777 魔王の娘VS黒衣の妖将
私たちは竜王の谷から遠く離れた場所までやって来た。
見渡す限り一面の荒野で、地平線の先にうっすらと岩山が見えるくらい。
新式流読みを使ってみても周囲数百キロ圏内にはビシャスワルト人の反応はまったくない。
「ここなら思いっきり暴れられるね」
「そうだな」
私はカーディから大きく距離を取った。
この子を相手に接近戦はヤバい。
「じゃあ、やろうか」
カーディが虚空から大剣を取り出した。
私はそれが戦闘開始の合図だと見なした。
「おっけー」
そんじゃ最初から、思いっきり……
私の周りの空間に無数の真っ白な蝶が生まれる。
無数の……そう、たくさんの……
総数
周囲一〇〇メートルの空間を文字通り白く埋め尽くす。
「ちょっ……!」
カーディの声が聞こえた直後、私はそのすべてを彼女に向かって放った。
閃熱の川となった蝶たちは怒涛の勢いで空を泳いで敵へと向かう。
「いっけぇーっ!」
近づいた傍から閃熱の光となってカーディを襲う。
一発でも当たれば大ダメージ必須の超高熱のビームの奔流だ。
「くっ!」
そんな私の攻撃をカーディはひたすらに避けまくった。
体そのものを雷と化して、閃熱の弾幕の隙間を縫ってこちらに近づいてくる。
感覚がスロー化した世界の中でもなお目にも止まらないほどの速さ。
油断してたらあっという間に接近される。
私は閃熱の翼を広げて後ろへと大きく下がった。
カーディは閃熱の蝶の群れを迂回し、外側から回り込むように向かってくる。
一点集中じゃだめだ。
彼女のスピードじゃ避けられちゃう。
なら……
今度は広く薄く、
触れたら大爆発を起こすトラップを、あえてカーディには向かわせず無軌道に浮かばせる。
「ちっ!」
さすがのカーディも動きに迷いが生じた。
その隙に黒蝶の隙間を塞ぐよう、今度は
すべてを焼き尽くす可燃性の油を含んだ火蝶が、あらゆる方向からカーディを狙う。
ついでにダメ押しの
でも、これだけやってもカーディには一発も当たらない。
正確に蝶弾の隙間を縫って回避を続けている。
近くの黒蝶を任意爆発させてみる。
紅蝶を燃え広がらせてみる。
まったく当たらない。
カーディ、速すぎでしょ!
気を抜いてるとあっという間に近づいてくるし。
……ええい、こうなったら!
私は体の向きを変えて全力で後方に下がった。
黒蝶を配置している空間を抜け、安全地帯を確保した上で……
すべての黒蝶を一斉に起爆させる!
マーブル模様の空に、数千の爆光が花開く。
炎と光と轟音がすべてを埋め尽くす。
逃げ場なんて残さない物量任せの大攻撃。
時間の感覚すら消失するほどの圧倒的な光量と爆音。
仮に地上に向かって使えば、都市ひとつくらいなら跡形もなく消し飛ぶ。
「……やりすぎたかな?」
いや、カーディならまさか、死んじゃうことはないと思うけど。
さすがに無傷で避けきるのは無理だと――っ!
気づいた時には遅かった。
一筋の雷光がまっすぐこちらに近づいてくる。
避けることも迎撃することも不可。
「
「遅い」
防御も間に合わなかった。
雷鳴の中でカーディの澄んだ声が耳に通る。
大剣を横薙ぎに一閃。
「あうっ」
私の体はお腹の辺りで両断された。
やられたー。
なんの、まだまだ再生して……
「終わりじゃないぞ!」
同じ角度で引き返してきたカーディは、今度は後ろから私の首を切断した。
さらに別方向から飛び込んで肩から腰へとざっくり。
次は両足を斬り落とされる。
まるで全方位から刃が飛んできているみたい。
わずかのうちにカーディは何度も何度も私の体を斬り裂く。
そのたびに小さく細切れにされて、私は血飛沫と肉片だけの存在になる。
「
そしてトドメとばかりに強烈な雷撃を放ってきた。
私がさっきばら撒いたすべての黒蝶の爆発にも匹敵するほどの激雷。
カーディはまったく手加減することなく、私の体をほとんど欠片ひとつ残さず消滅させた。
……。
…………。
ふっかつ!
即座に肉体再生するよ。
今度はちゃんと服まで元通り。
致命的な攻撃を食らうと自動的に発動する
脳が壊されたせいで一瞬だけ思考が中断したけど、私は元通りの姿でよみがえった。
「さあ、まだまだ行くよ!」
めっちゃテンション上がってる。
私は再び周囲に
なんかカーディが変な顔でこっちを見てることに気づく。
「あれ、どうしたの? かかってこないの?」
「いや……なんていうかおまえ、すっかりバケモノの仲間入りだな」
「誰がばけものか!」
ルーちゃんは都市を破壊できるくらいの爆発を使えたり、ちょっと粉々にされたけど元通りに再生できるだけの、普通の女の子ですよ!
「それより続きをやろうよ。もっと戦おう。はやく。さあ、はやく!」
「お断りだ」
カーディは大剣を頭上でくるくると回し、背中にしまう動作で消してしまった。
前から思ってたけど剣を消す前のあの動きって意味あるのかな?
「えー、もうおしまい? もっとやろうよー」
「なるほど、これなら十分に
私の言葉を無視してカーディはひとりで何か呟いてる。
「ステージワン?」
「紅武凰国における強者のランクだよ。簡単に言えば『とんでもなく強い個人』のことだけど、具体的な条件が二つある。ひとつめは
ほうほう、なんだかよくわからないけどすごそうだね。
特殊な方法じゃないと死なないっていうのは、痛みを感じなくてオートヒーリングを使える私も当てはまるかも。
「世界を支配できるくらいの戦闘力ってどれくらい?」
「その辺は厳密には決まっていない。けど、ミドワルトとビシャスワルト、両世界でその両条件に当てはまる者は魔王ソラトただ一人だ」
ミドワルトは誰か個人に支配されたりしてないもんね。
とすると、私はカーディ公認で魔王に並ぶくらい強いって認められたってことかな?
「
「
世界を破壊できるよりすごいことって中々思いつかないね。
しかも、それはどうやら魔王よりも強い存在らしい。
「口惜しいけど、わたしは
カーディはフッと笑って両手を上げた。
私はなんだかすごく不思議な感じになった。
彼女は黒衣の妖将と呼ばれる最強のケイオスだった。
グレイロード先生の友だちで、私にとってはもう一人の先生みたいなもの。
旅の途中は何度も彼女と実践訓練をして、そのたびにまったく敵わずぼこぼこにやられてたのに。
そんなカーディがこんなことを言うなんて。
私、とんでもないところまで来ちゃったんだなあ。
「えっと、じゃあ仲直りしてまた友だちになれる?」
「それはこれからの話し合い次第だね」
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