798 天空の最終決戦
グランジュストがウォスゲートに突入した。
周囲は黒い液体に紫色の絵の具を溶かしたみたいな暗澹とした色だ。
来たときは艦の中にいたから外は見れなかったけど、ウォスゲートの中ってこんな感じなのね。
というか、このグランジュストってすごいわね。
ものすごい速度で飛んでるのに中は非常に安定している。
強い加速で押し潰される事もないし、吐きそうになることもない。
輝術的な制御が効いているのか知らないけど、乗り心地はFGよりもずっと快適。
「あの、インヴェルナータさん」
「なによ」
座席で操縦をしてるジュストが話しかけてきたわ。
「君がそこにいるとシャイニングモードが使えないから、できればゲートを抜けたあたりで降りて欲しいんだけど……」
「ルーちゃんを見つけたらいつでも降りるわよ」
別に好きこのんで恋敵と一緒にいるわけじゃないし。
運転手をしっかり務めてくれたらむしろさっさと離れたいわよ。
「君は本当にルーのことが好きなんだね」
「ええ。あんたの百億倍はね」
っていうかルーちゃんを愛称で呼ぶな。
そうこうしているうちに機体がウォスゲートを抜けた。
正面には満月が浮かぶ夜空、眼下には神都の廃墟が見える。
さて、ルーちゃんはどこに……
「あ」
ジュストが間の抜けた声を出す。
「ルーちゃんがいたの!?」
「いや、あそこにベレッツァさんたちがいる」
なによ紛らわしいわね。
でも、なんでベラお姉さまがいるのかしら。
たしか大怪我を負って、紅武凰国に連れていかれたのよね。
「とりあえずそっちに向かってよ」
「わかった」
機体がぐいんとカーブ軌道を描いて斜め下へ向かう。
そこにはベラお姉さま以外にも何人か知ってる人物がいた。
ダイゴロウ、その姉のナコ、赤毛のヴォルモーント。
そしてミサイアと、帽子の……確かアオイって言ったっけ?
「ベラお姉さま!」
『え、ナータか!?』
あたしが呼びかけると、耳元の
どうやら外の声を拾ってここから音を流しているらしい。
こっちの声は普通に聞こえるみたいだ。
「ご無沙汰しています、ベレッツァさん」
『ジュストも一緒なのか。どうしてお前らが……』
「そんなことよりお姉さま! ルーちゃんがどこに行ったか知らない!?」
あたしとジュストの関係なんてどうでもいいのよ。
いま必要なのはルーちゃんがどこに行ったかって情報だけなんだから。
『ルーちゃんを追って来たなら一足遅かったわね。さっきまでここにいたけど、もう行っちゃったわよ』
赤毛のヴォルモーントが言った。
「どこに行ったの?」
『上』
ヴォルモーントは人差し指を立てて空を指さした。
上?
『天使を追ってずーっと上に行っちゃったわ』
「聞いたわねジュスト。追いかけるわよ」
「いや、待ってよ……」
『追いかけない方がいいですよ』
その声はミサイアね。
「なんで止めんのよ」
『いま近づいたら確実に戦いに巻き込まれますよ。いくらミドワルト製のスーパーロボットでもあの二人の間に割って入るのは無理だと思います。まあ、ここで待ってたところで、エリィさんが勝って世界が終わればそれまでなんですけど』
行ってる意味がよくわからない。
なのであたしは都合よく解釈することにした。
「つまり行くなら気を付けて行けってことね」
『えっ』
「さあジュスト。目指すは上よ」
「はいはい、わかりましたよ……」
呆れながらもジュストは素直に言うことを聞いて機体を上に向けた。
「僕もルーの様子は気になるので、行って様子を見てきます。可能なら援護に入りましょう」
『無駄だと思いますけどね……まあ好きにしてくださいよ』
というわけで、ルーちゃんを追いかけて上空へ!
グランジュストは勢いよく上へ向かって飛んで行った。
※
高く、高く。
雲を突き抜け上空へ。
遥かな天空へと昇っていく。
これまで来たこともないような高度。
ある程度まで昇ると急激に温度が下がっていく。
耳がキーンと鳴って息苦しく、体が強く外側に引っ張られる。
かと思えば急激に暑くなってきた。
まるで火の中にいるみたい。
息が全然できない。
あらゆる苦しみが次々に襲ってくる。
けど私は途中から気にしないことにした。
体の壊れた部分から治していけばいいしね。
視界がクリアになる。
なんとなく、下を向いてみた。
あまりの高さに怖く……ならなかった。
「わあ……」
青く、碧く、美しい巨大な球体。
これが、私たちの世界。
まるで月みたいに明るい部分と暗い部分が三日月型にはっきり分かれていて、私が飛んできた部分はまだ暗い位置にある。
真下の部分は学校で見た世界地図と同じ。
だけど、世界はそれだけでは完結していない。
知っている範囲は周りを黒っぽい壁に覆われていた。
右には深い森、左側には大きな海。
上側には白っぽい氷の大地、下は砂色の砂漠。
人類世界ミドワルト。
世界は青くて丸かった。
「……おっと」
雄大な景色に見とれそうになるけど、私は雑念を振り切って再び上を向いた。
そこにはすでに白く光る無数の敵が待っている。
エリィの作り出したと思われる、白い槍を持った顔のない分身が。
流読みの糸を伸ばしてみる。
ざっと調べたところ、その数は前回よりも遥かに多い。
その気になれば今すぐにでも数億の白槍を雨のようにミドワルトに降らせるだろう。
けど、なぜか分身たちは動かない。
私は念のため
そこからさらに生み出した
無数の光のエネルギーの中を飛び回りながら、私はエリィの本体を探した。
(こっちだ)
お?
なんか、頭の中に直接声が響いてきたよ。
声のする方……というか、何となくそっちかなって方向に向かって飛んでみる。
(よう、待ってたぜ)
そこにいたのは分身の元となった天使の姿をした少女……じゃなった。
炎のようにごうごうと燃えてる真っ白な光の塊。
生き物には思えない何か。
「エリィ?」
(そうだよ)
なんでそんな姿に……?
(大気圏を脱出する時の熱で残ってた体も全部燃え尽きちまってな。つーか、なんでお前は普通に突破してきてんだ?)
私はほら、燃えた部分から治して強引に抜けたから。
……あれ、こっちの心の声も聞こえてるの?
(体を失ったのにこういう表現も変だが、頭がすげースッキリしてるぜ。アオイはあたしを壊れてると言ってたが、その通りだった。程度が違うだけでみんな壊れてたんだよ。管理局の人間……いや、紅武凰国の人間は全員な)
「自覚したならもうミドワルトを壊すとか止めてくれる?」
(いいぜ)
おお、素直。
話し合いで解決しました。
(その代わりお前に頼みがある)
「何?」
(せっかくこんな素晴らしい舞台が整ったんだ。最期にあたしと思いっきりやり合おうぜ)
えー……
戦う意味がないなら、できれば遠慮したいんだけど。
(逃げるって言うんならこのままミドワルトに億の白槍をぶち込むぜ)
「それは脅迫だよ!」
(そうだが?)
はあ、わかりましたよ。
こうなったらとことん付き合ってあげる。
どうせこれが最後なんだし。
(んじゃ、いくぜ!)
だらりと白槍を下げていた分身たちが一斉に私の方を向いた。
最後の戦いがいま、始まる。
※
まずは数万の白槍が私目掛けて飛んでくる。
いくつかは翠蝶で防いだけど、何発か抜けてきたやつが当たる。
辺り数キロ範囲にも及ぶ大爆発が巻き起こり、私の体は木っ端みじんに粉砕された。
……
…………
ふっか――
(させるか)
光を集めて蘇ろうとした所に、さらなる爆発が襲い掛かる。
私は意識を加速させて少し離れた場所で復活しようとした。
……
…………
ふ――
(させねえって!)
追ってきた白槍がピンポイントで復活地点に集中する。
とんでもない爆風が治りかけていた私の欠片を吹き飛ばした。
ああもう、ゆっくり蘇ってる暇もない!
こうなったら先に敵の分身の数を減らしてやるからね。
いけ、八十五億の白蝶たち!
貫かれ消えていく億を超える天使コピーたち。
それが……
(まだまだ!)
天使コピーは一瞬にして前以上の数で復活した。
その数は実に一〇〇億以上。
ならばこっちも。
桃蝶を介さず、直接白蝶を生む。
(ようやくわかったよ。
私たちはさらに加速していく。
どこまでも増殖していく。
(肉体という器に縛られるからダメなんだ。だから他の天使たちもずっと足踏みし続けてる。意識に脳を介さなければ、あいつの支配にとらわれることもなくなるって気づけない)
まてよ、別に閃熱に拘る必要もないよね。
密度を高めて、もっと効率的に。
『あたったものをやっつける虹色の蝶』
なんてどうかな?
光が乱舞する。
闇が七色に染まっていく。
さらに、さらに、さらに
おっと、関係ないものには当たらない様にしなきゃね。
星には近づかないで、宇宙空間の隙間を埋めるようどんどん増えて。
あれ、いま私なにをやってるんだっけ?
(わかるだろう。肉体と言う束縛から解き放たれた今、お前もまた真の自由を手に入れた)
力が湧き出てくる……
とは少し違う気がする。
これは私自身?
なんでもできる。
どこへでも行ける。
どこまでも増殖する。
すべてと交じり合う。
※
「くそっ、なんだこれは!?」
操縦席で悪態を吐くジュスト。
あたしもさすがに「いいから行け」とは言えなかった。
「空全体が虹色に……」
数万メートル上空まで昇ってきたグランジュストを押し留めたのは、空一面に散らばる虹色の蝶。
何万? 何億? 丸くなって見える地平線の向こう側までびっしりと満たされている。
これは一体なんなんだろう。
ルーちゃんは本当にこのどこかにいるの?
なんもわからないまま、あたしは虹色の空を見上げ続けた。`
※
「まさか、ここまでとはな……」
黒衣の妖将カーディナルは虹色の宙を眺めて呟いた。
かつて輝術が使えるだけの小娘だった少女は、すでに彼女の手の届かない所にいる。
「天使の力と交じり合って爆発的な反応を起こしたのか、あるいは肉体を失うことで力が暴走したか。どっちにせよ、もはや一個の生命とは言えない。ルーチェ……お前は、光そのものとなったのか?」
※
虹色の光が溢れる中、私とエリィは戦いを続けていた。
相手を倒すためじゃなく、包み込むために。
すでに体も失った二人の戯れ。
(なあ、ルーチェ)
なあに?
(あたしたち、どうしてこうなっちゃったんだろうな)
すごいことになってるよね。
(自分がこんなバケモノになっちまうなんて思わなかった。天使とか名乗ってたのだって、今考えると何言ってんだバカって思うよ)
私も普通の学生だったのに、気づいたら魔王になってたりしてるもんね。
まあ私はバケモノじゃなくてちょっと魔王なだけの普通の女の子だけどな!
(そのネタはもういい。実をいうとな、あたしも元は普通の学生だったんだ)
へー。
(でな……変なこというけど、笑うなよ?)
内容による。
(その頃あたしは好きな男がいたんだ)
お? お? コイバナですか?
語ってもいいのよ。
(理由なんてなかった。とにかく好きで、この人のためならなんでもできると思った)
ほうほう、恋は盲目ってやつですね。
あ、ちなみに私は少し前にフラれました……
(そいつはご愁傷様。強く生きろよ)
ありがとう。
(でだ。運の悪いことに、その好きになった相手ってのがとびっきりヤバいやつだったんだわ)
暴力男だったとか?
あるいは浮気しまくりとか。
(後者が近いけど、そんなのは些細なことだ。そいつは神よりもすごい力と、どこまでも際限のない悪意を持っていた。今ならわかる。あたしがそいつを好きになったのも、そいつの『力』だったんだ)
え……それって、洗脳ってやつ?
(似たようなもんだな。あたしだけじゃないぜ、紅武凰国のやつらはみんな今もあいつを神と崇めてる。あたしもさっき肉体を失うまでは、まるっきり疑いもなくそう思ってたんだ。ミドワルトを支配することが『あの方』のためになるって信じてな)
あ、それってさ、もしかして『――』ってやつ?
(そうだ。あいつによってたくさんの人が、多くの世界が、自覚もないまま狂わされた)
うわあ……
やばいね、それは。
あ、そうだ。
この闘いが終わったら一緒にそいつをやっつけに行く?
うちのカーディも紅武凰国に乗り込んでビシャスワルトを作った人をどうにかしたいって言ってるし。
(魅力的な提案だな。でも残念、あたしにはもう時間がない。たぶんまもなく命が尽きる)
あら。
せっかく仲良くなれそうなのに、残念。
(でも、あたしは満足してるんだぜ。最期に本当の自分を取り戻せたし。ようやくこれでゆっくり眠れるんだからな)
じゃあ私が代わりにやっつけておいてあげるよ。
(できるなら頼みたい。が、いろんな意味でめちゃくちゃキツイぞ? あたしもそうだったけど、ただの女子高生が世界を壊せるようなバケモノになったって、いいことなんて何もありゃしないんだから)
まあ、なんとかなるんじゃないかな。
それに私はバケモノじゃなくて普通の女の子です。
(くくくっ。まあ、その強がりを言えてるうちは大丈夫かな)
ところでこれ、どうやって止めるんだろう。
なんかもうどこまでも虹色の蝶で満たされちゃってるよ。
この
(おう。あたしはもうお前に飲み込まれて消える寸前だよ。いま何匹くらいになってるんだ?)
えーとね……
あ、いつの間にか増殖止まってる。
2[5]+1だって。
※
「これは……」
ミサイアは空を見上げて息をのんだ。
さっきまで月明りだけが照らしていた夜空が、虹色に染め上げられている。
天文学的な数の……いや、それ以上の想像を絶する数の虹色の蝶によって世界すべてが覆われていた。
「神に至った者同士の戦いね。煽ってはみたけれど、予想以上の恐ろしい結果になったわ」
アオイも口調こそ乱れていないが内心は平静ではない様子だ。
それもそうだろう、たった二人の少女から溢れた力が宇宙を覆っているのだ。
この世界だけではなく、他の世界にも漏れて、今にもすべてを飲み込もうとしている。
「世界の……いえ、全次元の終わりでしょうか?」
「そうはならない様に祈りましょう。最悪、
「全部が消えた後で作り直すだけかもしれませんよ」
「その時はその時ね」
アオイはフッと笑ってそう言った。
絶対的破局を前にしても慌てない。
あるいは諦めに似た心境だろうか。
「がんばれ、ルーチェ!」
「あんな天使なんかに負けんなよ!」
向こうではベレッツァやヴォルモーントが無邪気に少女の勝利を願っている。
応援の声は空に消え、きっと彼女のいる場所にまでは届かないけれど。
※
ビシャスワルトにて。
前魔王ソラトは虹色に染まった空を眺めていた。
どこからともなく現れた虹色の蝶が天を覆うまで、さほど時間はかからなかった。
「終焉の時、来たる。か」
「ヒカリちゃん……」
その隣では不安そうな顔の妻ハルが寄り添い彼の手を握っている。
屋根の上に寝転がったエミルは独り言のようにつぶやいた。
「そっか。あの無限石もどきは、きっと世界を創る力の一部だったんだね」
※
ヘブンリワルト某所にて。
シンクと呼ばれた青年は虹色の空にグラスを掲げた。
「ソラトの娘に乾杯だ。この奇跡は間違いなく、すべての流れを大きく変える」
彼は満足そうに言ってグラスの中身を一気に呷った。
傍らに立つ水色の髪の美女
「ところで、ワインのおかわりはいりますか?」
「あと一杯だけもらうよ。
※
ヘブンリワルトのまた別の場所で。
派手な緑色のドレスに身を包んだもこもこヘアのテロリストは。
「あー。腹減った。メシー」
「自分で補充すればいいだろう。それより表に出てみろよ、大変なことになってるぞ」
「興味なし」
虹色の空に気づくことなく、いつも通りの怠惰な生活を過ごしていた。
※
そして、まったく別の世界。
無限に広がる無数の世界のうちのひとつで。
「ははは……すごい、すごいよこれは。物量で次元を超えてこれだけ多くの世界に干渉してくるなんて。信じられない、こんなの初めてだよ!」
すべての始まりにして元凶の男は、その世界に侵食してきた虹色の蝶にひどく興奮していた。
「ありがとうエリィ。君はよくやってくれた。やっぱり壊れたまま放置しておいてよかったよ。最期にこんな面白いものを見せてくれるなんてね。そして……」
その表情が喜色に染まる。
「閃炎輝術師ルーチェ。俺はきっと君を待っていたんだ。さあ、今こそ扉を開くんだ!」
男は天を仰いで両手を広げた。
※
……
…………おーい。
エリィ、返事できる?
……もう無理かあ。
極限まで増えた虹色の蝶がすべてどこかへ去っていく。
宇宙の果てや、別の次元までも広がった全部が。
虹色の蝶が去った後の
はるか遠くにいくつかの星の輝きが見えるだけ。
ふわぁ……
なんだか、眠くなってきちゃった。
さっきまであんなにやる気だったのに、気分がすっかりしぼんでいく。
なんかもう、いろいろどうでもいいって感じ。
今はただ眠りたい。
眠れることが、こんなに嬉しいなんて。
……
…………
おやすみ、みんな。
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