第10話 愛は時として毒となる(5)
☆
「おぃ……どういうつもりだよ」
「ん? 何のことじゃ?」
シャワーの音を片耳に俺はイラに問いかけた。が、問いかけで返されてしまう。すっとぼけた顔が癇に障った。
「わざとだろ、あれはどう考えても」
「ふふん、手騎もわかるようになったか」
「これだけ毎日一緒にいるんだ。お互いの事、理解しないはずないだろ」
意図は分からないが、イラはわざと転んだフリをして靡に牛乳をぶっかけた。そして俺はあらぬものを見てしまっのだ。その……靡の……下着を。
「で? どうじゃった?」
「……はぃ?」
思いがけない質問に声が裏返った。
「淑女の薄衣を覗いた感想じゃよ。……ま、手騎の顔を見れば大体察しがつくがな」
「ば、バカ言え! 下着ならお前のだって何回も見て————」
「ほう、童趣味だったのじゃな」
「そんなわけあるか!」
別に俺は下着を見たぐらいで何とも……しかし、牛乳で乱れたポニーテールと濡れて透けた黒いレースの下着……そのコントラストは俺の劣情を掻き立てるには充分だった。
でもダメだ、相手は幼馴染の尾道 靡なのだ。俺が小さい時からずっと仲良くしてくれた大親友であり、ポニーテール愛の数少ない理解者なのだ。
そんな女性に対して、その……エッチなことを考えるなんて、不純だ。
「まったく……こういうのを何というのじゃろうなぁ? むっつりスケベ、か」
「だ・れ・が!」
「ククク……若いのぉ、これを青春と呼ばず何と呼ぼう」
「ッぅ〜……い、イラだって!」
「なんじゃ?」
「へ、変な喋り方してるじゃないか! 靡の前ではカマトト振りやがって、何が『ごめんなさい……靡お姉ちゃん』だ! 白々しいにも程があるぜ」
「仕返しのつもりかの? ならば手騎にはこの言葉を教えよう。『郷に入っては郷に従え』……妾は見た目上、幼女を演じねば困るのは手騎の方では無いのか? 竜馬」
「ぐ……ぬぬぬぬッ……」
クソ……イラとは今まで300回以上口喧嘩をしているが一回も勝てた試しが無い。確かに、彼女が幼女を演じていないと困るのは俺だ。
靡には俺がポニテ美少女になって戦っているとバレたくないからな。
なぜなら、大事な親友を戦いに巻き込みたくないからだ。彼女は誰にも追いつけない程、強く美しいポニーテールを持っている。だからもし、縫合獣に捕まり織姫に
……いや、そんな合理的な理由じゃない。嫌なんだ、靡を危険な目に合わせたく無い。本音を言えば、それだけ。
「で? どうなのじゃ? 所感を述べよ」
「……よかったよ……その、見惚れた」
「ふふーん、いいぞいいぞ。手騎の素直な所、妾は好きじゃ。ハッハッハー!」
赤面し絞るような声の俺に対し、イラは豪快に笑った。その姿は年相応なんだけどなぁ……。
「ほら……俺は答えたぞ、相棒」
「うむ、では妾も答えねばならぬな」
「あぁ、どうしてあんな事したんだ? めちゃくちゃ困ってたじゃないか……それに、俺なんかに見られて……その……」
「嫌われるとでも思っているのか?」
「当然だろ」
「鈍感な男よ。そんな察しの悪い者には真実を教える事はできぬなぁ〜」
意地悪な笑み。いつもこれだ……でも今回は、それじゃあ俺の気が晴れない。
「だめだ、ちゃんと教えてくれ」
「お? 珍しく積極的じゃないか。男児たる者、そうでなくては」
「からかうのはもうよせよ。……分かるだろ?」
「……悪ふざけが過ぎたな」
彼女はそういうと俺に一礼し、やっと重い口を開くようだ。
なんだかんだ、イラはそういうところがあるから憎めない。だから上手いこといってる。
真剣な眼差しでゆっくりと告げていく。
「これは余計なお節介かも知れぬが……靡という娘はな、手騎のこ————」
そこまで言ってイラは口を紡いだ。
一瞬どうしたのかと思ったが、直ぐにその理由が分かる。
脳内で黒板を引っ掻いたような嫌な音が鳴り響いたのだ。
「竜馬」
「あぁ、わかってる。この話は後だ」
耳鳴りがした時、それは次元の裂け目“アマノガワ”に異変が起こった証拠だ。
必ずどこかで罪の無いポニーテールが不幸な目になろうとしているの……こうしちゃいられない。
放っておく訳にはいかないので俺は急いで浴場へと向かった。
「靡!!」
「キャッ!!!」
よく考えれば扉を開ける必要はなかったと思うが、今は一刻を争うのだ。
とにかく、救わなければいけない。時間がない。
「すまん靡、急用ができた。服は乾燥機に入れてあるから30分ほどで乾くと思う。のんびりしてていいけどいつ帰れるかわからないから……じゃ!」
要件を簡素に伝え、出陣の準備をする。といっても、気合いを入れるだけだが。
靡は非常に驚いていたが、今は気にしている暇がない。
「行くぞ! イラ!」
「————うむ!」
玄関を飛び出すと、追ってイラが後ろをついてくる。慌てん坊の俺はいつも鍵を閉め忘れるので彼女が閉めてくれるのだ。っと……場所はどこだ?
全力疾走で出撃したのはいいが、詳しい位置がわからない。いつもはもっとハッキリとしているんだが。
「分かるか……?」
「いや、妾にも……だが街の中心地付近というくらいなら」
「なら、とりあえずそこに向かおう。そうすれば入り口が分かるだろう」
「……確かあの辺りは広場……じゃったかの?」
「そうだが、それがどうした?」
「いや……ここまで霧がかった反応しか感じぬという事はじゃ、余程強力な魔力の縫合獣じゃと思ってな」
「ま、どんな敵であれ俺のポニテ愛とイラの力があれば楽勝だろ!」
「ふん、自信を持つのは良いがあまり過信しすぎるでないぞ」
「わかってるって!」
俺は連戦連勝によって少し調子に乗っていた。今では縫合獣に対する恐怖心も薄れ、自分は世界のポニテを守る正義のヒーローだと思ってた。
「ならば隙間に入るぞ、準備はよいか?」
「勿論だ。行くぜ、相棒!」
「あぁ、手騎よ。今宵も熱き炎を見せてくれ!」
イラはそういうと走りながら体から少しずつ炎を噴出していった。下から上に、徐々にせり上がり全体が炎に包まれた時、それは火の輪となって目の前で停止する。
それをサーカスで見る火の輪くぐりのライオンみたいに通れば変身は完了する……のだが、俺はある事に気が付いた。
「……そろそろ変身口上考えるか」
「何を馬鹿な事」
「いや、正義の味方には必ず必要だろ?」
「遊びでは無い。意味が無い」
「またまた〜イラもそういうの好きな癖にぃ」
「な、何をぉ!?」
「知ってるんだぜ? 毎週戦隊ヒーローを録画しては何度も何度も観てるってこと」
「ぬ……ぬぬぬ、何故それを」
勝った。火の輪になっているせいで表情は読み取れないのが残念だが、明らかに悔しがっている。クックック……まだまだ文明利器については勉強不足のようだな!
彼女は絞るような声で悔しそうに……だが、少しだけ子供っぽく言った。
「か、かっこいいので頼むぞ……」
「まかせろッ!!!!」
幼女の願い、無下にする訳にはいかない。
思いつく限り、限界全力最大限に面白かっこいい口上を考える。
————よし、これだ。
「火炎・豪炎・超爆炎! ポニテに危機が迫る時、炎と共にやって来る!!」
「奇々怪界な獣供!」
「俺の愛で灰になれ!」
「二人で一人、最大火力の怒髪天!」
「聞け、我の名は!」
「「ドラゴンテール!!!!」」
阿吽の呼吸で口上を叫ぶと、火の輪を潜り変身する。
全身に炎がまとわりつき、一度表面の体を全て焼くと再構築するように光に包まれた。
弾けるように真っ赤な閃光を周囲に撒き散らすと変身完了。
俺は————巨大なポニーテールを持つ、美少女へと姿を変えた。
「い、く、ぜぇぇッッ!!!」
左手の籠手についた三本の爪で空間を切り裂き、隙間の世界“アマノガワ”への侵入経路を作り出す。
そして飛び込むように突入し、上昇した脚力で超加速————一気に多尾町の中心地へと移動していった。
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