アウラ・ノヴァ

ペテン師のMark

新たなる風

第1話 異世界転生

 俺の名前は獅子堂 空無。どこにでも居る高校3年生だ。とりわけ俺に取り柄は無い。普通だ。成績自体は平均的である為、可もなく不可もなく、が取り柄と言えば取り柄だ。

 そんな俺が高校の修学旅行でギリシャ行きが決まったときには、少しはファンタジーみたいな光景が見られるかもって喜んだものだ。ああ、思ったさ。友達とみんなで、


「ゲームの世界みたいな場所なのかな? 異世界とか行ってみてーよな。異世界みたいなもんだろ。ギリシャならファンタジーの舞台さながらだしさ」


 なーんて言っていたものだ。わくわくしていた。神殿跡とか、確かにその昔実在したものはしたのだから。

 それが、まさかあんなことになるなんて。

 その日、俺はギリシャの町中の風景を眺めてきょろきょろしていた。ものめずらしさは当然ある。観光客丸出しの動作というやつだ。やる人はやるだろう。周りの景色が見知らぬ異国の光景なのだから。

 それは交通安全の為とか周りを注意しての行動ではなかった。むしろ逆だった。色々なものに興味を引かれて注意が散漫になっていた。浮かれていた。

 そんな状態だったものだから、ガイドさんから立ち入り禁止だと言われていた場所にのこのこと入って行ってしまった。

気が付くと真っ暗闇。何も見えない。記憶も途切れている。気絶でもしていたのだろうかと思う。

 ふと些細な音に気が付いた。暗闇の中、火による明かりが灯されている。…さすがにランタンは現代でも一般的ではないだろうが、ギリシャでは使われているのだろうか?


「目が覚めたか。日本人」


 まるで地獄のそこからでも響くかのような低い声。日本語だった。俺は声を受けて辺りを見回す。


「そうだが、あんたは誰だ?」


 俺は椅子に座っていた。その正面の高台の上に豪華な椅子があり、そこに座っている・・・者が居るのを確認した。その姿は黒いローブに包まれ、顔はまるで死人のように白かった。内心、その男の全身から黒いオーラが立ち上っているように感じられる。

 なにこれ。コスプレ? 日本文化万歳でいいのかな。俺、もしかして歓迎されてる?


「俺様の名はハデス」


 なんだか聞いたことがありそうな名前が出てきた。キャラ作りかな。俺も返しの言葉を考えてみよう。…俺、どういう状況なんだろ。


「あぁ、あんたがあの有名なハデス」

「いかにも」


 ハデスが満足そうにうなずく。


「俺様も有名なものだ。遠く異国のものにまで知れ渡っているとは」


 役者さんかな。かなり役になり切っているようだ。状況はよくわからないが、俺も合わせてみよう。


「そう。あんたは冥府の神として俺達の国でも知られたものだ」


 俺はなんとなく知っている知識で話をしてみる。間違ってはいないはずだ。


「それだけではないが、良いだろう。では、お前はなぜここに居るのかを理解しているのだな」


 ハデスより唐突にそのような返答が来た。これだと自分は冥府に居ると言う事になる。


「今の自分? …え?」


 地獄に居るとでもいうのだろうか。


「お前はあの世にいる。はるばる徒歩で来るとはな」

「はぁ、さようでございますか」


 俺は気の無い返事を返した。なるほど。ギリシャツアーでギリシャ神話の体験イベントでもあったのだろう。気がついたら自分は徒歩で参加していた、と。さて。


「死後の世界の導入に、流石に徒歩は無いんじゃあないのかなと思うなぁ」

「なるほど、死後の世界観はお前の国も似たようなものだったな。例を挙げると、オルフェウス等は亡き妻を捜して我が冥府までやってきたが、お前の国にも似たような伝承はあっただろう」


 それはイザナギとイザナミの話であろうか。


「へぇ、そうすると、俺はある意味死んでいるのと同じなんだな」

「随分と平然としているではないか。そこまで己の死に無頓着なやつは初めてだな。お前の国のものは皆そうなのか?」


 ハデスが興味深そうに俺を見ている。アドリブの利く役者さんだなぁ。


「へぇ、そうでございます。人生至る所に…えーとなんだったかな。青山ありと。どこで死のうとそこが墓だから細かいことは気にするなと言う、こんな言葉だったかな」


 ハデスが目を細めて俺を見る。青白い顔色だが体調が悪いのではなく、役作りのための化粧か何かなのだろう。よくできている。周りの椅子やら台座やらランタンやら。

 と、そこに誰かがやってくる。全身黒いローブですっぽり被さり、どのような役なのかわからない。


「主よ、あとの者達が大勢控えております。が、そこの者とのやり取りがいたくお気に入りのご様子。いかが致しますか?」


 全身黒いローブの男が恭しく礼をしながら傅き、言葉を放つ。


「カロンか。ふむ、日本人よ、しばしそこで待て」


 ハデスが俺を手で制し、カロンと呼ばれた者の背後に呼びかけ始めた。

 一人の男が現れる。現地の人だろうか。


「お前は善人なのか。俺様は善人を好かぬ。とっとと行くのだな」


 ハデスは一目見るなり男を奥の通路へ通した。…どこへ行く通路だろうか。先が真っ暗で見えない。


「次の者。出てこい」 


 ハデスのその一言で、またカロンの背後から男が出てくる。


「何だ。お前は悪人か。俺様は悪人を好かぬ。さっさと行け」


ハデスはまたも一目見るなり男を奥の通路へ通した。…先ほどとは別の通路だが、話の内容から行き先は違うのだろうか。 

 ハデスは次々と人を通してゆく。やがて、カロンが一礼して消え去った。


「さて、日本人よ。渡し守が戻ってくる間が俺様の自由だ。では尋ねよう。お前を」


 なるほど、俺はまだ名乗っていなかった。


「俺の名前は…」


 俺は名を名乗ろうとした。


「なるほど、おまえは何者だ」


 俺は何を問われたかわからなくなった。


「『異世界とか行ってみてーよな?』 面白言う事を言うやつだ」


 俺はまたしてもハデスが何を言っているのかわからなかった。が、言葉に聞き覚えがある。確か、修学旅行中に言った言葉だ。


「お前はこのままの冥府と異世界、行くならどちらを望む?」


 これまたすごい質問が来た。冥府と異世界と来たか。これもアトラクションの一環かな?


「それなら異世界しかないっしょ? 新たな人生を全く違う世界で歩めるなんて夢のようだ!」


 俺はためらいも無かった。


「随分軽い返事だな」

「てーか、こんな感じの異世界転生パターンなら普通はきれいな女神様とか天使様が異世界行きを尋ねたりするもんじゃないの?」


 俺の言葉にハデスが軽く笑った。


「あの世に行く際の普通の話しをするのか? まるで何度も見てきたかのように!」

「あれ、なんか俺変な事言ったかな」

「冥府といえども地獄のような場所ばかりでもない。天国のような場所もあるのだが、お前はあえて異世界へ行くと言うのだな」


 あえて天国、何てキーワードを出されると俺も判断が揺れる。


「え、天国? それも捨てがたいなぁ」


 うーん、と俺は一人うなる。


「それで異世界のアウラ・ノヴァ行きを望むのだから面白い。足掻いてみろ。貴様の生き様、踊る様、俺様を退屈させなければ褒美をやろう」


 なんだか俺の異世界行きが決まったような感じだ。


「はいはい、一つ質もーん!」


 俺は挙手してハデスに問いかける。


「なんだ。言ってみろ」

「異世界行きに関して、なにか望む姿だとかすごい超能力だとか、はたまたなんだかすごいマジックアイテムみたいなものは貰えるんですか?」

「ない。一切無い」


 ハデスがきっぱりと断言した。なんだか取り付く島もなさそうだ。


「ただで生き返れるのだ。それに勝るものがあろうか」


 自分が死んだのを前提にするのなら、確かに破格の待遇のようにも思えなくも無い。ここでご機嫌を損ねられるようなほうが問題だろう。…なんだろ、俺。まるで本当のやり取りをしているみたいに話をしている。現実感は無いのに。


「ですよねー!」


 中々に丁寧な観光イベントだなぁ。俺もその気になっちまったよ。なら、最後まで付き合うか。


「ではではー、自分のこちらの持ち物は持っていけるんですか?」

「今お前が身につけているものだけなら可能だ。獅子堂 空無。お前がお前として生きた記憶と人格もな」


 ん、俺の名前は知っていたんだ。受付か何かでプロフィールでも渡したのかな。


「さいですか。それだけでも十分っすわ」

「お前は度胸のあるやつだ。俺様に向かって何かくれなどと、ぬけぬけといえるような者はこの2千年あまりは居なかった」

「へへーっ、光栄の至りにございます」


 俺はカロンのように恭しく一礼をする。


「獅子堂 空無。行くがいい。お前の行き先はその道だ」


 ハデスがびしっと指差す道は、先ほど誰もが行かなかった道だ。俺は指差された方へと歩く。その道も他と同じく真っ暗闇だ。


「…あのー、真っ暗で前が見えないんですけど」

「気にするな。迷わず進め。人生とて、未来が見えずとも前に歩くではないか」


 さり気にかっこいい事でも言っているつもりだろうか。まぁ、乗っておこう。そういう教育的なアトラクションかもしれない。

 俺はどんどん前へ歩いてゆく。不思議と躓くものもぶつかる物も一切ない。

 そうするとどんどんうっすらと周りが明るくなってゆく。どんどん周りが白くなってゆく。道はあっているのだろうか。そんな気はするが、外にでも繋がっているのだろうかと気にかかる。俺はそんなことを考えながら気楽に歩き続けた。

 さっと一際強い光の中を潜り抜け、気がつくと西洋風の町並みの中に出た。


「ん、日差しがこんな強かったっけかな」


 俺はさっと手をかざして目から太陽光をさえぎった。


「んー、ここはギリシャのどこの街なんだろう。みんなはどこに居るんだろう」


 と、そのときだった。


「おい、兄ちゃん。どいてくれよ。道端のど真ん中で邪魔だよ」

「おっと、失礼。…ん、日本語がわかる人? ちょっと待ってください。聞きたい事が」

「何だ、俺は急いでいるんだ。手短に頼む」

「すみません、ここはギリシャのなんていう町なんですか?」

「ギリシャ? どこのなんだいそいつは? ここは鉱山の町、ザーラム」


 俺はふと耳を疑う言葉を聴いた。鉱山の町、と。ギリシャには今でもあるのだろうか。


「あれ、この世界って日本語通じるんだ」


 俺は混乱していて、会話は見当違いにして正しい疑問を口にした。


「何言っているんだい。お前さんはどこの田舎町から来たんだ? 流れ者か? 冒険者志望ならしらねーが、鉱山の鉱夫希望なら歓迎するぜ」


「あ、いや、お構いなく!」


 俺はあわててそそくさと相手の男から離れた。なにか聞きなれない単語を次々と日本語で聞いている。相手の男の姿は明らかに日本人じゃないのだが。

 ふと、ハデスの言葉を思い出す。異世界行き、と。ハデスはギリシャ神話の神。なら、あそこまでならギリシャ? 俺は後に引き返そうと後ろを振り返る。

 なにもない。ただ、見知らぬ町がずっと続くだけだ。


「あれ? 俺はどこから来たんだ?」


 俺はきょろきょろと辺りを見回す。ギリシャ観光のときと同じだ。違うのは心境と目的。


「ちょっと、お兄さん。なんだい。まるで迷子にでもなったみたいに」


 小太りのおばさんが俺に話しかけてきた。


「すみません。ここってアウラ・ノヴァであってます?」

「アウラ・ノヴァは世界の名前さね。さてはおのぼりさんかい? この町のギルドならあちらだよ。ようこそザーラムへ。食事ならうちの店においで。歓迎するから」


 そういうと小太りのおばさんは俺にチラシの紙を一枚手渡して去って行った。

 俺はチラシを覗き込む。何が書いてあるのかわからない。と思ったが、ぼやーっと翻訳された字が見える気がする。


「ん、なんだ。字が読めるぞ!」


 俺はチラシを手に感動していた。


「え、あの人そんなことで喜んでいる…」

「かわいそうな人なんだよ、きっと…」


 そんなひそひそ話をしながら通り過ぎる二人組みを尻目に、俺は通りの脇にどいた。大通りだから人通りが多くて目立っていたようだ。ただでさえ周囲から浮いた服装だ。勝手もわからない土地で変に目立つのはまずい。それはそれとして、


「え、本物の転生モノ? マジですか?」


 始まりのイベントを観光イベントと勘違いをして飛ばしてしまった感。チュートリアルなしでいきなりゲームを始めてしまった感。操作方法がわからないゲームを手探りでしている感覚。…死んだらどうなる? いわゆる死に戻りは可能なのか。…そもそも死にたくない。そうだ。慎重に行動しよう。

 わくわく感と得体の知れない不安。現実感が無い分、より危険な状態。

 現状確認。現在地は不明、所持金0円(通貨単位は何ですか?)、自分ができること…何?

 詰んだ。いきなり手詰まり。ゲームで言うところの自由度が高すぎて、次どこへ行ったら良いか、何をしたら良いかがわからない状態。

大事なのは最初にどこへ行くべきかだ。ゲームのセオリーなら話にあがったギルドかな。たぶん仕事の斡旋所の役割もしてくれるはず。

 俺はもう一度チラシを見る。チラシの地図には目印のお店のほかに、この辺りの周辺地図も載っていた。参考にしてギルドを目指すことにした。


第2話へと続く

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