第6話 愛は時として毒となる(1)

 眩い太陽、カラッとした空気……THE 夏、VIVA 夏。

 そんな天候と反比例するように肩を下ろし、怠そうに通学路を歩いている。


「どうした? そんなに元気ないの、珍しいね」


 前を歩く幼馴染ポニテがゾンビのような俺を心配して声を掛けた。彼女のポニテは夏に合わせてか、少し結び目を高くしアグレッシブな形に仕上げている。四季に応じて形態変化するポニーテールは全く俺を飽きさせない。


 ————そう、気がついている人も多いだろう。実はポニーテールはバリエーション豊かな髪型の一つだ。

 王道から少し横にズラして結び目を作るとサイドポニーテールといった少しお洒落な演出する事も出来るし、結び目を2つ作り後頭部より垂らす事でツインポニーテールといった遊び心も演出できる……え? それ、只のツインテールじゃねって? 馬鹿野郎ッツ! 貴様はポニーテールとチョンマゲの区別もつかんような愚か者だ! いいか、ポニーテールとはだな————


「ちょっと竜馬! 聞いてる?」

「————はッ!? あ、ごめんごめん。全然聞いてなかった」


 危ない危ない、頭がボーッとしているせいか脳内ポニテ論争が始まりそうになっていた。千日戦争が始まるところだったぜ。


「どーしたの最近、ずっと疲れてるみたいだけど……」

「いや、夜遅くまで大変でさ。寝不足で寝不足で……ふぁ〜……」


 自然と欠伸が漏れ、ググッと背伸びをする。

 この3日間は特に忙しく平均2時間の睡眠時間しか確保していない。

 学校をサボる訳にもいかず、まして手を抜く訳にはいかないので仕方が無いが……流石に体の節々が限界に近付いている感じがした。


「大変って……イラちゃんが?」

「そそ……あいつの面倒みるのがキツくてさ……」


 あの戦いの後、イラグリスは帰る家も無いというので家に住まわす事にしたのだ。当然、靡にはバレる訳で……彼女には“親戚から預かった外国の子”という設定で話をしている。


「私が行ってあげようか? なんなら家で面倒見てあげてもいいけど。私、子供好きだし」

「……いや、大丈夫だ。俺が責任持って預かりますって親戚には言ってあるから、ちゃんと果たさないと、な」

「ん〜、竜馬がそういうならいいんだけど……無理しないでね? 協力出来ることがあれば何でも言って」

「ありがと。晩飯持ってきてくれるだけで本当に有難いよ」


 靡はニッコリと微笑むと、背中を向けて先に歩き始めた。

 チャームポイントである頸の黒子が視線に入り、俺の疲れを癒す。

 本当に良い幼馴染を持った、神に感謝しなければならない。


 ……っとまぁ、よくよく考えれば睡眠不足の原因はその神様なんだし、感謝する必要も無いか。

 自分でも信じられないが、俺は今“尻尾聖戦テール・ラグナロク”という意味不明だが大規模な戦に巻き込まれてるのだ。


 イラが説明してくれが……結局、よくわからなかったな————



 ☆



魔力貯蔵器官テール・タンクが狙われておるのじゃ」

「は……?」


 戦闘を終え、家に着いた俺はイラを自室に招き入れ、あの縫合獣とかいう化け物や反転した世界について説明を受けている所だ。

 ……が、最初っから意味不明な単語が飛び出し頭を混乱させている。


「そんなもの聞いた事も見た事もねえよ……」

「聞いた事は無くとも、見た事はあるじゃろ。手騎の大好きなものの事じゃ」


 大好きなもの……そんなの一つしかない。


「ポニーテール?」

「そうじゃ、この世界で“ポニーテール”と呼ばれるもの……それを妾の世界では魔力貯蔵器官というのじゃ」

「……? はぃ?」

「いや……そんな顔されてもそうなのじゃから仕方ないじゃろ!」


 ダメだこの幼女……早くなんとかしないと……。

 意味不明な発言の連発で、もう思考回路がボンバーヘッド。まじ卍だ。

 しかし、俺は人間だ。人間とは広い理解力が必要とされる。きっとポニーテールもそうやって世に広まったのだ。ならば一生懸命、真摯に努力しよう。


「……で、その魔力貯蔵器官ってのはなんなんだ?」

「うむ、言葉の通り魔力を蓄える部分の事じゃな。妾の世界では魔法が存在する。それに使用する力を魔力と呼び、魔力を蓄える器官を魔力貯蔵器官と呼ぶ。まぁ……それがあったところで、魔法の使えぬ者には意味が無いのじゃがな」


 まるでファンタジー世界の話だ。……でも一概にイラグリスが嘘を吐いているとは言えない。今日、自分自身体験してしまっているから。

 圧倒的な力と謎の炎、巨大生物と未知の世界……おとぎ話だな。


「というか、イラ。こっちの世界? について詳しいんだな」

「まぁ、ざっと50年は彷徨ったのじゃから、これくらいの知恵は付いて当然じゃよ」

「ご……50年!? 一体何才だよ!?」

「妾か? 正確には忘れたが……10世紀は超えておるな!」

「……1000歳……」


 今の幼女の見た目からは想像も出来ない。

 どんどん思考が現実離れしていく。


「見た目が幼すぎるだろ……意味ワカンねぇ」

「こっちの世界の妾がどうやらこの姿だったようで、見た目が寄ってしまったのじゃよ」

「変わるものなのか?」

「変わらなければ龍そのものじゃからな。世界の掟は絶対であり、その掟を破れば崩壊しかねん」

「理屈がわからん」

「手騎はお世辞にも頭がいいとは言えんからな。分からなくて、よし!」

「…………そうだな!」


 最早、理解を投げ出しとにかくイエスマンになる事に徹し始めた俺は元気よく相槌を打った。確かにわからん、けどオッケーだぜ。


 それからイラは“こっちの世界”と“あっちの世界”について説明を続けた。


 俺達のいる世界の名はアルタルス、イラの世界の名はベガルスというらしい。

 ベガルスの世界は所謂ファンタジーの世界で龍が空を舞い、魔物が大地を駆ける。そんな生き物達の世界だといった。

 イラ曰く「自由と支配が交差する……殺伐としているが活気のある世界」だそうだ。


 しかし、全くもって別モノという訳ではなく、どうやら形を変えた同じモノという解釈の方が正しいようだ。

 所謂、平行世界……こちらに存在している人物はあちらにも存在しているらしい。そして、その2つの世界の狭間、それがあの反転した世界なのだという。


「アマノガワ……そう妾達は呼んでおった」

「天の川か」

「そうじゃ、2つの世界が互いに干渉しないよう分けているのがアマノガワじゃ」

「……どうしてそんな世界に俺が入れたんだ?」

「妾にも分からぬ。ベガルスの者でも選ばれた神域の者しか行くことのできぬ特殊な空間なのじゃが……手騎のベガルスでの存在は、もしかすると神なのかも知れぬな」


 自分の全く知らないところで、自分の分身が神と崇められている……そう考えると悪い気はしないな。もう一人の俺のことだ、姿形は違えどポニーテール大好きに違いない。確信が持てる。


「それでじゃ、先の怪物の話をするが……付いてきておるか?」

「あぁ、なんとかな」

「では続けるぞ」


 イラは手を前に出し、上向きに開くとそこから小さな炎が溢れる。ゆらゆらと揺れるそれは次第に形を形成していき、簡易的な絵となった。今日戦った化け物だ。


「何度か名称を述べたと思うが、この怪物は縫合獣ほうごうじゅうと言う……というよりも妾がそう名付けた」

「縫合か……」


 あの時は必死だったから分からなかったが、よく思い返してみると奴の体には所々ツギハギをしたような痕があった事を思い出す。


「アマノガワは非常に不安定な場所でな。そこでは例え龍と言えど、魔力を存分に発揮する事は叶わぬのじゃ」

「でも、俺を助けてくれた時、凄い炎を出してたじゃないか」

「あれはただ魔力を無理矢理爆発させただけで、コントロールは出来てないなかった」

「……え」

「じゃから手騎が燃えてなくてホッとしたもんじゃよ、ハハハ」


 背筋にゾゾゾっと氷が通ったような寒気が走った。

 ……まぁあの時、来てくれなかったらどの道死んでいたんだし深くは突っ込まないことにする。


「そんな自分の力もコントロールできないような場所で戦闘を行えば通常であれば自身の魔力に焼かれるか、世界干渉異変により関係の無い者を消滅させかねない」

「ちょ、ちょっと待った! 関係無い人が消滅!?」

「言ったじゃろ、『世界の掟は絶対であり、掟を破れば崩壊する』と」

「つまり……その、ベガルスって世界の奴らが俺達の……アルタルス? にやってくると大変な事になるってこと……か?」

「その通りじゃ。故にアマノガワで無闇やたらと大きな力を使う事はできぬ、それは相手も望んでいないことじゃからな」


 なんとなくであるが、イラが最初に言った幼女の姿になった理由がわかってきた。多分、龍の姿で来ると干渉が大きすぎるからバランスをとって並行世界の自分に見た目が寄ったのだろう。

 ……って、ちょっと待て!


「そ、それなら今イラがこっちにいるのってめちゃくちゃ不味くないか!?」


 いくら干渉を少なくしたとはいえ、別世界の者がガツガツと侵入してきているのだ。さっきの説明から考えれば普通にとても、かなりヤバイと思う。

 慌てる俺とは反対に、イラは落ち着いた表情で話を続けた。


「大丈夫じゃ、安心せい。その為の“契約”じゃからな」

「……合体の事か」

「あれは2つの世界の住人が1つになる事でアマノガワでの活動を可能にする、一種の反則技なのじゃ。そして一度繋がった魂は世界干渉に影響が無くなる……2つで1つの者となるのじゃ」

「ベガルスのイラと、アルタルスの俺……」

「じゃが気を付けねばならぬぞ。あの状態……結魂とでも名付けようか」


 幼女と結魂してポニテ美女になる……なんか、危ない匂いしかしない言葉の羅列だ。


「結魂を長時間維持すると……妾達も縫合獣と同じような存在になってしまう」

「ッ、うえ!? 化け物みたいになんのか!?」

「完全に魂が完全に一体化してしまうのじゃよ。最早、お互いの理性など残りはしない……只々暴走や欲望の限りを尽くす獣に堕ちるな」


 とても重要な事を緊張感無くツラツラと述べてくるイラに少しイラッとした。イラだけに。

 戦闘時、あの「これ以上、炎が出なくなる」感覚が活動限界の知らせなのだろう。直感的にそう理解できる。体の危険信号がビンビンに反応していたから。


「そして、他の意思で強制的に別世界の者と繋がれた者……それが縫合獣というわけじゃな」

「あの糸見たいなので縫い合わされてんのか」

「うむ……見たところ先の敵はベガルスの獣人族であるレオが混じっておった」

「……後、俺の世界のライオンだな……」


 とどのつまり、アマノガワで何かをするには2つの世界の生き物が必要で俺達は自らの意思を持ち一時的に合体し、縫合獣は全く関係無い他者から強制的に合体させられてる……ってことだろう。

 ここまでくれば敵は誰なのかわかる。意思を度外視して縫合獣を操っている者……それが諸悪の根源だ。


「だけど、どうしてポニーテール……いや、魔力貯蔵器官テール・タンクを狙うんだ……? 俺達は魔法なんてたいそれたもの使えないぞ?」

「…………全てはベガルスの創造神、織姫による意思なのじゃ」


 イラは申し訳なさそうに少し視線を下げた。

 織姫、彦星と対をなす存在で小さい頃よくその伝説を聞いたことがあった。天帝に引き離され7月7日しか愛する者に会えない運命を背負った星……それがまさか創造神だったとは……って、なんでナチュラルに納得してんだ、俺。

 で、まぁ、仮にその伝説通りの織姫が神として存在していたとしよう。うん、ここまで仮説を作って、後は俺達の世界に侵攻してきた理由だ。

 …………そうなると1つしか考えつかないんだが、まさか創造神ともあろう者がそんな下らない理由で世界をぶっ壊しにくるだなんて思えな————


「織姫はアマノガワを壊し、いつでも手騎らの創造神、彦星に会おうとしておるのじゃ」

「やっぱりかよぉぉぉぉ!!!!」


 なんてはた迷惑な神だ! なんだ、じゃあその為にベガルスの魔力では足りずアルタルスの魔力まで縫合獣とかいう怪物を作って取りに行かせてるって言うのか? オォン!?


「織姫はアマノガワを超えることができぬ。しかし、莫大な魔力をもってすれば侵攻も可能じゃ……じゃが、ベガルスの生物ではその魔力を補いきれなかった……故に考え————」

「みなまで言うな、察した……全部察した!!」

「そ、そうか?」


 俺は誰に向かってでも無いが、一度大きなため息を吐き項垂れた。

 その姿を見たイラはなんだか不服そうに俺を見つめている。


「……なんだよ」

「手騎は思ったな? たかが毎日会う為だけに世界を崩壊せんとす織姫に対し呆れたな?」

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