790 父と母

「魔王たる我はミドワルトの戦士とビシャスワルト内の戦乱を厭う勢力によって敗れた。此度の戦乱は敗北に終わったのである」


 魔王は……じゃなかった。

 厳密に言えば前の魔王さんは滔々と言葉を続ける。

 勝利者である私の命令に従って、戦争の終結を宣言する演説を。


「我を打倒した次代の魔王は平和を望んでいる。魔王軍の勇敢なる兵士たちよ、今一度汝らに告げる。ビシャスワルトに帰還し汝らの日常へと戻るのだ。それが新たなる魔王の願いである」


 彼はくるりと私の方を振り向き、ちょいちょいと手招きをする。

 私は深く深呼吸をして気持ちを落ち着けてから前の魔王さんの隣に並んだ。


「四代目魔王、ヒカリよ」


 できる限り声を低くして、威厳があるように見せかけつつ、事前に何度も練習した言葉を並べる。


「私は戦争の終結を望んでいます。彼の言葉の繰り返しになりますが、ビシャスワルトのひとたちはすぐに自分たちの世界に戻ってください。そしてミドワルトのみなさん。納得できない部分はあると思いますが、どうか怒りを堪え矛を収めて下さい。私は争いによって互いにこれ以上の犠牲者が増えないことを強く願っています」


 これ見よがしに輝力を放出し、毛先を除いて銀色に染まった髪をふわりと浮かせながら、私は内心バクバクの演説を続ける。


「新たな魔王である私の命令に従わない者。自らの欲望のためこれ以上の戦火を拡大させようとする者には、魔王の力をもって強烈な罰を与えます。私の代理たるその桃色の蝶によって、反逆者は自らの愚かさと新たなる魔王の力を身をもって知ることになるでしょう」


 みてみて、私すごくない?

 台本通りとはいえしっかり魔王やってるよ。


「最後に」


 前の魔王さんが私の横で跪く。

 そのまますっと頭を下げ、ぼさぼさの髪をかき上げ、首筋を見せた。


「次代の魔王に首を差し出すことで、我の敗北の証としよう」


 …………

 ……えっ?


「首を出しだすってどういうこと?」

「言葉通りだ。お前が我の首を刎ねるのだ」

「待ってください。そんなの台本になかったよね」

「馬鹿、台本とか言うんじゃない。こうするのは当然のことだろう」

「そんなの嫌なんですけど。敵だったとはいえ降参したひとを殺すとかトラウマだし」

「なにを弱気なことを……ここまでの戦を起こしたのだ。俺の死という結果がなくば争いは収拾せぬ。下手をしたら兵たちから八百長を疑われて終いだ。何よりもミドワルトの者が納得しない」

「そんなのさっき言ったとおりに私が司令桃蝶弾ローゼオファルハちゃんで黙らせるし」

「そんなことをしたら次はお前が戦乱を引き起こすだけで……ええい、アクデス! ちょっとカメラを止めろ!」

「は、はい」


 ぶつん。


 黒い小型の映水機みたいな機械マキナを私たちの向けていたアクデスさんが慌てて録画スイッチをオフにする。

 同時に私もしゅるんと変身銀髪赤目モード(仮)から元の姿に戻る。


「いいかよく聞け。王たる者は己の行動に責任を持つ必要がある。俺は私的な理由で多くの部下を動かし戦を起こした悪の魔王だ。お前の望む平和な世界を作るためには死なねばならぬのだ」

「そんなのウォスゲートさえ閉じれば問題ないじゃない。私はこれ以上もうころしたりころされたりしたくないの!」

「だからそのためにケジメをつけろというのだ!」

「ケジメで死ぬなんて許しません! 今の魔王は私なんだから、私の言うことに従いなさい!」

「お前は俺の野望を阻止した上に、これ以上の生き恥を晒せというのか!?」

「その通りです! 生きてちゃんと償ってね!」

「ぐぬぬ……」


 やんややんや。

 私と前の魔王さんはオフレコで文句を言い合う。


「あはは……ルーは優しいなあ」

「魔王とマジの言い争いとか……」


 そんな姿を横で見ていたジュストくんとナータはなんだか呆れた様子だった。




   ※


 ここはビシャスワルト奥深くにある魔王の館。


 前の魔王さん(お父さんと呼ぶ気はありません)をやっつけた私は、晴れて四代目魔王になったので、それをビシャスワルトの人たちに周知させて戦いを止めさせるための呼びかけを行うことにした。


 私はジュストくんと一緒に飛行能力の残っている輝攻戦神グランジュストに乗って、途中でナータを拾いつつ前の魔王さんに先導されてここにやってきた。


 前の魔王さんの部下のアクデスさんは映像を録画する輝術を使えるらしい。

 館のひとたちは前の魔王さんが負けたと知ると素直に私の言うことに従ってくれた。


 そして魔王の引継ぎの映像記録を撮って、それを私が司令桃蝶弾ローゼオファルハちゃんを介してミドワルト全域に伝えるという作戦なのです。


 すでにウォスゲートを通して六五五三七65537体の桃蝶ローゼオちゃんがミドワルトに向かっている。

 各地に飛ばした桃蝶ローゼオちゃんは一週間ほどかけて記録した映像を世界中で繰り返し流す予定だ。


 ……とりあえず、最後の言い争い部分はカットで。


「しっかし、まさかルーちゃんが魔王になっちゃうとはねえ」

「ナータが巨大ロボットに乗ってきた時も相当もビックリしたけどね」


 ほんと、こんなところで再会するとは思わなかったよ。

 でもこうやって無事でまた話せてすごく嬉しい。


「これで、本当に争いは終わったんだな……」


 ジュストくんは部屋の窓から外を眺めてぽつりと呟いた。

 そんな彼の傍に立って前の魔王さんが話しかける。


「グランジュストのパイロットよ。ミドワルトに住む者としてお前はどう考える? 多くの争いと破壊を齎した俺を恨み、やはりその死を望むであろう」


 まーだ言ってるよこの元魔王さんは。

 責任取って死にたいとか、チュニー病なのかもね。


「……正直に言えば恨みはあります。僕は以前の戦争の後、ミドワルトに残ったエヴィルによって大切な人を失いました」

「ならば」

「けれど僕は一介の輝士に過ぎません。新たな王となったルーチェがあなたを生かすと決めたのならば、その決定に従いましょう。むしろ潔く敗北を受け入れて争いを止めてくれたことに感謝します」


 おお、さすがジュストくん!

 考え方が大人だね!


「むむむ……」

「つーかさ、負けた後で後悔するなら最初からこんな戦争なんて起こさなきゃよかったじゃない。なんだってこんな大変なこと仕出かしたのよ」


 ナータが冷静にキツイ突っ込みを入れる。

 でも、ほんとそうだよね。


「そういうわけにはいかなかったのだ。いや、今さら言っても詮無き事ではあるのだが。それよりヒカリの友人の少女に聞きたいことがある。お前は紅武凰国と接触していたようだが……」

「おーい、ルーチェはいるか?」


 なんだか重要な話をしようとしていた前の魔王さんの声を遮るような大きな音を立ててドアがばたりと開いたよ。

 聞き慣れた声とともに真っ黒な服を着た金髪の女の子が入ってくる。


「カーディ!」

「驚いたよ、まさか本当に魔王に勝つとはね」

「あ、ナータにも紹介するね。この子はカーディ。魔動乱の頃に『黒衣の妖将』って呼ばれてた最強のケイオスの子なんだけど」

「さらりと恐ろしい人物を紹介しないでくんない? 魔王ってだけでお腹いっぱいなんだから」

「ちょうどいい。こっちにも紹介したい人がいるんだ」

「ここまで長かったが、いよいよ感動の対面だぜ」

「あら、スーちゃん?」


 いつの間にかいなくなってたスーちゃんがひょっこり姿を現した。

 どこに言ってたかと思えば、カーディと一緒にいたんだね。


「さあ、入って来いよ」


 そして、その後ろ。

 私と同じ桃色の髪ピーチブロンドの女の子がいた。


「え、えっと……」


 女の子はドアの陰に隠れて、ちらりちらりとこっちを見ている。

 かわいい。


「あのちっちゃな女の子はだあれ?」

「ちっちゃな女の子!?」


 私がカーディに尋ねると、なぜかその女の子が驚いたような声を上げた。


「あっはっはっは!」


 そしてそれを見ていたスーちゃんがお腹を抱えて笑う。


「何がおかしいの」

「笑うさ。子ども扱いとはな」

「だってどこから見ても子どもじゃない」


 十歳から……よくて十三歳くらい?

 初等学校高学年か中等学生だよね、どう見ても。


「あたしはおとなです! というか、あなたのママです!」

「またまた」


 どう見ても十八歳の子どもがいる年齢には見えないよ。


「ハル、起きていたのか」

「ソラトくんとは口を利きません。しっかり反省してください」

「うっ……」


 なんか前の魔王さんと親し気に話してるよ。

 まるでケンカ中の夫婦みたいに。


「伝説の五英雄、プリマヴェーラ様……」


 ジュストくんがこの場に全然関係ない人の名前を呟いた。

 関係ないよね? だって……えっ?

 本当に?


「プリマヴェーラさん?」

「うん。それは記憶を失ってた頃に村のおじいさんにつけてもらった仮の名前だけど」


 私がその名前を呼ぶと桃色の髪ピーチブロンドの女の子が返事をしつつ説明した。


「私の、お母さんなの……?」

「そうだよ。えっと、ごめんね。ずっとほったらかしにして」


 ほんとに……?

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