751 再び、ビシャスワルトへ

 私たちを乗せたドラゴンがゲートへと突入する。

 例の不思議空間を通り抜けると、マーブル模様の空が見えてきた。


 また、戻って来たんだ……

 エヴィルの世界、ビシャスワルトに。


「このまま魔王の館ってところに突入するんですか?」


 私は一緒に乗っている竜将ドンリィェンさんに尋ねた。


「いいえ。ひとまず我が部族の故郷へとご案内いたします」

「そこでハルが待っているのか!?」


 ドンリィェンさんが答えると、今度はスーちゃんが質問をした。

 私の上でふよふよ浮いてる彼女はさっきから興奮を隠しきれていない。

 ようやくプリマヴェーラに会えるかもしれないのが、本当に嬉しいみたい。


 ところが。


「いや、ハル様がお眠りになられている場所は未だにわかっていない。我ら竜族もこの十数年ずっと捜索し続けているのだが、未だに断片的な情報すら得られていないのだ」

「なんだよ……」


 ドンリィェンさんの答えに彼女は目に見えて落胆する。

 やっぱり簡単に会えるわけじゃないんだねえ。

 十六年間ずーっと行方不明なんだもの。


「ですが、ヒカリヒメのお力添えがあれば、ハル様を見つけることができるかもしれません。そのためにまずは我々の故郷へ来ていただきたい」

「それはもちろん構いませんけど……」


 新式流読みを使えば発見できるかな?

 けど、全く手掛かりもなしっていうのは難しいと思う。

 試しにちょっと周囲を探ってみるけれど、それらしい輝力は全く見つからない。


「竜族の故郷に何があるんだ?」

「エミルという名の魔導職人がいる」

「エミルだと!? まさか生きていたのか!」


 スーちゃんがずいぶん驚いてるけど、どなたでしょう。


「それ誰なの?」

「ビシャスワルト最高の魔導職人だよ。先代の時代には魔王の武具も作っていたらしい。現魔王の逆鱗に触れて殺されたって聞いてたが……」

「処刑の直前に私が救出し、竜族の故郷で匿っていたのです」


 魔導職人って、鍛冶職人さんみたいなものかな?

 魔王の武器を作っていたってことは、お抱えの御用職人?


「ようやく探し求めていた最高の素材を手に入れたので、そのエミルに命じて、ヒカリヒメのための武器を作らせようと思っています」

「武器!?」


 そう言ってドンリィェンさんが差し出したのは黒い石。

 あれはたしか黒将ゼロテクスを倒した時に出てきたものだ。


「三界に二つとない究極の鉱物『無限石』です」

「なるほど、ゼロテクスの正体は精霊化した鉱石だったのか」

「精霊化と言うよりは付喪神のようなものだろう。本人にも自覚はなく、魔王ですら無限石が人格を持って側に仕えていたことに気づいていなかった。これさえあればヒカリヒメの力を最大限に引き出せる、ヒカリヒメ専用の武器を作ることができるでしょう」


 おお、私専用の武器!

 なんかすごくワクワクする響きだよ。


 旅を続けてた頃も、最後まで武器なんて持ったことがなかったなあ。

 町の武具屋さんで買った鉈は結局使わないままナータにあげちゃったしね。




   ※


 さて、それじゃ現状と目的とこれからやるべきことを整理しよう。


 ビシャスワルトの大ボスである魔王は、第三世界の国家・紅武凰国と戦争を起こそうとしている。

 そのための通り道、そして戦場にするため、ミドワルトをメチャクチャにするつもりだ。

 具体的には輝鋼石を壊すことで次元間の封印を解こうとしているらしい。


 将が率いる魔王軍の侵攻はフェイク。

 本命は覇帝獣ヒューガー召喚による各都市と輝鋼石の破壊。

 私たちはなんとしてでもそれを阻止しなきゃいけない。


 ドンリィェンさんは大きな被害が予想される次元間戦争を嫌って魔王に反旗を翻した。

 彼は今の魔王に代わって私を新しい魔王にすることで争いを止められると考えている。


 ただし、私とドンリィェンさんが協力した程度じゃ魔王は倒せない。

 必要なのは私のパワーアップと、この世界のどこかにいるプリマヴェーラ……

 五英雄の聖少女にして、魔王の妻、私の本当のお母さんであるハルさんの力を得ること。


 今のところプリマヴェーラの行方はまったくの不明。

 だからとりあえず、私のパワーアップのために竜族の住処へと向かう。


 こんなところかな。


「見えてきました、ヒカリヒメ。あれが我々の故郷『竜王の谷』です」


 ドンリィェンさんが立ち上がって遠くに視線を向けながら言う。

 そこに見えてきたのは、ひどく峻険な山脈だった。

 まるで剣が折り重なっているようだ。


「二〇年前に魔王の侵攻を受けるまで、異種族の立ち入りを決して許さなかったと言われる竜族の聖地。こんなところにあったとはな」

「魔王の侵攻ってどういうこと?」


 独り言っぽく呟いたスーちゃんに尋ねてみる。

 私のその質問にはドンリィェンさんが答えた。


「ミドワルトの民が魔動乱と呼ぶ第一次侵攻より前、このビシャスワルトは長い戦乱状態にありました。五〇〇年前に魔王が全世界の支配を宣言したことで始まった『魔界統一大戦』と呼ばれる戦いです」


 へえ、魔動乱より前にそんな戦争があったんだ。

 しかも五〇〇年前から二〇年前って、そんなに長く続いてたの!?


「ちなみに『魔界』ってのはビシャスワルトの古い俗称な」


 スーちゃんがさりげなく補足をする。


「なんで戦争なんてしてたんですか?」

「古来よりビシャスワルトは魔王を頂点とする緩やかな連合制が敷かれていましたが、魔王が各部族に直接命令を下せるほどの権限はありませんでした。魔王はそんな状況を嫌い、自らの手による直接支配体制へと変えるべく、全世界に武力侵攻を開始したのです」

「以前に小鬼人族の村に立ち寄ったことがあっただろ。普通、ビシャスワルトはあんな感じで部族単位の自治を行ってるんだよ」


 最初にビシャスワルトに来た時のことね。

 なんだか穏やかでかわいい種族がいたのを覚えてるよ。


「部族による自治は今も変わりませんが、魔王は支配した部族の有力者を自らの配下とし、魔王軍という統一軍を組織しました。リリティシアやバリトスも元はそれぞれの部族の長だったのです。竜族は最後まで抵抗を続けましたが、最終的には魔王の軍門に下ることになりました」


 なるほど、将たちも最初から魔王の部下だったわけじゃないんだね。

 だからって一緒になってミドワルトに侵攻してきたなら罪はおんなじだよ。


「ということは、魔王さえ倒せばミドワルトへの侵攻は止まるってことでいいんですね?」

「より正確に言うのなら新たな魔王が戦争終結の号令をかけることです。魔王となったヒカリヒメに魔王軍の解体を宣言していただければ、このビシャスワルトは元通りの秩序ある混沌の世界に戻るでしょう」


 秩序ある混沌って言葉はなんか矛盾してる気がするけど……

 でも、それがビシャスワルト本来の姿なんだろうね。


「問題はタイムリミットがいつになるか全くわからないことです。覇帝獣ヒューガーの召喚儀式が行われている場所は誰も知りません。さらに恐らくは魔王を倒しても術式が止まることはないでしょう」

「別の術者がいるってことか」


 覇帝獣ヒューガーがミドワルトの都市を襲えば、その被害は計り知れない。

 その時点で多くの犠牲者が出てしまうし、私たちにとっては実質負けみたいなもんだ。


 だったら最悪、その術者だけでもやっつけなきゃ。

 居場所さえわかればむしろ魔王を倒すよりも簡単かもしれないし。


「そのためにもまずはヒカリヒメに最高の武器を。さあ、まもなく竜王の谷に到着します」


 私たちを乗せたドラゴンが山脈の中腹に降りていく。

 そこには灰色の岩肌を切り取るような無数の洞窟があった。

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