第26話
アフタヌーン・ティーを飲み終わると、二人はザ・ペニンシュラ香港を出て、アベニュー・オブ・スターズ(星光大道)へ。
ここは、「香港映画の父」と呼ばれ、1913年に香港初の長編映画「荘子試妻」の監督を務めたライ・マンワイに始まり、ジャッキー・チェンやチョウ・ユンファといった最近の国際的スーパースターに至るまでの、100年を超える香港映画の歴史をたどることができる楽しい通りだ。
ブルース・リー、アニタ・ムイ、マグダル、などの各像が配置されている場所では、対岸の高層ビル群を背景に、観光客が像のポーズをまねて記念写真を撮る姿が多く見られる。
御多分に漏れず、タイセイもなじみ深いスターの前でポーズするが、その姿を早速エラがスケッチし始める。ロンシャンのワンピースを着て、眼帯をしながらも熱心にスケッチするエラの姿は、周りの観光客の目を引いた。それなりに人も集まってきてしまったので、恥ずかしくなったタイセイは、ポーズを解く。
「あん、もう少しで終わるから、動かないでください」
「…といわれても…」
頭を掻きながらエラに近づき、スケッチを覗き込んで彼女に話しかけた。
「ところでさ、エラ…映画はよく観に行くのかい」
「今は忙しくてなかなか行けないけど…昔は、何度か母につれられて映画館に行ったわ」
「そう…ぼくも映画館の雰囲気が好きでね…よく映画を見にいったよ。ある時期なんて毎週観に行っていたな…」
「私の家はお母さんが働いていて忙しかったし、お金もなかったから…三カ月に一回ぐらいだけど、とても楽しかった」
「ふーん…うらやましいな」
そう言ったきり、タイセイが黙り込んでしまったので、エラもスケッチの手を止めて、彼を見た。
「何がうらやましいの?3か月に1回しか行けない私より、毎週のように行けるタイセイの方がよっぽどうらやましいわ」
「僕の場合…観に行く時はほとんどひとりだった」
「友達とか彼女といかなかったの?」
「そんなに友達が多い方じゃなかったし…ましてや彼女なんて…」
「ご両親とは観に行かなかったの」
夕日も沈みかかる香港の街の空を見上げながら、タイセイはぽつぽつと話し始めた。
「うちは、父も母も医者で…とても忙しい人たちだったから…一緒に行った記憶はないな」
香港のビル群に沈む夕日を見つめる目が、寂しそうにその最後の光を反射させた。
「…父は遠いところで難しい手術ばかりしていたし、母は患者さんの目ばかり診ていた。それも毎日ね…」
そう語るタイセイの眼の中に、今度は憤りの閃光が走るのを、エラは見逃さなかった。
「家族を放っておいて、他人の目ばかり診ている母親なんて…。きっと家族を愛することよりも、患者さんから尊敬されることの方が大切だったんだね。結局それで、父を亡くす結果になったのだから、母にとっては自業自得だよ」
「たった一人のお母さんなのに…ひどいこというわね。タイセイらしくない」
「らしくないって…今日会ったエラに、自分のどこがわかるのさ」
タイセイの言い草に、エラが悲しい瞳で見つめ返してくる。
タイセイは即座に後悔した。しまった、言い過ぎた…。彼は自分の失言を挽回するかのように、笑顔でエラの手を取った。
「さあ、ここはこれくらいにして、次の場所へ移動しよう。次は、Star Ferry Pier(天星碼頭)だよ」
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