第14話 叛逆の意思(1)
真っ暗だった。目の前も見ないほど、暗く閉ざされた空間。
見失った。自分を見失ってしまった。
先日の戦闘後、俺は学校も行かず只部屋の隅で座り込む毎日を送っている。
「……手騎……」
部屋に僅かな光が差し込んだかと思うと、イラはお盆の上に暖かいご飯と焼き魚を乗せて俺の前に差し出した。だが、食べれる気分では無い。
「ごめん……無理だ。食えない」
「もう飲まず食わずで3日目じゃ……流石に身体を壊してしまう。無理してでも食べるのじゃ。最も……料理などしたことが無いゆえ、出来はイマイチかもしれぬが……」
イラの手は慣れない包丁を扱った為か、小さな切り傷がいつくか残っていた。彼女の努力が伺える。それもこれも全部俺の為にしてくれた事……だけど、その気持ちに応える事が出来ない。
「すまん……」
謝罪の言葉を述べ、再び自分の殻の中へと戻る。
これは自分への罰だ……ポニーテールのせいで、最も大事な人を失ってしまった。たかだ髪型で、そんな物を愛していたせいで。
靡が連れ去れられてから、彼女の親になんといっていいかわからなかった。
だが、許される事ではないが謝罪をしに行った時……靡の両親から信じられない言葉が発せられたのだ。
「靡……? だれ? 家に子供はいないじゃない。やーね、竜馬君ったら」
そう、最初からいない存在になっていたのだ。
クラスメイト、近隣の住民、俺の両親に慌てて聞いて回った。しかし、誰一人として彼女の事を覚えている者はいない。
————神隠し。
イラ曰く、神もしくは神に等しい存在の者によって別世界へ連れ去られた者は、世界のバランスを保つ為に記憶・存在・関わった品全てが消えてしまうらしいのだ。
誰か、誰でもよかったのに。
俺の事を罵り、否定して、怒ってくれる人間がいればどれ程心が楽だっただろうか。
全部、全部、全部全部全部、責任は俺にあるのに。
「頼むから立ち直ってくれ……これでは靡を救出にもいけないぞ」
イラはお盆を床に置き、体育座りで顔を埋めている俺の肩を強く掴んだ。
靡の救出……どの口がその台詞を言うのだ。
「イラ……お前言ったよな。自分でも倒せない相手だって」
「それは、妾1人ではという意味じゃ! 竜馬、手騎の力があれば織姫だって凌ぐことができると思ったのじゃ」
「でもできなかったじゃないか。俺はポニーテールを向けられて攻撃することが出来ず、大事な人を失ってしまった……」
「まだ失ってはおらぬ! 奴はきっと一週間後、最も世界の境界が弱まる日……七夕に靡を使う筈じゃ。それまでに何とかできれば……」
七夕か……織姫と彦星が一年に一度出会える日。そして短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るす日……笑える。俺の願いは1つだけ、だけどその願いを奪い取るのが織姫本人なんてな。
「俺には……もう無理だよ」
「な、何を言っておるのじゃ!? 靡が連れ去られたままで良いのか!? この軟弱者!!」
耳元でそう叫ばれ、頭の何かが切れた。
イラの手を払いのけ、力尽くで押し倒す。驚いた彼女は「きゃ」と悲鳴を上げたが、関係無い。そのまま両手で体を抑えつけ、睨みつけたまま叫んだ。
「そんな訳ないだろ!! 俺がどんな気持ちでいるか本当にわかってんのか!? こんな意味のわからない戦いに巻き込まれて、大事な人を失って、それも自分の大好きだったもののせいで、だ! わかるか!? 一度に大切なものを二つ奪われた時の気持ちが、お前にわかるのか!? 大体、お前さえ関わってこなければ俺は、俺達は何事もなく平和に暮らせたんだ! お前が、お前が————」
そこまで口に出し、ハッとしイラから離れた。
気がつくと、寝そべる彼女の頬には数滴の涙が伝っている。
「そうか……確かにそうじゃな……」
顔を腕で拭い立ち上がると、背中を向け部屋を去ろうとする。
最低だ……言ってはいけない言葉を口にしてしまった。
「ま、待って! そんなつもりは……」
だけど、口に出してしまってはもう遅い。
イラは俯きながら、悲しそうに俺の元から離れていく。
「織姫は言っておった。妾のお陰で見つけるのが楽になったと……主らを不幸にしたのは、元を正せば妾だとも言える」
————違う。結局は時間の問題だった。
例え、イラが俺達の前に現れなかったとしても、織姫は靡の事を見つけていただろう。
むしろ、イラがいてくれたお陰で今まで沢山の人を守ってこれたし、抵抗することもできた……彼女は世界が違う生物に対しても必死で守ろうとしてくれた。なのに……。
「イラ! すまない、俺は……最低な事を————」
「いいのじゃ……だが、ここからは1人で戦う」
「そ、そんなこと……できないだろ!」
「為せば成る。元々、1人で戦い続けていたのじゃからな。手——竜馬よ、靡の存在について教えた事を覚えておるか?」
「……あぁ」
戦闘後、イラは「何故、靡が織姫にとって必要なのか」を教えてもらっていた。
世界が2つ存在する以上、イラがベガルスだとドラゴンだが、アルタルスだと幼女というように姿形は違えど、同一と認識される存在が必ずいる。勿論俺にもいるのだろう。
そして、問題は靡の同一存在だ。なんと、彼女の存在は織姫なのだという。
故に制作者にしかわからない縫合獣の心臓とも言える部分、黒核を見る事ができたしアマノガワに入ることもできたらしい。
靡のような存在は特異点と呼ばれ、ある種の現人神として多大な力を秘めている。だから織姫は自分の分身を吸収して強力な魔力を経たのちアマノガワを壊そうとしている……とイラは語っていた。
「時間が無いのじゃ……靡が吸収されてしまえば、最早奴の横暴を止める術は本当になくなってしまう。この世界も……壊されてしまうのじゃ」
「……どうして、イラはアルタルスの為にそこまでできるんだ……?」
「簡単な事、ベガルスで妾について来てくれた者達の無念……そして、平和な世を取り戻したい……その一心じゃよ」
そうだ、彼女は俺のように短期間戦っている訳では無い。
ずっと、ずっと俺の寿命以上に織姫と戦い続けているんだ。俺みたいに中途半端な気持ちで戦っているのでは無い。
「……ッ……」
————俺も一緒に戦う。絶対に勝とう、そして靡を、世界を救おう。
その言葉を出す事が出来ない。
自信が無かったんだ。織姫と対峙した時、攻撃できるのか。靡の為に本当に戦えるのか。
言葉を呑み込み、地面を見つめているとイラは暗い部屋から出て行き扉を閉める前に言った。
「どのみち今の竜馬では合体する事ができぬ。短い間であったが……楽しかったぞ。靡の事は任せておけ……この命に代えても取り戻してみせるのでの」
「い……行くな! イラ!!」
ピシャっと扉は閉められ、慌てて腕を伸ばし再度扉を開いた時には……もう彼女の姿は無くなっていた。
「俺は……俺はどうしたらいいんだ……何が好きで、何を守りたかったんだ……俺は……」
その場にしゃがみこみ、ただ唸る事しかできない。
無力だった、動けなかった。
進む道すら見えず、悔しさだけが暗い部屋に残る。
俺はポニーテールが怖くなってしまっていた。
☆
妾が悪かった。
一人で長いこと戦っていたため、知らず知らずの内に寂しくなってしまっていたのかもしれない。甘えだ。
本音を言うと、アマノガワで竜馬を見つけた時「これじゃ!」と思った。
異質な空間に入ってこれるアルタルスの者……間違いなく特異点じゃと。
神と同じ力を秘めた者と契約し、一時的に融合する事ができれば……織姫にも勝る力を手に入れる事ができると。
幸いにも目的は一致した。ポニーテールを守るという、最初は意味不明であったが徐々にそれも理解できた。
「これでは……織姫と同じじゃな……」
自分が酷く小さな存在に思えた。憎っくき宿敵と同じ手段を無意識の内にとってしまっていたのだ。情けなさい、情けないぞ、イラグリス・ボルケーノ。それでも龍の王か。
「取り戻さねば……我を」
竜馬の自宅から出た妾は、行き場も無く彼が毎日通っていた通学路をトボトボと歩いていた。すれ違う人々は、迷子かと思い度々声をかけてくれる。
この世界の生物は皆、優しさに満ち溢れている。だから好きじゃ、大事にしたい。織姫なんぞに壊されてたまるものか。
拳を握り締め、決意を固める。例えこの身が朽ちようと、責任は果たさねばなるまい。
「……手騎……」
後ろ髪を引かれ、一本の道を振り返ってみた。
竜馬の姿は見えない、追ってきてはいない。当然だ、自分1人で戦うと告げた。
それに彼にとって、妾は憎むべき相手。
————「お前の、お前のせいで!!」
脳裏に先ほど言われた言葉が蘇り、胸をギュッと締め付けた。
無意識の内に、涙が伝っている事に気が付き慌ててそれを拭う。
……楽しかった。
戦いを忘れさせてくれる優しさが、彼との生活ではあった。
バカで素直で一直線で、優しくて、何だかんだ頼り甲斐があって、熱く炎のような男。
相棒、そう呼ばれるのが嬉しくて仕方がなかった。
————が、それも今日まで。
妾が竜馬をあんな顔にさせてしまったのじゃから……な。
それに靡という少女。
まさか織姫の分身だとは思いもしなかった。完全に油断していた。
だが、今となっては関係ない。
彼女が竜馬を愛していたという事実……そして、それを引き裂いてしまったという責任。
重く、重くのしかかる。
「靡……待っておれよ。結合の儀……それまでには必ず救い出す」
恐らく、7月7日……その日に奴は靡と合体する。妾達のような一時的なものでは無く、永遠と並行世界の存在と一つになる結合の儀を行う筈。
猶予は後一週間、それまでに織姫の居場所を見つけなくてはならない。
「何処だ……織姫……」
魔力感知を強め、まずは縫合獣を探す。
町の中心に向かいながら、感知範囲を広めていった。
そして————
「ッ……そこか! い、いや……!?」
町全体から1つ……2つ、もっとだ。もっと沢山、今までに無いほど大量の反応がある。なるほど……奴も妾が探している事は承知のようじゃな。
複数存在する反応のせいで、どれが奴のものなのか判断できぬ。
総力戦、全ての縫合獣を解放して足止めをしようという事なのじゃろう。
「クッ……クックック……舐めるで無い。舐めるで無いぞ、織姫よ。残り物の雑魚なんぞに妾を停める事ができると思っておるのか?」
右に炎を纏わせ、横一線に振るい次元を焼き切る。見馴れた景色……アマノガワ。
もう、アルタルスに戻ってくる事は無いかもしれない。
最後に、本当に最後に竜馬の自宅の方向を向いた。そして一言だけ聞こえないだろうが、別れの言葉を呟いた。
「さよなら……じゃな」
それから次元の狭間へと飛び込んだ。白と黒の異質な空間、妾の居場所。
こうして私は再び孤独の戦場へと乗り出していったのだ。
————絶対に負けない。
まずは一番近い敵から始末しよう。ここから約2キロ先の地点……そこに大きな魔力反応がある。
妾は炎の翼を広げ、最速でその場所へと向かった。人混みから離れた場所にある林地帯……どうやら此奴は魔法貯蔵器官を狙っているわけではないようじゃな。
ならば、速攻でカタをつけてやる。全滅させて、ゆっくりと奴の居場所を丸裸にしてやるだけじゃ。
「……ほぅ、まずは貴様が遊び相手になってくれるのじゃな」
目的地には小型の縫合獣が妾を待ち構えていた。外れだ。
白い毛に妾と同じぐらいの背丈……なるほど、ベガルスのフェアリーとアルタルスの兎を混ぜた訳じゃな。
素早い動きをしそうで手間取りそうではある……が、力は然程ないじゃろう。悪魔で時間稼ぎの獣ということ、じゃな。
「では……お手合わせ願うッ!!」
全身に炎を纏わせ、戦闘体制に入ると全力で縫合獣に向かって飛びかかる。
半径10メートルは爆炎に包まれ、激しくぶつかり合った。
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