、如何なものかと思いますよ?」


「チィッ! 舐めた態度をとっていられるのも今のうちだ! おい、あれを持ってこい!」


「あらら」



 男が手を下ろすと銃声は止み、一時の静寂に包まれる。



「舞踏会はお終いですか? もう少し楽しめると思ったのですが……」


「いいや、フィナーレはこれからさ。客人には我が組織で最高の品をプレゼントしよう」


「……なるほど」



 何名かの兵が後ろに下がったかと思うと、地面を揺らしながら大きな車が前進しPeaceの前に停った。



「旧式の戦車ですね、これが貴方が言う最高のプレゼントであるなら拍子抜けです。米国マフィアの底が知れますね」


「兵器は外見じゃない、内面だろ?」


「一理あります。では、その内面とやらを見せてもらいましょうか」


「ククク……後悔するなよ。撃てッ!!!」



 男の指示により、戦車は怒号の咆哮を上げPeace目掛けて一直線に砲撃を行った。短機関銃とは比較にならない速度とサイズで向かう砲弾、しかし彼女にはハッキリと見えていた。躱すことは容易であっただろう。だが、自分の為に準備された最上の贈り物だと言うのだ。受け取らぬ訳にはいかない。



(着弾まで零.零零壱秒、砲弾種は九一式徹甲弾ですか。戦車からでは射出できない物ですが、この技術進歩の事を彼は言っているのでしょうか……馬鹿馬鹿しい。こんな旧式、簡単に受け止めて────ッ)



 Peaceはそう思い、地面に脚を突き刺して準備した瞬間……砲弾は四方に割れ中から銀色の細い針が姿を現したのだ。



(これは!?)



 割れた砲弾の内部は鏡面になっており、更に炸裂してPeaceの周りに散らばる。同時に針からは真っ赤なレーザーが放たれた。そして……



「くぁッ……!!」



 鏡によって乱反射した超光熱光線は彼女の身体を中心に幾度となく往復し、四肢を焼き切っていく。


 不意を突かれたPeaceは何とか記憶装置のある頭だけは死守せんと、必死に体を拗らせる。



(右腕、重度の損傷により稼動停止、左腕、熱線により消滅、両足……も駄目だ。油断した)



 煙を上げながら崩れ去っていくメイドロボを目の前にし、男は歓喜に震えた。今まで幾つもの組織を壊滅に追い込んだこの兵器を壊したとなれば、組織にも箔が付く。そう考えたのだ。


 二十秒の長時間、レーザー攻撃に晒され続けたPeaceはほぼ全壊してしまい、まともに機能するのは頭部だけとなってしまった。



「こうなると可愛いものだな。Peaceよ」


「ゆ──しまし───。街の──マフィ───も────とは」


「おうおう、減らず口も叩けなくなったか」



 声帯機能も視覚機能も失われ、達磨のように地面へ転がる彼女を見下し男は自身のお腹よりも二回り大きいハンマーを振りかぶり言った。



「Good bye Peace」


「 ─See──you evil」



 無慈悲な音と共に、Peaceの顔面は粉々に打ち砕かれ周囲にはメモリの残骸や擬似眼球が飛び散った。呆気ない、あまりにも呆気ない終幕である。



「は……はは! やったぞ、本当にやった! 見ろ、やつの無様な死に様を! これで俺達の組織は安泰だ! なんたって、あのPeaceを倒したんだからな!」



 雄叫びを上げ勝利の美酒に酔いしれる。だが、この中で喜んでいるのは彼一人だけだった。その違和感に気が付くのに一拍ほど間が開く。その一拍がもっとも……いや、唯一の幸せな時間だと知らずに。



「ん……? どうした、お前達……俺達は勝ったんだぞ……?」



 口を開き、唖然とし上を見つめる百九十九人。嫌な予感、背筋に百足が這ったような感覚に陥る。



「ボ……ボス……あ、あああ、あれを……」


「……おぃおぃ……マジかよ……」



 一人が指差し男の視線を誘導した。するとアホ面の男は二百人になる。


 雲一つない快晴の空に白と黒のコントラストを際立たせながら小型の運搬用ドローンに運ばれている物があった。既視感がある……直視したくないそれは、全く同じ形をしていた。



「第二幕の始まりです」



 アームが外され上空三百メートルから垂直に降下し、地面を割り土煙を上げながら現れた者。それは紛れもなくPeaceだった。



「な……何故、お前が……馬鹿な……」



 男は尻餅をつき、左手付近に転がっていた擬似眼球に視線を向けた。間違いなく、この手で破壊したと確認するように手を開いたり閉じたりしている。


 そんな情けない姿を二人目のPeaceは笑う。



「私が一体だと思いましたか? 残念ながら、ストックがありました。それにNo.2558は軽量偵察型の機体ゆえ、本来戦闘向きでは無いのですよ。今殲滅作戦に於いてはNo.2558で充分だと分析しておりましたが、まさかのサプライズ。そのような兵器をお持ちとは、驚かされました」



 無機質に告げられる無骨で無慈悲な言葉の数々。表情が変わらない分、Peaceは動作でおどけてみせたが、それが逆に不気味だった。



「ぐ……何度来ようと結果は同じだ!!」



 半ばやけクソ気味に男は叫びもう一度、例の砲弾を撃つように兵へ指示を出す。彼自身、先のPeaceが軽量偵察型という事実を忘れてはいない。それならば、次のPeaceはより脅威であると容易に理解できた。だが、それを理解していてもこの手段しか残されてはいなかったのだ。



「日本には、そうは問屋が卸さないという言葉があります。今が正にその時でしょう」


「────ッ!! 急げ、早くしろッ! 殺されるぞ!!」



 振り帰り、叱咤を飛ばす男。しかし、彼の言葉に答えるものは誰一人としていなかった。答えられなかった。



「な……」



 真紅の光線が的確に百九十九人の脳天を貫いている。一種の出来事だった。そしてこれは間違いなく彼がPeaceを倒す時に使った超光熱光線集中弾と同じ技術。



「これは私からのサプライズです。どうですか? お気に召しましたか?」



 愕然とする男に歩み寄りながら、Peaceは胸ポケットに引っ掛けていたボールペンを少しズラした。それに合わせ、兵士の頭を貫いている光線も動きチーズのように彼なら脳を焼き切っていく。そう、光源は何の変哲もないこのボールペンから放たれているのだ。



「き……貴様もその技術を持っていたのか……」


「いえ、この玩具は先ほど作ってきました」


「つ……作ってきた……だと……」


「はい。2558が収集したデータを元に作成し、より小型に、より強力に仕上げてきましたのよ。今ではほら、わざわざ戦車を使わずとも乙女の指先一つで五百キロ先の蟻も的確に殺傷できる兵器に昇華しました。空中のミラーボールに反射させることで曲面の対応も可能です」


「嘘を吐くな!! 我々がこの技術を手に入れる為に、一体いくらの注ぎ込んだと思っている!! それに、最初の奴がぶっ壊れてから三分と経ってないじゃないか!! それを───」


「なので、一分で作成しました」


「……は?」



 男は思った。この非現実的状況の中で新たに襲いかかる行き過ぎた妄言の数々。最早ジョークとしか言いようのない現実はもしかすると夢なのではと。



「一分もあればあの程度の技術、複製、アップデートする事は簡単です。私はPeaceなのですから」


「な……なら何故ここに来た!? その技術があれば、わざわざ俺の目の前に来ずともトドメを刺せた筈だ!」


「当然、私がPeaceだからです」


「お前は……何を言っている?」


「Peace……正式名称『perfect evil anti counter enemy』、悪の前に立ちはだかり悪を討つ。それが私の存在意味であり理由であります」


「そ……そんな自己中心的な行為が正義だと思っているのか!?」


「正義? そんなくだらないもの語った覚えはありませんが。正義は必要ない、あるのは救済のみ……ですので、ご主人様を返して貰いますよ?」



 最早、只の置物と化した男の首根っこを掴み地へ捩じ伏せるPeace。



「ご主人様なんて拉致した覚えはないんだがな……」


「いいえ、貴方は間違いなく奪っていきました。私のご主人様……平和をね」


「ぐぅ……っ! よせッ、止めろ!!!」



 反対の手で巨大なハンマーを掴むとそれを軽々と持ち上げてからPeaceは言った。



「2558の無念……なんてものは共有意識なので存在しませんが、彼女の気持ちを知る為に同じやり方で殺してあげましょう」


「ぅ、ぅぁぁ……」


「ではでは、good bye evil ……いつか冥土で会いましょう」


「あ、ぅ、ぅぁぁああああ゛あ゛!!!」



 断末魔の叫びと同時に断罪の鉄槌は下され、悪の風船は贓物を撒き散らした。



「そして残るは……静寂のみ」






♢♢♢






 任務遂行後、運搬用ドローンに回収された機械メイドは日本のと在る過疎区域を飛んでいた。そこにある日御碕という場所の最も隅に存在する海に近い小さな小屋。


 そこまで辿り着くと、ドローンは彼女を下ろし遥か上空へと姿を消した。


 一方、Peaceは三度ノックをした後、小屋の扉を開き中へと入る。質素な部屋だ。八十年代に存在したレトロなダイヤル式のブラウン管テレビに、真ん中にはコタツが置かれている。


 彼女は機械的な動作でテレビのダイヤルを左へ三回、右へ四回、そしてもう一度左へ今度は六回回すとコタツがせり上がりエレベーターが出現した。


 それに乗り、下へ三十分ほど降りていくと……本拠地、Symbol Brainに到着する。円形のだだっ広い部屋には各シリアルナンバーごとにPeace達が並べられている。


 一歩踏み出し部屋に入ると奥の方から声が響いた。



「おぉ、おかえりぃ!! いやぁ、ナイス平和! いい働きをしてくれたねぇ〜No.7698、お見事お見事ぉ!」


「I'm home 」


「ありゃ? ……あぁそうだ、翻訳装置か……えっと、ジャパニー、ジャパニーっと……」


「I'll be back」


「違う違う! これは洋画台詞集……っと、これでよ」


「戻りました。博士」


「うん! おかえりぃ!!」



 Peaceとは逆にえらく落ち着きのない博士と呼ばれる声の主。Peaceは声のする方へとゆっくり近づいていく。



「どうだった? 最新兵器、最高だったろ!?」


「はい、効率よく悪党を始末できました。ただ、問題が一点」


「なになに??!? この私が問題を!? まさかバグってた?」


「いえ、あれだけ効率がいいと、せっかく良い行いをしたのにイマイチ気持ちよくなれません」


「あぁ! 確かにぃ〜めんごめんご! 次は当たったら爆発四散するようにするからさッ」


「よろしくお願いします」



 二つの声が近づく度に、それは一つ重なっていく。そしてPeaceは巨大な試験管のような容器の目の前まで辿り着いた。緑色の液体で満たされ、色とりどりのコードと……脳味噌が浮かんでいる。


 下部には複雑に入り組んだ精密機械とスピーカーが取り付けられており、どうやら声はここから発されているようだ。


 そして、とてつもなく異常な光景が繰り広げられた。



「さぁて……これで一段落だね! 次の悪党を退治しに行こうか。7698、他に悪い奴の情報ある? はい。先程の街ですが、マフィアがいなくなったことにより抑止力が無くなりチンピラが窃盗を繰り返しているようです。なんだって!? くう……悪を倒したら悪が枠なんて……皮肉だなぁ、でも私は諦めないぞ! な、7698! この世が救済を求める限り、私は戦い続けます。よく言ったぞ! じゃあそいつらを殺しに行こう」



 一人二役……同じ声が交互に違う口調で飛び交う。そう、この試験管に浮かぶ脳味噌こそ博士でありPeaceなのだ。


 彼女の名は五十殿オムカ 九十九ツクモ……歳は不明だが、極度のメサイアコンプレックスの持ち主である。困っている人がいれば絶対に助ける、次第にエスカレートした行動は彼女の腕を、脚を、身体を奪い最後に望んでこの姿となった。


 Peaceの生みの親、もといPeace自身であり九十九の意識で全て稼動している。故に、一人であり一万機……無限の存在だ。


 救済する欲求を止めることが出来ず、永遠の命を手に入れた彼女は何体のPeaceを同時操作し、先程のように悪を殲滅していた。



「ですが博士、チンピラ達はどうやら子供のようですが? 構うものか、子供でも悪は悪、皆殺しだ。ごもっともです……おっと、4459からの通信によると親愛なる隣人と名乗る超人が生温い人助けをしているようです。なに!? あの蜘蛛男か、奴は悪を逃がしたりするからな、この際皆殺しにしてしまおう! 悪の手助けをするのもまた悪、これも救済だな! 同意します」



 まるで、少女のお飯事が如く続くご都合主義の会話。彼女達……いや、彼女は止まらないだろう。



「では行ってこいPeace! 悪党をぶちのめし、人々に救済を!! 了解、出撃します」



 救済、その言葉の意味も知らず自己満足の行為は続く。Peaceが通った後には何も残らない事に気が付かないまま。

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メサイアの脳 あむあむ @Kou4616

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