778 人の手で造られた生物
「話し合うの?」
私は彼女に問いかける。
カーディは見えない椅子に座ってるみたいに空中で足を組んだ。
「そう。場合によっては、敵わないとわかっても抵抗させてもらう。その前におまえが本気で敵対するなら逃げるけど」
「勝負はしてもいいけどカーディとは敵になりたくないよ」
「わたしだってそうさ」
おや、すごく自然に同意してくれたよ。
なんだかちょっと嬉しいぞ。
「それじゃ聞かせてもらおうかな。なんでカーディは魔王軍に協力してるの? あいつらはミドワルトを侵略してる悪いやつらなのに」
「別に魔王軍の侵略に協力していたわけじゃないさ。あいつら、特に夜将リリティシアはわたしの目的のため利用できるから生かしておきたかった。だからおまえとの戦闘に割り込んで助けたんだけど、その後すぐに殺されちゃったよ。おかげでせっかくの仕込みが台無しだ」
「え、夜将って死んでたの?」
私はマール王国で夜将と戦い、苦労してあと一歩のところまで追い詰めた。
けど、カーディの横やりのせいで、とどめを刺せないまま逃げられてしまったんだ。
そっか、死んじゃってたのか。
マール王国を地獄にした悪いやつだから別にいいけど。
でも一体誰がやっつけたんだろう?
ダイかな? でも何にも言ってなかったしなあ。
「ただ、魔王軍と行動を共にしながらミドワルト侵攻を見て見ぬフリしていたのは事実だ。魔動乱の頃のように自分の手で人を殺してはいないとはいえ、わたしは間違いなく人類の敵だよ」
「あー、うん。それはね……」
そのことに関してカーディは言い訳するつもりはないみたい。
ナコさんみたく自分のしたことに罪を感じているわけでもないようだ。
「それじゃ、人類の敵になってまで魔王軍と一緒にいたカーディの目的って何なの? 私たちと別れた後で大変なことでもあったの?」
「わたしの目的は昔から変わっていないよ。この体を蝕む『かわき』の元を断つことさ」
カーディは自分の喉に手を当てて言った。
ビシャスワルト人や
それを止める手段は二つ。
何らかの手段で外から輝力を得てかわき満たすこと。
もしくは、人間の絶望や苦しみなどの負の感情を浴びて心を癒すこと。
「……って感じであってるっけ?」
「おおむねその通りだ。じゃあ何故、かわきの発症にはそんな複雑な条件があると思う?」
言われてみれば不思議だね。
ビシャスワルト人は別にずっとかわきを感じ続けているわけではない。
こちらの世界にいればまったく問題ないし、仮にミドワルトに取り残されてもウォスゲートさえ閉じればかわきは消える。
魔動乱が終わった後の残存エヴィルが巣窟に籠って大人しくなっていたのはそのためだ。
魔王はその習性を利用して、第三の世界に攻め込むという自分の目的のためにビシャスワルト人たちに積極的なミドワルト侵攻をさせたって話だけど、それだってよく考えたらおかしな話だ。
「答えは簡単。『そういう風に作られた』からさ。この世界が、そしてわたしたちエヴィルストーンという
アーティフィカルクリーチャー。
そういえば以前、紅武凰国の説明をしていた時にシルクさんが言っていた。
紅武凰国の人たちにとって元々ビシャスワルトは実験場、ミドワルトは新天地として作られたって。
「それをわたしは魔導研究者でもあったリリティシアのラボで知った。時計塔に住んでいた頃、わたしには大好きなママがいたけれど、たぶん本当は血の繋がりなんてなかったんだ」
「えっと、あの……」
いきなり語られた彼女の身の上話に、私はどう反応すればいいのかわからなかった。
というかカーディはお母さんのことママって呼んでるんだね。
かわいい。
「だが勘違いするなよ。わたしは別に自分のルーツなんて何だって関係ないと思ってるからな」
「え、そうなの? 自分が作り物だって知って絶望して世界を壊そうとしてたとかじゃないの?」
「ヒトだって同じだろ。自分たちが神に造られたのか猿から進化したのかなんて、今を生きてるほとんどのやつには関係ないはずだ」
「たしかに……」
言われてみればその通りかも。
私だって魔王の娘って知ってもそんなショック受けなかったし。
だって自分がどんな理由で生まれたにせよ、ここにいる私は私以外の何物でもないから。
「意図的なのかバグなのか知らない。けど、こんなふざけたシステムを造ったやつらにはきっちり責任を取らせてやらなきゃならない。そのためにわたしは何が何でも紅武凰国へ行かなきゃいけないんだ」
なるほど、いろいろ納得した。
だからカーディは魔王に協力しているんだね。
自分の都合とはいえ、魔王は紅武凰国への道筋を作ろうとしている。
「いちおう聞くけど、ウォスゲートを閉じて元通り……じゃダメなの?」
「おまえはいつ再発するかわからない死ぬほど嫌なことの根本的原因を放置しておけるか?」
だよね。
そのためのミドワルト侵攻で多くの人が死ぬことはなんとも思わないのか!
……とか言っても、たぶんカーディの心は動かせない。
彼女にとって何よりも優先するべきは『かわき』の除去だから。
「そこで最初の話に戻ろう。おまえはその
わざと芝居がかった口調でカーディは二択を突きつけてくる。
「わたしと共に紅武凰国と戦うか。それともやはり魔王を倒してウォスゲートを閉じるか。もし前者なら喜んでわたしはお前の仲間になろう。もし後者ならわたしの邪魔をするおまえは……敵だ」
うーん。
なんだろう、これ。
質問の内容とは関係ないんだけど、私はちょっとニヤニヤしてしまった。
だってこれって、カーディが私を対等な相手として見てくれてるってことだもんね。
「何かおかしかったか?」
「ううん、別になんでもないよ」
「じゃあ答えを聞かせてよ。私の仲間になるか、それとも敵になるか」
さっきと聞き方が違うね。
そんなの答えは決まってる。
「私はカーディと友だちになりたいよ」
「わたしや魔王の仲間になるということか」
「ならない」
「は?」
「最初の質問に答えるね。私は魔王をやっつけて、ウォスゲートを閉じるよ」
カーディが自分の『かわき』を癒すのが一番であるように、私にとっては二つの世界の争いを止めて、悲しい目に合う人たちをなくすのが一番の目的だ。
魔王が第三の世界へのゲートを開けば、ミドワルトはもっとひどい戦場になる。
そんなのは絶対に何があっても阻止しなきゃいけない。
個人的な問題は二の次だよ。
「そうか、じゃあ残念だが……」
「でもカーディの敵にはならないよ」
「は?」
何言ってんだこいつ、って顔で私を睨むカーディ。
「とにかく魔王をやっつけてウォスゲートを塞いで世界を平和にするのが最優先。でもカーディとは仲良くする。それでいこうと思います」
「そんな都合のいいことが許されると思っているのか。おまえはわたしに『かわき』の元の除去を諦めて大人しく我慢して生きろと言うのか」
「違うよ」
そんな感じで視界の狭くなってる彼女に私は言ってあげた。
「魔王はやっつける。世界を平和にする。
二の次だからって、やらないとは言ってないもんね。
カーディの問題は私の最優先が終わった後で個人的に協力するよ。
だって、ほら。
友だちだもんね。
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