第19話 叛逆の意思(6)

 ☆



「……っつぅ、痛ぁ……」

 

 前頭葉を刺すような痛みが走り、私は目を開いた。

 なんだ、この痛みは……というか、ここはどこだ?

 私を囲むように六本の蝋燭が火を灯し、ゆらゆらと揺れていた。

 下には赤い線が引かれており、その蝋燭を繋いでいる……これは六芒星?

 蝋燭の火だけが見えるだけで、それ以上視界は真っ暗だ。


「……なるほど、夢だな」


 そう思い頬をつねってみた。痛い、夢じゃない。

 どうしてこんな奇妙な空間にいるのだろうか……何をしてたっけ、私。

 ————そうだ。

 シャワーを浴びてから竜馬を探しに行ったんだ。

 GPSの反応は多尾中央公園に進んで行ったけど……途中で中心が途切れて、そう、それから一瞬で景色が反転したんだ。

 ここみたいな異様な光景に変わって、最初は驚いたんだけど、不思議と懐かしいような感じがして、地形は変わってなかったからそのまま中央公園の方向に進んで行ったんだ。

 そして私は……見た。

 炎を纏い巨大な怪獣に向かっていく少女を。

 直感でわかった。

 少女は竜馬だと。

 見た目は全く違う、だけど確信が持てた。

 なんでだろう……あの綺麗で大きなポニーテールのせいかな。

 まるで、竜馬の意思が形になったかのような逸品だった。

 しかし……彼は苦戦していた。

 激しい攻撃を受け、偶然にも私の側へと吹き飛んで来た。

 必死に誤魔化してたけど、カマをかけると直ぐに自分から正体を明かした。

 単純な男の子だ。

 そして……彼とイラちゃんは一体化していた。

 自分でも何を言っているのかわからない、けど姿が二重にぼやけて見えたのだ。

 諸々の事情があったのだろう。

 だから今は詮索しまいと、彼女の事に関しては触れなかった……というか、不思議な事が一度に起こりすぎていて理解が追いついていなかったのかも。

 二人は満身創痍だった。

 偶然、いや奇跡的に私には怪獣の弱点が見えた。

 黒く、禍々しい塊……それを壊せば倒せるというのだ。

 それを教えると、表情が一変した。

 彼(彼女?)の顔を見て、私は二人の勝利を確信した。

 ……それから?

 そこから記憶が無い……飛び立っていったのを見て……ッ、頭が痛くなる。


「ようやくお目覚めかい。私にしてはお寝坊さんだね」

「!? だ、誰!?」


 暗闇の中から女性の声が聞こえた。

 キョロキョロ見渡してみるが、声の主は見当たらない。というか見えない。

 同様する私を他所に、彼女は一方的に話を進めていく。


「異世界の私……特異点さん。さぁ、結合の儀の準備を始めましょうか……」

「な、何いってんの!? 全然意味がわかんないんだけど!」

「今にわかるわ」


 一本の蝋燭が異様に揺らめいた。

 咄嗟にその方向に振り向くと……いた。

 綺麗な顔立ち、大和撫子といった言葉がよく似合う。

 着物に身を包み、上品な足取りで近付いてくる。

 それに……虹色の蝶の羽を模したリボンで括られた、見事なポニーテール。

 私と同じ形だ。


「あなた……誰なの? ここはどこ……?」

「不安にならなくても大丈夫。心配なんて何一つとして無いわ」

「……竜馬はどこ……だ?」

「あら、あの細身な男の事ね。別に、何の危害も加えてないわ」

「そう……」

「自分の事より好きな男の安否を確認するなんて、乙女なのね」

「うッ……べ、別に好きとかじゃなくて!」

「わかってる、わかってるわよ。貴女は私で、私は貴女……分からない事なんて無いのよ」


 さっきからなんだ、この女性は。

 言っている意味がわからない。

 でも、状況から判断して明らかに敵だ。


「私を人質にして竜馬達を脅迫するつもり……?」

「ふふ、違う違う。私の目的は貴女よ……靡ちゃん」

「————ッ……どうして名前まで……」

「だってずっと狙ってたんだもん。貴女のこ・と」

「ッぁ!? えぁ、ちょ……ちょっと!?」


 歩み寄りながら、目の前の女性はスルっと着物を脱ぎ捨てて行く。

 絹のような白い肌が露わになり……って違う!

 こいつ、間違いない、変態だ!!


「ちょっと待ってくださいよ! 私が目的!? そ、そっちの趣味はないので、無いので!」

「……同様しちゃって可愛い。私色に染めてあげる」

「あ……あぁぁ! あぁぁぁあ!!」


 一切の飾りを無くした産まれたて姿になると、座り込む私にズイっと顔を近づけてくる。

 逃げようとした……けど、足が動かない。

 この地面に這った線が、私の自由を拘束しているようだった。

 引き攣った顔で興味を無くそうとしたが無駄なようだ。

 細く、長い指先が制服のリボンに伸び……そっと解いた。


「やめて……やめてくださいぃ!」

「経験は初めて?」

「しょ、処女なんですよ! 大事な人の為に装幀は守ってるんですよ!? いいんですか

そんな今時珍しい純粋な乙女の純潔を奪っても!?」

「……貴女、結構滑舌なのね」

「そりゃそうですよ! こちとら必死に一人の男を振り向かせようとしてるんですからね! こんな所で失うわけにいかないんですよ!!」

「そういう一途なところは……やっぱり私なのね」


 さっきから同じ同じって、どう見ても違うじゃん!

 年齢も、容姿も、趣味も、雰囲気も。

 何を持って同じだと言ってるんだ、このレズビアンは!?


「やだぁ! はな————ッ」


 あれ? 口が動かない……違う、口は動くけど声は出ない。

 なななんやぁ……なんやこれはぁ!?


「あんまり騒がしいと、雰囲気台無しでしょ? だ・か・ら……暫く黙っておいて頂戴」

「————————ッ! ——ッ!!」

「ふふ、じゃあ始めるわよ」


 蠱惑的な眼差しで私を見つめる痴女は、右手の人差指でスッと体の中心をなぞった。

 なんということだろうか。

 私の制服はまるで最初から縫っていなかったかのようにバラバラの布切れになり、散ってしまったのだ。

 スカートも同じようにバラバラにされ、残すところ痴肌を守るのは下着以外になくなってしまった。

 恥ずかしさで頭が沸騰しそうだった。けれど、痴女から顔を離す事が出来ない。


「——!! ——・——ッ!」 

「私はそういう顔が見たかったのよ」


 属性の追加。

 この女は露出狂レズビアン・ドS痴女だ。

 最悪だ、最悪すぎる。私が何をしたというんだ。

 真面目に人生生きてきた筈だ。

 盗聴器も監視カメラも、睡眠薬も、通販で買った惚れ薬も、彼のリコーダーを奪ったことも全部愛ゆえにだから無罪の筈だろ!?

 あぁ……神よ……何故私をこのような試練に陥れるのですか。


「さ、これも取りましょうか」


 半ば現実逃避気味だった私を引き戻すように、痴女は下着まで解いていった。

 最早、体を隠す物は何一つ無い。

 こいつと同じ産まれたての姿だ。

 引き攣る私を無視し、奴は体を擦り寄らせてくる。

 膨らんだ胸部と胸部が重なり合い、突起が擦れ体が跳ねた。


「敏感なのね……弱いところも一緒なんだ」

「ッ————ッッッ!!」


 一切抵抗できぬ乙女に、容赦の無い痴女の攻撃は続く。

 そのまま腕を下腹部まで滑らせて行き、回すように太股を指で撫でられた。

 ゾゾゾッと背筋に氷が這ったような冷気が走った。

 密着する肌と肌……心臓の鼓動が聞こえる。

 蝋燭の火は揺らめき、妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 熱い汗がポタっと、私の皮膚を通って地面に落ちる。

 あ……れ……?


「……——ッ——……」


 加熱した吐息が口から漏れ、頭がふわっとボヤけ出した。

 景色は絵の具のように歪み、小さく揺れている。

 え、私もそっち側だったの?

 沿った指の先端が、肌をなぞればなぞるほど、彼女の鼓動が近付けば近付く程……その感覚はどんどん強さを増していった。


「ようやく溶けてきたようね」

「…………」


 熱い私の体を更に強く抱きしめる。

 もう何も考えられなくなっていた。

 ええい……なるようになれ、だ。


「気持ちいいでしょう、 快感でしょう。この感覚、あの男では味あわせてあげれないのよ」

「…………」

「辛かったでしょう、苦しかったでしょう。一生懸命努力をしても、気が付いてもらえず、振り向いてもらえず」


 そう……だ。

 何をしても竜馬は私に振り向いてはくれなかった。

 眼中にあるのは……ポニーテールだけ。

 大事にされてると思ってた……けど違うのかも。

 彼が大事なのは……ポニーテールをしている私じゃなくて、私のポニーテールなのか。

 理解した。

 絶望と憎しみが沸き起こってきた。

 その感情は心を黒く蝕んで、縛って、締め付けてくる。

 楽になりたい。


「分かるわ、貴女の気持ち……私は全部分かる。だって、同じ存在なのだから」


 多分、この感情の理解者は彼女だけだ。


「だから受け入れなさい。私に……包まれなさい」


 彼女の麗しい唇が、私の唇にゆっくりと近付いてきた。

 もう、嫌悪感など一切ない。

 目の前の女性を受け入れれば、この苦しさから自由になる事ができる。

 そうだ、受け入れよう。

 全部、ポニーテールが悪いんだ。

 全部、鈍感な竜馬が悪いんだ……から。


「……んッ————」

「んッ……ふふふっ」


 彼女と唇を重ね合わせた瞬間————心が真っ白になった。


 ☆



 商店街へ辿り着いた俺たちは、出会いの場所へと向かい走っていた。

 周囲の様子は以前来た時のままだ……だけど。


「手騎よ、気がついたか?」

「……あぁ、凄い圧を感じる。これがイラの言う魔力なのか?」

「そうじゃ」


 異様に空気が重く感じる。

 酸素が上手く吸い込めず、息苦しい感じだ。


「妾が竜馬の影響を受けているように、竜馬も妾の影響を受けているようじゃな」

「あの時の合体以来……少しだけ感じるようになったのは」

「接合率が高かった故、分離してもその名残があるのじゃろう。まぁ、時が経てば元に戻る」

「別にこのままでもいいけどな」

「馬鹿を言え、この戦いを最後にするのじゃ。それ以降は魔力なんぞ、アルタルスで必要あるまい」

「…………」

「どうしたのじゃ?」

「いや、なんでもねーよ」

「戦いの前じゃ、集中せい」

「合点ッ」


 今までどうしてこの考えに至らなかったのだろうか。

 俺とイラは共に戦う戦友ではある。

 だが、戦いは終わってしまえば……生きる世界は別、つまりお別れだ。

 横目で彼女の方をチラッと見た。

 相変わらず、日本人離れした顔をしている。

 下心とか、恋心とか、そういうのがある訳ではないが、こいつのボサボサヘアーを見れなくなると思うと……少し寂しい。


「着いたぞ、竜馬」

「ッ——ん、あぁ……ここか。織姫の居場所は」


 気が付けば既に裏路地の入り口へ。

 ここにポニテ美女が縫合獣に誘われていたところに俺が着いていったんだっけか。

 不気味で、薄暗く、灯りが少ない……よくこんなとこ、一人で入ってったな。

 まぁ、あの時はポニテ美女に夢中だったから恐怖心なんてものはなかったんだろう。


「……思い出すのぉ」


 足を止め、そう呟くイラ。

 どうやら彼女も感傷に浸っているようだった。

 同じ気持ちであったことに、少し嬉しく思える。


「実はの、ここに入ってきた時から妾は主を見ておったのじゃ」

「……え?」


 入った時から見ていたと言うことは……俺が決死の思いで化け物に突撃していったところも見てたってことか。


「どーして直ぐに助けてくれなかったんだよ!」

「アマノガワに自力で入ってくる人間が珍しくてな。ついつい興味心が湧いてしまった」

「……ったく、まぁいいけどよ」


 結局最後は助けてくれたわけだし、そんな責めるつもりは無かった。

 俺はそう言ってから歩を進めようとしたのだが、上着がピンっと張った事に気が付いた。

 背中をイラが掴んでいたのだ。

 俯き、申し訳なさそうに下を向いている。

 そんな怒ってないんだが……。


「どうしたって、別に気にしてないぞ。俺は」

「……すまぬ、手騎よ。妾は先ほど茶を濁した」

「ん?」


 何の事だろうか。

 茶を濁すって……誤魔化したってことであってるよな。

 今はそれどころじゃないだろう……とは言えない雰囲気だ。


「……最後の戦いで、弱気になってんのか?」

「違う、妾は臆病者では無い。じゃが、心残りがあるのじゃ」

「戦隊物のDVDは返却しておいたぞ。一週間レンタルでギリギリ間に合った」

「ならば良し! ————ではないわ!」

「お、おぅ、それじゃないのか」

「馬鹿者! この雰囲気からそんな軽い内容だと思うたか!?」

「だって心残りっていったらそれくらいしか……」


 全巻まとめて借りてたし、滞納してしまえば、どえらい請求が……! って心配しているのかと思ったが、そうでは無いらしい。

 何よりこれは軽い内容では無い。親の仕送りで生活している俺にとっては死活問題なんだが……。


「はぁ〜……手騎は本当に……はぁ〜……」

「なんだよー、言いたい事あるならはっきり言えよー」

「……承知した。手騎、いや……赤芽 竜馬よ。今度は妾が懺悔する番じゃ」

「おいおい、改ってどうしたよ」

「いいから、黙って聞け」

「…………」


 俺はイラの方を向き、屈んで彼女と視線を合わせた。

 真剣な眼差し……どうやら、本当に重い内容みたいだ。

 ゴクリと生唾を呑み込み、彼女の口が開くのを待った。


「さっき、『入ってきた時から見ていた』と言ったじゃろ」

「……あぁ」

「あの時、『興味があって観察していた』……というのは少し意味合いが違ってな。本当は『利用できる者が来た』と思っていたのじゃ。自分一人では織姫には敵わぬ……ならば此奴と契約をすればアマノガワでも本気で戦えるのでは無いかと……つまり、主を利用しようとしていたわけなのじゃ」

「そうか、それは大変だったな。よし、じゃあ行くか! 最終決戦だッ!」

「よっしゃぁ!! ————ってなるかぁ!」

「えぇ!?」

「手騎は馬鹿者じゃ! 本当に大馬鹿ものじゃ! よいか? 織姫が言っておったように、妾がそのような企みをしなければ、竜馬がこの戦いに巻き込まれる事も無ければ、靡も連れ去られる事が無かった! つまり、全ての原因はわ————」

「なんだ、そんな事を気にしてたのかよ。ッ……はははは」

「!?」


 空に向かって思いっきり大笑いをした。

 こいつ、そんな事気にしてこんな顔してんのか! あ〜可笑しい。

 俺はイラの肩に両手を乗せて、しっかりと言った。


「イラ、俺は感謝してるんだぜ」

「感謝……じゃと?」

「あぁ……もし、お前がこの力の相棒に俺を選んでくれなかったら消えゆくポニーテールを目にしつつ何もできない毎日を過ごしていたかもしれないだろ?」

「じゃが……靡は」

「イラがいなくたって、その内見つけられてたさ。それに、今こうして靡を救おうとする男が俺であることも……お前の力のおかげだ」

「そんな事は……妾は織姫と同じ愚行を……」

「アイツとは絶対に違う。もし最初はそうだったとしても今は違う。だってさ、俺が本気で落ち込んで、悩んで、どうしようもない時……必死に調理を作ってくれたじゃないか、元気付けようとしてくれたじゃないか」

「……じゃが結局は……」

「こうして戻ってくる事ができた、だろ? そっれにっさ」

「……?」

「一生忘れないと思うぜ、料理を差し出してくれた時の傷だらけな手をよ」

「————ッ、ば、馬鹿者!」


 イラはそういうと、頬を紅潮させプイッと視線を外した。

 あの時、俺はその手に応える事ができなかった。

 だからその分、今、今日、今時を、彼女に応えれるようにする。

 それが俺の決意だ。


「これでさ、お互いにわだかまりは無くなった……それでいいか、イラ?」

「……うむ。感謝するぞ、竜馬。主が妾の手騎で、本当に良かった」

「俺も、お前が相棒で本当に良かったよ」


 俺達は親指で鼻を拭うと、正面を向く。

 そして拳を握りガチっと打つけあった。

 気合い十分、決意満タン、絆マックス——最高の状態だ。


「さぁ……行くぜ!」


 イラは静かに頷き応え、共に並んで裏路地に向かい一歩を踏み出した。

 


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