789 ▽FG強奪

「ちっ、マシントラブルとはついてねえぜ……」


 サカガミ大尉はぼやきながらコクピットハッチを開けた。

 彼は今回の任務においては三班に属するヴォレ=ビュゾラスのパイロットである。


 天使様からの直通メールを受け取り、指定場所にあったシュタールとかいう国に向かっていた途中のこと、急に機体の調子がおかしくなったて近くの森に不時着したのである。


「しっかり仕事しろよなぁ整備班。民間からの出向はこれだから信用ならねえんだよ」


 とはいえ、彼も簡単な機体の整備くらいはできる。

 FGのパイロットはその多くが大陸軍出身の叩き上げの職業軍人だ。

 政治的事情で半数以上が民間人で占められる機動部隊においては数少ない古参軍人である。


 もっとも民間出向兵たちからすれば、警察ブシーズや管理局の陰に隠れてこれまで大した活動をしてこなかった軍人は、冷ややかなで見られている部分は多い。


 FGと空中戦艦が実戦配備された今こそが軍の面目躍如の時だ。

 この程度の任務でしくじるわけにはいかないのである。


「さぁてと。左脚部ブースター」


 とりあえず異常個所を目視で確認しようと、地上に降りたサカガミは――


 ぱぁん。


「のっ」


 喉に弾丸を撃ち込まれ絶命して異世界の大地に倒れた。




   ※


「上手くいったわねえ♪」

「ああ」


 森の中から姿を現したのはビッツとターニャだった。

 彼らはまず殺した人型兵器のパイロットの体を調べる。


「例のリングを装備していると思っていたが……末端の兵士までは行き届いていないのか?」

「あまり役立ちそうな物は持ってないわねえ。あ、この小型の映水機みたいなのは一応もらっておこうかしら。服の素材も気になるところねえ。体の中にも何か隠しているかもしれないわあ」


 指先に閃熱フラルを灯して死体ごと服を剥いでゆくターニャ。

 ビッツはそんな彼女を横目に頭上の機体を見上げた。


「さてと……」


 本命はこちらだ。

 第三世界の巨大人型兵器。


 ジュストが乗っていた機体に比べるとかなり小さめだが、それでも彼の身長の十倍以上はある。


 飛行中のこの人型兵器を発見したビッツはどうにかしてこいつを奪うための行動を開始した。

 邪霊戦士化したターニャに曳かれて後を追い、光の粒を吐き出している部分を狙撃。

 内部に入り込んだフェリキタスの力で機体を不調に追い込むことに成功する。


 そして不時着した機体から出てきた操縦者を射殺。

 こうして彼らは第三世界の人型兵器を手に入れたのだった。


「これは、すさまじい技術だな……」


 操縦席に入り込んだビッツは別次元のテクノロジーを目の当たりにし驚嘆する。

 パッと見では何がどうなっているのかすらさっぱりわからない。


「何かわかった? 王子様ぁ」

「とりあえず動かしてみる。危ないから少し離れていろ」

「はあい」


 ハッチを閉めて起動スイッチを入れる。

 重々しい駆動恩が鳴って周囲の壁が透けた。


「フェリー。頼むぞ」


 妖精フェリキタスに命じて機体を精査。

 最低限の動かし方を頭に送り込む。


 これはフェリーテイマー妖精使いであるビッツの能力である。

 機械と自分の脳を妖精を隔て繋ぐことで、その仕組みを直感的に理解する。


 この能力によって彼はさまざまな新兵器の製造を可能とした。

 そして、ファーゼブル王国をあと一歩のところまで追い詰めた。


 結局、覇帝獣ヒューガーの前には手も足も出なかったが……


「なるほど。全容を理解するにはかなり時間がかかりそうだ」


 これは文字通り技術レベルの違う超兵器だ。

 仕組みを完全に理解し応用すれば以前よりも強力な軍備を整えられる。

 ビッツはエンジンを停止させ、コクピットハッチを開いて、外にいるターニャに声をかけた。


空間スパディウムは使えるのだったな?」

「もちろんよ。輝術師の基礎だし当然でしょお」

「そいつの仲間が来る前に移動しよう。中は少し狭いが、一緒に乗ってくれ」

「この死体はどうするのお?」

「必要なものを奪ったら埋めるなり焼くなり好きにしろ。別に野ざらしのままでも構わん」




   ※


 ビッツは奪った人型兵器で空を飛んでいた。

 最初こそ動きもぎこちなかったが、次第に操縦にも慣れてくる。


「しっかし実際に中に乗っても信じられないわねえ。こんな巨大な人形が空を飛ぶなんて」

「それだけ紅武凰国の技術力が優れているということだろうな」


 周囲に空間スパディウムを張っているので目視以外で発見される心配はない。

 とりあえずは置いてきたユピタたちと合流すべく移動していたが……


「待って」

「どうした」


 ターニャの静止の声がかかった。

 ビッツは機体を制動し、座席後ろの隙間にいる彼女を振り向いた。


「前方にとてつもなく莫大な輝力を感じるわ」

「……先の巨大エヴィルか? それとも紅武凰国の兵器?」

「わからない。けど信じられないくらい異常な輝力量よ。それこそエテルノで見た巨大エヴィルにも匹敵するくらい。でも、生き物じゃない。それ本体はとても小さいの。人間よりずっと小さくて……たぶん、手のひらサイズくらい」


 覇帝獣ヒューガーにも匹敵する手のひらサイズのモノ?

 ビッツにはそれが何なのか想像もつかない。


「こちらに向かっているのか」

「いいえ、特にどこかを目指しているわけでもなさそうよ。ただ……」

「ただ?」

「まったく同じモノが遠くにもある。ひとつやふたつじゃなく、たくさん」

「一番近いのはここからどれくらいの距離だ」

「あっち側……二キロくらいかしら」

「望遠モードで見てみよう」


 ビッツがパネルを操作すると、スクリーンの一部が拡大する。

 数キロ先の景色が目の前にあるようにハッキリと見えるようになる。


 そこにあったモノとは……


「蝶?」


 桃色の蝶だ。

 ただし、本物の蝶ではない。

 ひらひらと羽をはばたかせてはいるが、その動きは奇妙に直線的だ。


「あれはもしや……?」


 とビッツが思った瞬間、桃色の蝶が強烈な光を放った。

 光は空を四角く切り取って映水機のように巨大な映像を映し出す。


 映像の中にいるのは黒い衣を纏った目つきの鋭い男だ。

 一見すると人間にしか見えないが、醸し出す雰囲気はただ者ではない。


『ミドワルトの人間たちよ』


 映像の中の人物が口を開く。

 それに合わせて大音量の声が空に響き渡った。

 二キロ離れたビッツたちにも集音機を通して聞こえるほどである。


『我はビシャスワルトの王、魔王ソラトである』

「魔王!?」


 エヴィルに王のような存在がいることはビッツも知っていた。

 しかし、ここまで人間と変わらぬ姿をしているとは……


「何者かの悪戯だろうか?」

「イタズラだとしたらむしろ恐ろしいわあ。あの蝶が秘めている恐ろしい輝力を考えたら、エヴィルの王様とでも言われなきゃ納得できないもの」


 覇帝獣ヒューガー並の輝力を秘めた蝶を無数に作り出せる者。

 そんな者が魔王以外に存在するなどありえないということだ。


 だが、蝶の形をした輝術と言えば……


「あの蝶が使映像を投影しているのよ。たぶんミドワルト中に何かを伝えようとしてるんでしょうね。ただの映水機代わりとしてはどう考えてもオーバースペックだけど」

「あの蝶が攻撃してくる可能性があるということか?」

「皆殺し宣言かもね」


 ビシャスワルト人の侵略によって始まったミドワルトの国々との戦争。

 それは現在、セアンス共和国が最前線になったまま、しばらく硬直状態が続いている。


 そんな状況に業を煮やした魔王がついに自らの力をもって攻撃を開始するのか?

 だとしたら、こうして目立つ場所を飛んでいるビッツたちも危険かもしれない。


「とにかく話の続きを聴こう」


 名乗りに続いて魔王は言葉を紡ぐ。

 彼らの想像もしていなかった驚くべきことを。


『我は今日を限りにミドワルトへの侵攻を停止する。この言葉を聞いている魔王軍の兵たちよ。直ちに次元ゲートを通りビシャスワルトへ帰還せよ。これは三代目魔王たる我の最後の命令である』


 魔王にによる侵攻停止宣言。

 魔王軍の兵たちへの帰還の呼びかけ。


 それは、つまり……


「戦争が終わるということか?」

「みたいねえ。どういうつもりか知らないけ……ど……?」


 相槌を打うターニャの声が急に小さくなる。


「どうした?」

「魔王の後ろ……なんであいつが……」


 ビッツは拡大された魔王の映像をもう一度よく見た。

 魔王の後ろには確かに彼とは別の人物がいた。


 長い銀髪。 

 赤い瞳。


 ビッツの知っている姿とは少し違う。

 だがあの顔は、間違いなく彼のよく知る少女。

 蝶の形をした輝術を使うかつて共に旅をした仲間――


「……ルーチェ?」

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