第7話 愛は時として毒となる(2)

 その通りだ。というか、当然だろう。

 ……とは口が裂けても言えない気迫がイラにはあった。

 だが、直ぐにゆるんだ表情に戻り同じようにため息を吐くと言う。


「手騎はまだ若い……そう思うのも仕方があるまいか……」

「若さは関係あるのか?」

「あぁ、そのうち織姫の気持ちもわかる日が来る。それは大人になってからじゃ」

「大人……俺はもう17だぜ?」

「妾からすればまだまだ小童よ。……っと、話が少し逸れたが理解はできたかの?」

「大体な。とにかくその織姫って奴をぶっ倒せば俺の世界からポニーテールは消えないんだな」


 単純かつ明確な答えだろ。

 悪の親玉がいて、正義のヒーローがいる。勧善懲悪、悪を滅ぼせば世界には平和が訪れるってもんだ。


「そうじゃな。しかし、そう簡単に倒せる相手では無いが……」

「イラの力があっても無理なのか?」

「はっきり言おう、無理じゃな」

「な……!?」

「そもそも妾も逃げて来た身、一度その圧倒的な力に敗北しておる」


 そうか、普通に考えればわざわざ向こうの世界で起こった事件をアマノガワで解決する必要も無いもんな……じゃあ、どうやって倒せばいいんだよ……。


「そんな不安そうな顔をするでない」


 俯く俺の顎をクイっと片手で持ち上げると、真っ赤な瞳で俺の瞳を見つめた。そこには失念した感情は無く、むしろ希望に満ち溢れているように見えた。


「手騎よ、主がこの戦……尻尾聖戦テール・ラグナロクの鍵となる」

「……俺が?」


 ちょっと待ってくれ、俺は只のポニーテール大好きマンだぞ。スーパーマンのような力も無ければ、知能も無い……平凡な高校生だ。

 そんな自分を戦いの鍵だと言われてもパッとしない。


「勘違いしているかも知れぬが、契約を結んだのはアマノガワで力の調節が上手くいかぬからでは無い。もう一つ理由がある」

「理由……なるほど、俺って結構2枚目だから……」

「断じて否、真面目にせい」

「……すいません」


 ふざけてるような話なのに、こっちのおふざけは許されないのか……ぐぬぬ。


「妾が主を手騎に選んだ理由……それは真っ直ぐだからじゃ」

「真っ直ぐ? 素直ってことか?」

「悪く言えば馬鹿正直というやつじゃな」

「……それ、褒めてる? 貶してる?」

「普通はな、無力な者よ。手騎のような人種はやる事、やりたい事をわかっていながら行動に移せぬ者が多い……そんな中、ポニーテールを助けたいという一心だけで縫合獣に向かっていったのじゃ。誇って良いと思うぞ」


 ……そうか? いや、普通というのならポニテ美女じゃなくても人が困っていれば助けるのが当然だろうに。


「妾は個人的に主の手騎の事が好きじゃ。契約は只の補助では無い、2人の思いが重なれば……どんな困難だって乗り越えられる。だから今後もよろしく頼むぞ、赤芽あかめ 竜馬りょうま

「あ、ぁあ!」


 よくわからないまま頼まれたが、この世界からポニーテールを消し去るだなんて俺は許せない。

 だから協力してやるよ……その織姫とかいうアホをぶっ飛ばす為にな。


「妥当織姫ッ! 勝鬨を上げよ! エイエイオー!」

「え、エイエイオー!」

「声が小さい! エイエイオー!!」

「エイエイオー!!!!」


 こうして俺はイラと共に尻尾聖戦で戦う事を決意したのだ。



 ☆



 ————そしてあれよあれよと連戦連勝……というわけで。

 気が付けば討伐した縫合獣の数は6対、最近になって出現頻度が高くなっている気がする。

 流石の俺も3連戦は厳しいものがあった。


「……ねぇ、ちょっとまって」

「ん? どうした靡?」

「竜馬ってクオーターとかだったの?」

「ぬッぇ!? 何でだ!?」

「だって、親戚の子供が外国の子って事は……竜馬にもその血が流れてるんでしょ?」

「————ッた、たしかに!」


 言われてみればそうだ。言い訳としては適当すぎた……か?

 いっそ「やっぱ日本人だった!」とテヘペロしてみるか……いや、イラの顔付きはどう見ても日本人離れしている。

 どうする……いや、ダメだ。この朦朧とした意識の中では思考の回転率が錆びた歯車のように上手く上がらない。

 こうなったら、敢えて思考を放棄し直感で答えるしかあるまいに!


「竜馬?」

「……複雑な家庭なんだ……俺……」

「私達、家族ぐるみの付き合いなんだし家庭環境は知ってるつもりだったけど」

「………………あ!!!! 猫! 可愛い子猫だ!!」

「え!? どこどこ!?」


 俺が指を向けた先には何も無い。しかし、女の子というのは可愛い生き物の名前を叫び指を刺すと視線が誘導されるのが道理だ。

 彼女は今、必死になって幻想の子猫を探している。そして、学校までの距離およそ100メートル。行けるか……?


「猫なんてどこにもいないじゃない」

「おかしいな……さっき一瞬見えたんだけどな〜ハッハハ」

「……話そらそうとしてない?」


 靡のジト目が刺さる。下から持ち上げるようにグッと視線を上げ、逃げ場の無いように固定された。ま、まだだ! まだ終わらんよ!


「そういえばさ、俺……ムーンウォーク習得したんだよね」

「ちょっと、だから話を————」

「ほら見ろよ。完璧だろ? しゅー」


 勿論、習得などしていない。ぶっつけ本番だ。

 俺は全力で通学路をムーンウォークで駆けた。もうやぶれかぶれだ。


「くっ……ハハハ! 全然できてないじゃん!」


 よし、靡は笑っている。いい感じ。


「ほぉ〜ら、置いて行っちゃうぞ〜」

「ハハハ、ちょ、待ってよぉ〜」


 そのまま教室に入るまで出来損ないのムーンウォークで移動し話を逸らし続けた。

 何とかイラの事についてこれ以上詮索される事は無くなった……全校生徒に見られた事により、俺のあだ名が1年間もマイケルになってしまう事を代償として。


 こんな調子で大丈夫なのだろうか? という不安と共に教室には教師が現れ、朝のHRを始めるのであった。


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