Interlude II

面会室にて

 

 あたしは薄暗い面会室で、足を組んで座っていた。やがて看守に付き添われた男が一人、アクリル板の向こうに現れた。

 彼は見るからに憂鬱そうな面持ちだった。かつてのご自慢のサラサラヘアーも、心なしかくすんで見える。


 あたしは彼の前に歩み寄り、できるだけフランクに、かつ落ち着いた声量で挨拶をした。

「よう。元気にやってるか?」

「お陰様で」

 彼の声はどこまでも平坦だ。

「……どうして今更、君が会いに来たのかな」

「まあ、そこは、レンジャーとしての責任的な? 自分で倒したヤツの様子くらいは知っておかないと、と思い立ったんだ」

「ふうん……」

「どうだ、獄中での暮らしは。大変?」

「言うほどでもないよ……ごはんは、不味いけどね」

「ブッフ」

「……え?」

「あ、いや、何でもない。ちょっと風邪気味でな。ゴホン。気にすんな」


 危ない危ない。奴のあまりに悄然とした姿を見て、これまで我慢してきた笑いが漏れそうになってしまった。


「そうか、メシが不味いのか。丁度ここに、差し入れのために持ってきたクッキーがあるんだが……看守さん、これあげても良いですか?」


 一度こちらで中身を検分しますが、と、灰色の制服を着た看守が言った。


「あー、それでいいです。話が終わったらお渡しするんで」


 これでよし。人情に篤いレンジャーが、囚人の様子を慮って、差し入れまで持って面会に現れた──完璧なシナリオ。これで奴も少しくらいは心を開いてくれるだろう。多分。

 コイツはどうやら全然改心していないらしくて、あたしのことを深く恨んでいるという。だからこそ、この仕事はあたしがやるべきだって思ったんだ。


「ところでよ。あんた、悪の組織と連絡取ってるのか?」

「……いいや。メールの一通もないよ」

「そっかぁ残念だなー。ちょっと聞きたいことがあったんだけど」

 彼は怪訝そうにこちらを見た。

「最近、怪人ヨルベはどうしてるのかなーって」

「ヨルベ様が……?」

「あんた、悪の組織へは、ヨルベに勧誘されたんだろ? どんな風だったんだ」

「何故、私がそんなことを教える必要があるのかな」

「教えてくれなかったらこの場でクッキーを全部食べる」

「!?」

 彼はぽかんと口を開け、そして苦笑いした。

「勝手にするといい。君のくれるクッキーなんて、泥のような味に決まっているからね」

「酸っぱい葡萄ってか? 残念だけど味は保証されてるぜ。なんせウチのグリーンが太鼓判を押した菓子屋の、ちょっとお高いヤツだから」

「……」

「メシ、不味いんだろ?」

「……」


☆☆☆


 結局コイツは、当たり障りのない情報しか喋らなかった。

 ヨルベは魅了の催眠術で男を操るだとか、ヘビの怪物を使うとか、そんなことはこっちだって分かってる。


「ったく、そんなに悪の組織が大事かねー? あんたがそんなに仲間思いで忠誠心の篤いヤツだなんて、一ミクロンも思ってなかったな」


 コイツはレンジャーだったくせに、あたしたちを裏切って寝返ったのだ。仲間など屁とも思っていないクソヤローで間違いない。


「……確かに、忠誠心ではないかもしれないね。ただ私は、」

「また悪の組織と接触する時のために、少しでも信頼を得ておきたい……とか?」

「……」

「ははっ。安心しろよ。レンジャーは、あんたを悪の組織と再会させるようなヘマはしねーから」

「……君のこと、ますます嫌いになりそうだよ」

「そいつは良かった」

「同族嫌悪ってやつだろうか」

「は?」


 あたしは奴をねめつけた。


「ふっざけんなよ。同じなワケあるか。ぶち殺されてえのか?」

「いいや、同類だよ。君はとても暴力的だから。怪物を蹂躙し、私に暴言を吐き……それでいて正義を掲げているのだから、タチが悪い」


 あたしは奴を睨んだまま、胸中に怒りの炎を灯した。


「舐めた口をきいてんじゃねーよ。このサナダムシ野郎」

「……私のどの辺がサナダムシなんだい?」

 この突っ込みを、あたしは完全にスルーした。

 

 確かにあたしはちょっと喧嘩っ早いし、ガラが悪いところもあるし、敵には容赦なく魔道を振るう。やりすぎだって囁かれてんのも知ってる(最近は千陽の方がやりすぎだけれども)。

 とにかく、それでもあたしとコイツは、決定的に違うんだ。


「平和のためだとか何だとか詭弁を使って弱いものを蹂躙しているのは、テメェらの方だ。あたしたちはその暴力から市民を守ってる。あんたとは真逆だろーが。だいたい、レンジャーあたしらまで暴力に訴えなきゃいけない状況を作り続けてるのは、悪の組織そのものなんだからな! そこんとこ棚に上げておいて、ゴチャゴチャうるせーこと言うなんて、お門違いも甚だしい。この、出来損ないのゴキブリ野郎」

「……それは人に使う呼称ではないと思うよ」

「あんた人じゃねーじゃん。怪人だろ」

「……」


 しばし、沈黙が降りた。

 奴は、何も映らない虚無の瞳であたしのことを見ている。

 あたしとの対話が無意味だと思っている、そんな目だ。

 あたしは肩で息をしていたが、やがてドサッと椅子に腰かけ直した。


「まあ——」

 あたしは声のトーンを落ち着けた。

「あんたにはこれでも感謝してるんだぜ。あんたのお陰で、あたしは新技を発明できたんだからな」


 悪の魔道への切り替えは案外容易く出来る、そう直々に教えてくれたのはコイツだ。あたしはその作用を利用して、レンジャーにもさわれる魔道を作り出すことに成功した。

 トランポリンだとか縄だとか、色々と応用が利いて便利だ。


「それに、あんたを討伐したことで、早くから本隊の仲間から信頼を得られた。あんたはあたしの立派な踏み台になってくれたってわけだ」

「心底不本意だな」

「だろうな。ざまあみやがれ」


 そう言ってあたしは立ち上がった。もうコイツに用は無い。

 あたしは奴をイラつかせるために、勝ち誇った表情をわざと作って、それから面会室を出た。

 後ろから「やれやれ……」という沈みきった声が聞こえて、あたしは大満足だった。


 ま、あたしも大概ヒドい女かも知れないけど、これでも悪の組織よりはよっぽどまともに生きているはずだ。 

 それを再確認できただけでも、今日は収穫があったと言えよう。


 偵察の報告書にはあまり書くことがないけれど……


「さあって、どうしようかね」


 あたしは伸びをして、地下の施設を後にした。

 胸のすくような夏の青空が、あたしを出迎えてくれた。




 

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