第9話 愛は時として毒となる(4)

「ッ!? な、なに!?」

「ん、どうした? 靡」

「え、い、いや……さっき声がしなかった? 女性の」

「?」


 竜馬には聞こえてないのか、首を傾げている。だけど、私には確かに聞こえた……頭の中に直接響いて来るように、女性の声が。

 あれだ、よく漫画とかで見る「こいつ……直接脳内に?」という展開だ。もしかしたら……馬鹿馬鹿しいが、その声に心の声で答えてみる。


(あ……あ、聞こえますかー?)

(聞こえておるよ。動揺するでない、男に不審に思われるぞ?)


 ……返答がある。原理はわからないが、どうやら本当に頭の中に直接話しかけて来ているようだ。テレパシー? というものだろうか。もしくは……私の妄想が自我を持ってしまったのだろうか。


(貴女は……何者です?)

(妾か? 言うなれば、恋のキューピットじゃ)

(こ、恋のキューピット!?)


 いや!? それにしては口調が古臭くない!? 普通恋のキューピットってもっと可愛らしいものなんじゃないの!?

 でででで、でも、それが本当なら……私と竜馬の関係を進展させる為に来てくれたのかもしれない!


(きょ……今日はどういった御用で……?)

(うむ、今までの行動しかと見届けさせてもらった……なかなか熱いものを持っておるではないか)

(そ、それはどうも……)

(しかし、足りぬ)

(……え?)


 恋のキューピットだけあって私の竜馬に対する感情は知っているようだ。しかし、足りないとはどう言うことだろうか。

 これまでも、これからも全力を尽くしている筈だ。彼のプライベートに支障がないか判断する為に、毎日自分の部屋から竜馬の部屋を覗き観察日記をつけているし、大好きなポニーテールの手入れだって1日足りとも欠かした事は無い。

 自信があった部分を否定され、私は少し怒り気味に反論した。


(足りないことなんてありません。常に私は全力です)

(ほぅ……それならば、なぜ今帰ろうとするのじゃ?)

(見てわからないのですか? 今、全身牛乳塗れになってるんですよ? こんな姿、好きな男の子に見せれる訳ないじゃないですか)


 麗しき純情乙女が持つ、純粋な感情だと思う。

 しかし、キューピットの一言により私は自分の甘さに気がつかされた。


(……衣服が濡れて透けておるな。しかもその柄……勝負下着か)

(————ッ!!!)


 忘れていた。今日はもしかしたら、もしかするかもしれない、若さ故の過ちを期待していた事もありそれなりに可愛くセクシーな黒のブラとパンツを着用していたことに。

 そして上はカッターシャツ……当然、かなり目立つ。理解した、全て理解した。


(色気で堕とせ……と言いたいのですか?)

(何のための下着だ。何のための乳だ。使えるものは全て使い、勝負をするのが青春乙女ではないのか?)

(だ……だけど……)

(ふん、羞恥心じゃな。じゃが、そんなものゴミ箱に捨ててしまえ……よいか生娘、今は絶好のチャンスなのじゃよ?)

(うぅ……で、でも……竜馬は髪型にしか興味無いし……)

(その無駄な脂肪を有効活用せずどうする! 良いか? 家に帰らず……ここでシャワーを浴びていくのじゃ……)

(こ、ここで!?)


 大胆不敵の支離滅裂……が、最適解だ。羞恥心を捨てる……それで本当に竜馬が振り向いてくれるのだろうか。でも、恋のキューピットさんの発言だし説得力はある。


(……本当に、大丈夫でしょうか……? へ、変な女だって嫌われないですか?)

(もっと髪以外にも自信を持つのじゃ。生娘のような体を見せ付けられ、惹かれぬ男はこの世におらぬ)

(そ、そう?)

(そうじゃ! さぁ行け、願いを叶え結ばれる為に……!!!)

(は……はい!!)


 その言葉を最後に声は消え、まるで夢から覚めたような感覚になった。

 さっきのは幻聴だったのか? いや、違う。信じられない事だが紛れも無い現実だ。

 きっと神さまが日々の努力を見て願いを叶えてくれようとしているんだ。そうに違いない。


「どうした? 靡、ぼーっとして」

「ひゃッ!」


 後ろから肩を触られ思わず飛び跳ねてしまう。竜馬も私の動きに合わせビクッと肩を跳ねらせた。


「うぉ、びっくりした。どうしたんだよ」

「へ……えへへ、ごめんごめん……」


 今、彼は後ろにいる。胸のあたりがどんな惨状になっているかは見えていない……見えていないし、イラちゃんも気が付けばプリンを平らげキッチンから出て行っているではないか。これは……チャンス。


「あ、の、ぉ、竜馬……私やっぱり帰らない」

「え……ちょ、靡!? ま、前!」


 ゆっくりと振り向き胸を強調させていく。汐らしい表情と、虚ろな目で蠱惑的な雰囲気を醸し出しフェロモンで追い込む。

 仕掛けは上々、慌てて竜馬は顔を逸らした。


「おま、隠せって!」

「なにを?」

「ま、透け、いや! と、とにかくこれ!」


 手に持っていたタオルを差し出し、見えている下着を隠しように言った。が、ここはあえてわからないフリをし攻めの手を緩めない。

 タオル自体は受け取るものの、髪や顔を拭くだけて隠しはしなかった。むしろ、身体を拭く為にシャツのボタンを開いていく。

 第1ボタン、解放……竜馬の視線が一瞬だがこちらに戻る。しかし直ぐに逸らされた。

 第2ボタン、解放……胸の張りで少し弾けるように開く様を見せつける。

 第3ボタン、解放……こうなると、最早下着は実物が半分以上見える状態となりチラ見される回数が極端に上昇した。


「なななんあ、何やってんだよぉ!」

「何って……身体を拭こうとしてるんだけど……」

「ふ、風呂場でやれ! か、貸してやるから!」

「いいの? シャワー借りてもいい?」

「あぁ! いいよ!」


 ————計画通り。

 彼は背中を押すようにして、私を脱衣所まで連れていった。

 紅潮した頬からは、思春期男児特有は絶対に逆らえない本能的エロス欲求を感じられる。

 成功だ……竜馬の興味はポニーテールだけではなかった。ちゃんと体にも興味を持ってくれている事が分かったのだ、大きな収穫だ。


「じゃあ借りるね」

「ぉ! 応……ゆっくりしとけ!」


 脱衣所の扉を閉め、逃げるように去る彼の声は震えていた。

 恐怖からでは無い……興奮によるものだ。

 ありがとう、恋のキューピットさん、私一線を超えました。

 ……まぁ、ともあれ濡れた服を着たままでは気持ち悪いので一枚一枚引き離すように脱いでいく。全てを脱ぎ終わると、一般的な大きさの浴場に入った。

 シャワーからお湯を出し、まずは一番大事な髪の毛から洗い流す。その間も記録は忘れない。

 なんせ、ここは自分家からは見えない場所だ。竜馬がどんなもので日々身体を洗っているのか一目でわかる。


「……最高の1日だね……」


 今までこんなに状況が進展した日はあっただろうか? いや、無いはずだ。

 暖かいシャワーを浴びていると、気持ちよくなって昔の事を思い出してしまう。


 両親同士が仲が良かったから、幼い頃からいつも一緒だった。

 口数が少なくて、友達ができなかった私にとって彼は唯一無二の親友でもあった。

 真っ直ぐで、正直で、親切で、ポニーテール馬鹿で……曲がった事が大っ嫌いな男だ。そんな男に惚れるのは時間の問題だった。

 ……まぁ、好きって感情に気がついたのは高校に進学した時なんだけど、この話は恥ずかしいので割愛する。

 とにかく、竜馬は昔から竜馬で、私は昔から私だった。というだけの事だ。それがちょっぴり変わろうとしてる。


「だから、決めるしかねぇ!」


 自分を鼓舞する為に口に出して言った。

 ここまで余裕そうに見えたろ? 実は私も恥ずかしさで沸騰しそうなのだよ……なんせ経験の一切無い処女なのでな。

 既にもう後戻りできないところまで来ている……そう、私には帰る為の服が無いのだ。

 つまり、シャワーを浴び終えた後……取るべき行動は1つだけ。

 バスタオルを体に巻いたまま出て行き「ドライヤーどこ?」と自然かつ大胆に竜馬に迫っていくのだ。そして、足を引っ掛けてしまい押し倒す。ヒラリと宙を舞うバスタオルに突如として襲い掛かる嬉し恥ずかしハプニング……完璧だ。

 イメトレ十分……さぁ、行くぞと浴場の扉に手を掛けた————その時。


「靡!!」

「————ッ!! キャァ!!」


 突然、反対から力が加わり勢いよく扉が開いたと思ったら竜馬が叫んだ。私も叫んだ。当然だ、だって急に現れるもんだから全くどこも隠して無い。

 そして、動揺した私の心はうまく呂律を回してくれなかった。


「ちょっ、ちょちょちょ!」

「すまん靡、急用ができた。服は乾燥機に入れてあるから30分ほどで乾くと思う。のんびりしてていいけどいつ帰れるかわからないから……じゃ!」

「え……」

「行くぞ、イラ!!」


 よくよく見ると彼に視線は私にあるものの、心ここに在らずといった感じですぐ様浴槽の扉を閉め、玄関に向かって走っていく音が聞こえた。

 異様な慌て様、そしてもうすぐ夜だというのにいつ帰れるかわからない用事にイラちゃんを連れていくのだ……おかしくないか?


「…………そして残るは静寂のみ……どうしよう」


 先ほどまで劣情に包まれていた感情はすっかりと冷め悲しいまでの虚しさが襲いかかってくる。

 さて……とりあえず、もうこの感情は置いておいて……とりあえずもう一回シャワー浴びてあったまろう。うん、心もあっためよう。

 大丈夫、準備は万端だ……こんな事もあろうかと、竜馬の服にはGPS発信機をつけて置いた。ふふ、絶対に今から行われる何かが、彼の秘密だ。


 だから私は彼を追いかける事にした。



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