第20話 最強の愛(1)

 最終決戦の場所、それは皮肉にも俺達が出会った始まりの場所だった。

 一歩、一歩……慎重に裏路地の奥へと進んでいく。

 結合の儀、それが行われるであろう場所は一つしか無い。

 あの縫合獣がいた広場だ。

 イラは通路の壁面に手を当てると、一瞬だけ炎を出した。

 いつもとは毛色の違う、薄い炎だ。

 それはまるで導火線に火をつけたように壁を伝わり、暗く見えない先の先まで進んで行った。


「今のは?」

「誘発魔法じゃ。どうやら罠などは無いようじゃな……織姫の奴、余裕じゃの」

「今に見てろ、ってな」

「縫合獣の気配も無い……」


 俺もハッキリと感じている。

 重い魔力は一つだけ、もう少し先で待っている。一切動かず、ジッと。


「ふん、武士は食わねど高楊枝ってやつかねぇ」

「……まるで意味が分からんぞ」

「ニュアンスよ、ニュアンス。ま、罠が無いってんだったら……このままダッシュで突っ切るぞ!」

「……承知ッ!」


 注意するべき物が何もない……そう分かれば後は突撃するのみだ。

 作戦は……バンっと行って、バシっと靡を救出し、ドドーンと織姫を倒してハーピーエンド。我ながら完璧ではないだろうか。

 揃って走りだし、角を右、左、左、右の順番で曲がる。


「入るぞ」


 広場は直前、ここに靡が捕らえられている。

 待ってろ。直ぐに助けてやるからな。

 彼女の姿を思い浮かべ、拳を握った。

 ……あれ、おかしい……あんなに毎日見ていた顔なのに……ボヤけてでしか思い出せない。


「竜馬!」

「あ、あぁ!!」


 イラに呼びかけられ、ハッとした。

 だめだ、今はとにかく集中……靡を救うことだけ考えろ。

 自らの頬を叩き、気合いを入れ直した。

 そして俺たちはあの広場へと足を踏み入れる。

 ————その時だ。


「ッ……な、なんだ!?」


 爪先が地面に触れた瞬間、波紋のように闇が広がっていき視界は漆黒に染まった。

 薄暗いとか、見えにくとかいうレベルでは無い。

 正に漆黒……一寸先に何があるのか、一切の判断がつかない。

 視界を封じられれば、不安は襲い来る物だ。


「イラ、いるのか?!」

「落ち着け手騎よ、大丈夫じゃ」


 動揺する俺とは真逆に、落ち着いている彼女は指先から小さな灯火を出し辺りを少しだけ明るくした。

 ようやく顔が見え、ホッと一息、胸を撫で下ろした。


「クク……まるで母の姿を探す子のようじゃな」

「…………ッるせ」


 そう言われると、少し恥ずかしい。

 くそぉ、見た目は幼女の癖に。

 羞恥心に襲われ顔を背ける俺を彼女は笑うと、灯火をこちらに向けながら言う。


「どうやら無事に結合の儀が行われる場所についたようじゃな」

「以前来た広場の雰囲気とは全然違うな」

「うむ……妾も詳しくは知らないのじゃが、結合の儀というのはとどのつまり、片方の心を無にする為の作業なのじゃ」

「それとこの暗さにどういう関係があるんだよ」

「それはじゃな————」

「私が説明しよう」

「ッ!? そ、その声は……!」


 イラの説明に口を挟む声。

 綺麗で通るその声色は、聞くもの全てを魅了するだろう。

 だが、俺達にとっては憎しむべき音だ。


「織姫!!」


 その方向に向かって即座に炎を向けるイラ。

 だが、奴の姿は見えない。

 正面……いや、背後か? この暗やみに加え、円形状の建造物に囲まれている空間……音が反響して正確な位置は掴む事ができないか。

 周辺を必死に捜索している中……奴の声は続く。


「君は先程、この暗闇に恐怖を感じただろ? 視覚を塞がれ、イラグリスの姿を見失った……その時だよ」

「……それがどうした。むしろ、『無』とは逆の感情だろうが」

「では……もし、イラグリスが居なくなっていたら、どうした?」

「…………」


 イラがいなくなっていたら……まず、探しただろう。

 それでも見つからなければ、この状況だ。

 こいつの罠に嵌められたか……最悪の展開を想像する、と思う。


「そうだ、そうだ。怖いだろ? 恐ろしいだろ? 心を無くすにはまず絶望を与えるのだ」

「……まさかお前……」

「さぁ、て、次のステップはどうする? そうだな、心の支えを砕こうか。支えが無くなれば、後は倒れるだけ。倒れれば……何もない暗闇ではもう立つことはできまい」

「……それを……」

「暗闇とは『無』なのだよ。そして、『無』に浸ると『無』に染まる。真っ黒に、真っ白になったところで……色を足してやるんだよ。私の色を……ね」

「靡にやったのかぁぁぁあッ!!!」

「そうともさ! 私が、あの女を染め者にしてやったさ!」


 パチンっと乾いた破裂音————と、同時に周辺が一気に明るくなった。

 何本も立てられた蝋燭の火……目の前には赤い糸が繋がりあい六芒星を作っている。

 そしてその中心には……靡が全裸で括り付けられていた。


「靡ッ!」

「そうやすやすと、渡すと思ったかい?」

「ツァ!?」



 彼女の元に駆け寄ると、横から割り込んできた織姫の手によって大きく頬を打たれ後方へと吹き飛ばされる。


「竜馬ッ!」

「おや……今ので首が吹き飛ばないとは、流石はイラグリスの乗り手というわけか」


 転がり倒れる俺に心配そうに駆け寄ってくるイラ。

 だが、心配ご無用だ。たかがビンタ一撃でくたばる俺じゃねぇ。


「靡! 聞こえないのか!?」

「…………」

「ッ……意識が無いのか……」


 両手を縛られ壁に張り付けにされながら、グッタリと頭を下げている。

 

「当然だ、私が無にしたのだから、意識……もっと言えば感情は既に失われておる」

「そんな訳あるか! あいつは誰よりも自我の強い女だ! お前程度にやられるわけねぇだろうが!」

「クク……そうかそうか。では、無になっていなかったとして、どうする気だ?」

「決まっている、貴様を倒して連れて帰るまでだ!」

「やってみるがいい。私に一撃も加える事ができなかった男よ」


 もうあの時の俺じゃ無い。

 織姫……目に物を見せてやるぜ。


「イラッ!」

「応ッ!」


 俺は一歩後退し、イラの後ろへと下がった。

 そして幼女は火の輪へと姿を変える。

 ————最後の変身だ。


「火炎・豪炎・超爆炎! ポニテに危機が迫る時、炎と共にやって来る!!」

「愚かな欲望を持つ神よ!」

「俺の怒りで真っ赤に燃えろ!」

「二人で一人、灼熱激昂の怒髪天!」

「聞け、我の名は!」

「「ドラゴン・テール・クロス・オーバーッぁぁぁ!!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る