第13話 愛は時として毒となる(8)
☆
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
絶叫したままケートスの正面に突撃し、残った右腕の爪を下顎突き刺そうとした。しかし、奴も馬鹿ではないようで、接近させまいと弾幕を張り巡らせる。
「GUOOOOO……」
「ッ……まだまだぁ!」
炎をなるべく使わないように、恐怖はあったが肉眼で捉えられる物は紙一重で躱す。インターバルを挟んだ事により、少しだけ体が軽くなっているのか……いや、それだけじゃない。
「俺は……靡に勝つって約束したんだ!」
頬をレーザーが掠め血が伝った。この程度のかすり傷で怯む俺じゃねぇ。
一歩、一歩、ゆっくりではあるが確実に距離を詰めていく。一撃必殺の距離まで。
(手騎!)
「まだだ相棒、全ての水圧レーザーが俺達を向いた時……残り魔力の10%を周囲に解放する! それから20%で一点突破、反撃だ!」
(16%足りぬが!?)
「そんなもの……愛で補うに決まってんだろォォォ!!!」
ようやくケートスの目の前にたどり着いた。全ての魔法陣が俺達を囲むようにして広がっていく。そして、同時にレーザーは放たれた。今だ。
「やれ! お前の情熱を見せてみろ!」
(合点! ッぁぁあああ゛……爆炎怒号陣ッ!!!)
イラの叫びと同時に地面から多量の炎が湧き上がった。常識では考えられぬ超高温の炎はレーザーが直撃する前に蒸発させる。すると、多量の煙が広場一帯を包み込み何もかも見えなくしたのだ。
俺達の姿を見失ったケートスは、射線を定めず無差別にレーザーを撒き散らす。だが、そんな攻撃……あたるものかよ!!
「後は……俺に任せろォ!!」
煙を破るように、天に向かって大きく飛んだ。その高さはケートスを超え、月明かりが背中を照らす。見えた……クジラの噴出口。ここから20メートル先に黒核がある。
集中し右腕に魔力を溜めた。イメージは……そうだ、キャリアウーマン。細いメガネに合う細く長く凛としたポニーテール。これに決めたぞ。
(ッ!? 復帰が早いぞ!)
「ツァ!」
すぐ様標的を発見したケートスは上に目掛けてレーザーを2発照射。炎を空中移動で浪費したくないので、残った右腕の手甲で強引に受け流した。
(つ……爪が2本吹き飛んだ……大丈夫なのじゃな!?)
「あぁ、1本あれば充分だ!」
背中目掛け落下していく俺は、右手に集めた魔力を更に爪の先に集中させる。すると、炎は針のように形を変化させていく。
もっと細く……もっと長く……もっと凛々しくッ!
そして、足が背中に触れる瞬間————全力で穴に向かって炎を発射した。
「必殺ッ!!
ツンッと地味な音がなる。発射された炎の針はケートスの体を貫通した地面に突き刺さった。手応え……あり。
「……ふぅ」
背中を蹴り大きく距離を取った。一拍置いて、「GUooo」と小さな唸り声を上げた後、爆発四散。嵐のような爆風が、背中を押した。あたりが静かになり、ポニテ美女達は姿を消していく。元の世界へと戻っていったのだ
地へと降り立ち勝利を確認するように、拳を握りしめた————その瞬間、強制的に変身は解除され、1人から2人になる。
「ッ、お!?」
「さ、流石に限界みたいじゃ……すまぬの」
「っと、お疲れさん。無茶に付き合ってくれてサンキューな」
ほとんど魔力を使いきり、倒れそうになるイラを抱きかかえる。肉体的ダメージは俺に残るが、精神的ダメージはイラに残ってしまうのだ。
「手騎も満身創痍じゃろうに、構うでない」
「馬鹿野郎、相棒がこんなにボロボロなんだ。支えないわけないだろ」
「く……クサイのぉ」
「ん? あ、汗臭いかな!?」
「そうではない。ふ、ふふふ」
彼女は俺の腕の中でクスクスと笑った。それにつられて俺も笑顔になってしまう。
厳しい戦いだった。驕っていた自分をぶん殴ってやりたいぐらいだ。
だけど……勝つ事ができたのだ。苦しかった分、勝った時の安心感と喜びは計り知れないものがあった。
これも全て、弱点を教えてくれた靡のお陰だ。
————って、あれ?
「イラ、靡……どこにいった? お前ならわかるんじゃないのか?」
「ちょっと待て、魔力を探知してみよう。あれほど素晴らしい魔力貯蔵器官の持ち主であれば簡単に…………ッ!?」
彼女の体がビクッと跳ねた。そして顔面は蒼白し、小刻みに震え始め先ほどの安心しきった表情が嘘のように切迫している。俺は嫌な予感がして、答えを急ぐように問う。
「なんだ!? 靡になんかあったのか!?」
「否」
「じゃあなんだってんだよ!」
「それは————」
イラが口を開き語ろうとした。刹那、別の声が割り込んでくる。
聞いた事の無い、育ちの良さそうな女性の声だ。
「久しぶりね。イラグリス・ボルケーノ」
俺が声の主に視線を向ける前に、イラは跳ねるように腕から飛び上がりそいつに向かって拳を構えた。強烈な眼光を放ち、殺意を剥き出しにしている。こんなにも血の気が多い彼女の姿を見るのは始めてだった。
「手騎よ、視線を変えずに聞け。今回ばかりは何も言わず、撤退してはくれないか」
「……敵か」
「それも、ここにきて最悪の」
イラは視線を変えるなと言った。その意味を俺は即座に理解する。わざわざ黙って撤退してほしいと願うくらいだ……だから、俺が絶対に逃げなくなる理由があるのだ。
だから、イラの忠告を無視して拳を構えている方向へと恐る恐る視線を向ける。
そこには……最高と最低があった。
「初めまして……わたくし、織姫と申します」
朱と緑に染められた着物に身を包み、礼儀正しく頭を下げる女性。自身の事を俺達の宿敵である織姫と名乗る彼女……艶やかで、品があり、美しいと素直に思えた。
何より、大きな蝶の羽の様な形をした髪留めで括られたポニーテールは靡のポニーテールと同等、もしくはそれ以上の完成度を誇っている。
そして……
「んんーーーッ!!」
「靡!」
後ろには黒い糸で腕と足、口を塞がれ身動きの取れない靡が地面に転がっていたのだ。イラが思っていた「引けなくなる状況」とは間違いなくこの事だろう。靡がこんな事をされてオメオメと撤退などできるわけない。
「彼女を離せ!!」
織姫に向かってそう叫ぶが、俺の事などまるで視界に写ってないかのように、奴はイラと会話を始めた。旧友に語りかけるように。
「久しいな、何年振りだろうか……もう忘れてしまったわ」
「……よもや、これほど早期段階で主が出てくるとはな……縫合獣だけでアマノガワに惹き込んだ訳ではなかった……という訳じゃな」
「身体が大きい分いい囮になってくれたわ」
「どういう風の吹きまわしじゃ? 今まで傍観していた貴様が、何故戦線へ出てくる?」
「その感じだとまだ気が付いていないのね。ほんと、抜けているというか、阿呆というか……」
「なんじゃと……?」
「ふふ、ならヒントをあげましょうか? 私の目的は魔力貯蔵器官の回収だけではないのよ。本当は……この子を見つける事、わかったかしら?」
「……まさか……」
「そう、その通り。この子は私の————」
「無視すんじゃねぇ!!!!」
我慢ならなくなり、拳を奴に突き立てた。顔面に直撃……したかと思えば、全身が糸くずと化し姿を消す。
「おやおや、おやおやおやおや」
「ッ————そっちか!?」
遠くから聞こえる声。気が付けば、奴は100メートル程離れた場所にある噴水のてっぺんに爪先だけで立っていた。
腕には靡が抱えられ、意識を失っているのか抵抗をする気配が無い。
このままでは……織姫に連れ去られていってしまう。だが、ごく普通の高校生である俺にはイラですら敵わないと言っていた奴に勝てる事はできない。
お互い消耗しきっているが、これしか方法は無い。
「イラ、合体するぞ」
「ま、待て! こんな状態でドラゴンテールになっても即座に解除されてしまうだけじゃぞ!?」
「一撃、一撃でいいんだ……それで靡を奪取する!」
織姫はアマノガワを超える事ができないのだ。だから靡を掴んで直ぐにアルタルスに戻れば追ってこれない。
「しかし竜馬ッ……主は、主は……」
言いにくそうに彼女は呟くが、俺はそんなこと気にせず変身の口上を述べていった
「火炎・豪炎・超爆炎! ポニテに危機が迫る時、炎と共にやって来る!!」
「ッ……————奇々怪界な獣供!」
「俺の愛で灰になれ!」
「二人で一人、最大火力の怒髪天!」
「聞け、我の名は……ドラゴンテール!」
「わざわざそんなセリフまで作って……恥ずかしく無いのか?」
「ッるせぇ!」
煽りを挟む織姫を一喝し、目の前で炎の輪となったイラを潜り変身————僅かな魔力を右足に集中させて地面を蹴った。
肉薄する俺に対し、余裕の表情で待ち構える織姫……その澄まし顔も、直ぐに歪めてやる。
さっき覚えた必殺技、これで奴を叩きのめす
「喰らえ! テール・バン————」
「ほれ」
「は!? な、な、にぃぃぃ!?」
当たれば確実に致命傷を与える事ができただろう。その威力は先のケートス戦で証明されている。
だが俺は右腕に集中させた炎針を織姫に向かって放つ事が出来なかった。攻撃に対して完全に無防備な敵に対して。
織姫は逆に、背中を向けた。隙だらけの細い背中だ。だけど……そんな……クッソ。
「ほれほれ、この子を救いたいのよね? さぁ、串刺しにしてみなさい」
「ッ……うぐぐ……ッ」
(手騎……だから……言ったじゃろ……)
「さぁ! ほら! ポニーテールを守るんでしょ?? 目の前で大事な女性が連れ去られようとしているのに……どうしたんだい?」
フリフリと目の前でワザとらしく揺らし、酷く愉しそうな顔で見つめる織姫に俺は……何も出来ない。
この愛らしいポニーテールを傷付ける事なんて、絶対に出来ない。ここに来てポニテ愛が……俺を窮地に陥れる事になるなんて思いもしなかった。ただ、歯ぎしりをするしかできないなんて。
「悔しいだろうねぇ……ま、私は目的の物を手に入れたし自分の世界に戻るとしますか」
「ま、てよ!」
「あら、あらあらあら。どうせ攻撃1つできないチキンボーイに用は無くってよ。それに忌々しいドラゴンちゃん、貴女は役にたってくれたから見逃してあげる。そっちの世界で平和に暮らしなさい」
(妾が……貴様の役に……じゃと?)
「えぇ、なんてったって……わざわざこの尻尾聖戦にこの子を巻き込んでくれたのだから。そうじゃなきゃ、到底見つけられなかったわ。ありがとう……イラグリス・ボルケーノ」
(————ッツ!)
「お、おい! 靡を……靡を返せよ!」
「だ〜め、じゃーぁね〜!」
織姫は背中を向けたまま手を振って、周辺に糸屑で出来た黒い嵐を起こすと俺の手を払いのけ目の前から一瞬で消えてしまった。靡と共に。
静かになった商店街で1人……いや、2人で拳を握り締めた。変身は強制的に解除され、その場に膝をつく。
悔しさと、悲しさと、後悔で涙が溢れ出る。
「くそ……くそ……」
何度も何度も彼女を助けられなかった手を、攻撃できなかった拳を地面に打つけ唸った。ドス、ドスと鈍い音……それと痛みが走ったが拳を止めることはできない。
「手騎……」
「くそぉぉっぉおぉおおお!!!!!」
行き場の無い怒りを込めて、そらに向かって全力で叫んだ。
アマノガワはとても静かで、その声は何重にも木霊して聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます