第15話 叛逆の意思(2)

 ☆




 気が付けばイラが出ていってから3日も立っていた。

 彼女を、靡を助けたい……けれども体が動かない。恐怖と嫌悪が心をギチギチに固め、身動きを取れなくしている。

 だけど、このままじゃダメだ。

 時間が経つにつれ、俺の頭は少しずつプラスの思考を取り戻しつつある。


「とりあえず……外にでよう」


 一週間ぶりの外出……久しぶりに立ち上がると、足の筋肉が衰えただ歩くだけでもフラフラした。

 情けない、本当に情けない。

 好きな人も物も守れず、終いには相棒に八つ当たりをして……何をやってんだ俺は。

 イラは言っていた「7月7日に織姫が動き出す」と。「それまでに靡を奪還しなければ勝機はない」と。

 もう遅いかもしれない……だけど、全く動かないなんて無責任だ。

 何か、どうにかして自分を呼び覚ます方法を見つけなければ。


「イラ、一体何処にいってしまったんだ」


 服装を整え、千鳥足で玄関から外に出た。俺の気持ちとは裏腹に快晴の空。

 尻尾聖戦なんてもんが起きているだなんて誰一人として思わないだろう。


 もしかしたら夢……だったのではないのか? 実は全部、俺の夢?

 現実逃避を欲する思考が一瞬だが、そんな回答を導き出す。だが、夢じゃない事は外に出てみてハッキリと分かった。

 最も彼女がいそうな場所、商店街を歩いている時にある異変に気がつく。


「……誰もポニーテールをしていない……」


 ここにたどり着くまでに100人以上の人間とすれ違った。

 その内の60人は女性で、誰一人としてポニーテールにしている人はいなかったのだ。

 この町はあんなにもポニテで溢れ返っていたのに……殆ど髪を結ぶ事すらせず、何気ない顔で歩いている。


「そんな……そんな馬鹿な……」


 俺は必死にポニテ美女を探した。

 絶対に居るはずなんだ……ちょっと前までは5分も探せば、とてつもないポニテを拝める事が出来たのに、今では1時間、2時間探しても一向に見つける事が出来ない。

 そうして探し回っていると、とある女性を見かけた。お洒落なパスタ屋で昼食を嗜むスーツ姿の女性……間違い無く一番最初に助けたポニテ美女だ。

 だけど……今はポニテではなく、長い髪をゆったりと下ろしている。


 俺はてっきり靡を手に入れた織姫はこれ以上ポニーテールを襲う事は無い……そう思っていた。

 だけどそれは甘い考えだった。

 間違いなく未だに縫合獣は現れ、次々と奪っていっている……そして、縫合獣がいるという事はイラも戦っているのだ。


「だけど……」


 戦い……その言葉を思う出すと、自然と足が震えた。

 拳を直前で止めた自分、連れ去られる靡……俺に戦う資格はあるのか?

 今ではもう、縫合獣の居場所さえわからない。何処で戦っているのか、それすらも普通の人間である俺には見ることも聞くこともできない。

 けど、確実にイラは戦っている。短いが濃い付き合いだった……アイツが縫合獣を放っておく訳ない。

 しかし……それでもこれだけポニーテールが減っているという事は、苦戦しているのだ。

 もしくは……もう……いや、それ以上考えるのはよそう。


「イラ……」


 独り言を呟き、空を見上げた……その時だ————辺りが途端に騒がしくなったように感じ、声が聞こえた。


(お前のせいで、私達は死んでしまったんだ)

「!? だ、誰だ!?」


 不気味な女性の声、まるで幽霊のようにか細い声量だった。

 驚いて周辺を見渡すもその声の主らしき人物は誰1人としていない。

 だが、何度も何度もイラと会話している時のように、頭の中で声が響く。


(なぜ戦わなかった)

(守ってくれると思ってたのに)

(本当に私達の事を愛していたの?)


 次々と声の数は増えていく。そして、想い想いの罵声を浴びせては通り過ぎた。

 声色が違う。別々の人物……何人も存在している。


「な……なんだよ!? 誰なんだよ!」


 訳が分からなくなり大きな声でそう叫んだ。

 道行く人々は俺の事を気の毒そうな顔で見つめてくる。お前らには聞こえないのか?

 この嘆きが、恨みの声が。


(私達は貴方が守ってくれると信じてた。なのに裏切った)

(大事な人を失った事を言い訳に、戦いから自分を避けた)

(怖かったんでしょ? 本当は)

(自分の身が一番大事なんだ。所詮)


 違う、違う違う違う!

 そんな事思ってない……俺は必死に戦ったんだ。

 ポニーテールを守ろうと、この世界を壊させまいと戦ったんだ。

 嘘なんか無い、一生懸命やったんだ。

 だけど……ダメだったんだ。


(そうやって直ぐに言い訳して)


 謎の声はどんどん増えつづけ、頭の中がパンクしそうになる。

 わかった、声の正体は奪われてしまったポニーテールの思念だ。

 守ると約束し、裏切り、そして最後には逃げ出した……そんな俺の事を恨んでいる彼女達の声なんだ。


「やめろよ……やめてくれ……」


 もうウンザリだ。

 大好きなポニーテールに嫌われ、罵声を浴びせられるなんて耐えられない。

 だが、声は止まる事なく俺を責め立てる。

 自分でもわかっている事だ……気が付いている、自分がやった過ちなんて。

 何度も復唱しなくたっていいじゃ無いか。


「助けてくれよ……靡……イラ……」


 もう長年連れそった友人も、共に戦った仲間もいない……誰にも頼る事が出来ない。

 自分1人ではこれほどまでに無力なのかと、思い知った。


「う、うわぁぁぁぁ!!!!」


 耐えきれなくなった俺はその場から逃げ出した。

 なるべき人のいない場所へ、これ以上自分を追い詰める者がいない場所へ。

 ただ必死に走った。

 訳の分からなくなるくらい、ここが何処なのかもわからなくなるくらい必死に。

 何度か転び、膝を擦りむき血が溢れた。

 痛みによって声はかき消されるかと思ったが、まだ追いかけて来ている。

 逃げなくちゃ……出なきゃ俺は……ポニーテールを嫌いになってしまう。

 

「ぜぇ……はぁ……はぁ……」


 体力を使い果たし一歩も歩けなくなった頃、既に空はオレンジ色に染まっていた。

 声は消え、目の前には見知らぬ小さな公園がある。

 入口の石板には「奏根公園」という文字が刻まれていた。隣町まで来てしまっていたようだ。

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