737 ▽乱心

「おい貴様、今何と言ったか!」


 星帝十三輝士シュテルンリッター二番星ゾンネは、通信の水晶に向かって強い口調で聞き返した。

 水晶の向こうにいる輝術師は戸惑ったような顔で先ほどの言葉を繰り返す。


「で、ですから、三番星から八番星までの星輝士様は、現在ファーゼブル王国侵攻の任務を受けて、帝都を空けていると……」

「何故だ、一体どんな理由があって星輝士がファーゼブル王国に侵攻するのだ。帝都では何が起こっている」

「帝国は南部連合とかいうファーゼブル地方の小国群と手を組みました。そいつらと協力して攻め込めば、ファーゼブル王国を落とせると皇帝陛下も仰って……ゾンネ様はご存じなかったのですか?」

「バカな……」


 知るわけがない。

 知っていたら身を挺してでも止めただろう。

 そんな馬鹿げた作戦に、どんな理と利があるというのだ。


「皇帝陛下はご乱心あそばれたか」

「め、滅多なことを言わないでくださいよ。いくら星輝士様とはいえ不敬罪発言ですよ、それ」


 ゾンネは空白になりかける頭を強引に働かせる。

 そして、己が即座にすべき最善の行動を選択した。


「これより輝士団を率いて帝都に帰還する」

「へ?」

「戻って皇帝陛下をお諫めするのだ。ヴォルモーントがいない今、それが出来るのは俺しかいない」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。そんな勝手なこと――」


 何かを言いかける通信相手の輝術師を無視し、ゾンネは水晶にかけた輝術を解いた。


 寝耳に水とはこのことだ。

 魔王軍への反攻に際し、本国に増援を要請しようとした矢先のことである。

 ここセアンス共和国首都ルティアから遠く離れたシュタール帝国で、彼の預かり知らない何かが起きているのだ。


 そしてもちろん、事はそれだけに留まらない。


「どういう事か説明してもらえますかな」


 この応接室にはもう一人の男がいた。

 彼は怒気を含んだ声でゾンネを問い詰める。


 行方知れずとなった英雄王に代わるようにファーゼブル王国からやって来た、王国随一の輝士ヴェルデ氏である。


 ヴェルデ氏は英雄王と違って話のわかる男だった。

 トップに着くと、彼はすぐに無意味な戦力制限条約を廃止した。

 輝士としての年期もゾンネより長く、他国人ながら尊敬に足る人物であると思った。


 これから先、連合輝士団の両翼として良い関係を築いていこうとしていた、まさにその直後の事件であった。


「申し訳ありません。私にも何が起こっているのか全くわからないのです」

「もし本当に我が国が貴国の侵攻を受けて……いや。その疑いがあるだけでも、このまま連合輝士団を維持するのは難しいだろう」


 まったく道理である。

 自分たちの知らぬ所で本国同士が争っているかもしれない。

 そんな相手と、これまで通りの信頼関係を維持し続けられるわけがないのだ。


「申し訳の言葉もない。ヴェルデ殿」

「とにかく状況を調べないことには何ともならぬ。本国で問題が発生したのなら我々の方にも何らかの情報が入るはずだが、今のところその様子すらない事も気になる」


 ゾンネとしてはファーゼブル王国と争うつもりなど微塵もない。

 それだけに、受けたショックは非常に大きかった。


「また、肩を並べて戦える時が来るのを祈っているよ」


 この時をもって、連合輝士団は解消。

 二人はそれぞれの部下を引き連れて祖国へと戻って行った。




   ※


 三番星フリィが宣戦布告を確約してから二日が経った。

 リモーネは現在、南部連合軍総代表として王都エテルノの付近に布陣している。


「改めて見渡してみれば、実に壮観だな……」


 彼女が率いる兵は実に八〇〇〇人。

 うち二〇〇〇人は各小国から集めた正規の輝士団員。

 残り六〇〇〇人は、フィリオ市の下層階級からスカウトした新兵たちである。


 正規兵は高威力の新型火槍ライフルやカノン砲を装備しており、各国ごとの部隊に分かれて戦力の中枢を担っている。


 新兵たちの装備は威力と射程に劣るが製造コストが安く量産の効きやすい旧型火槍マスケットだ。


 大国の輝工都市アジールは貧富の差が非常に激しい。

 中でも『隔絶街』と呼ばれる貧民地域に住む者たちの暮らしは悲惨の一言だ。

 都市内被差別階級の市民である彼らも、小国の民と同等か、それ以上に現状への不満を持っていたようだ。


 そんな彼らの同調を得られ、リモーネが思っていたよりも遙かに多くの人間が募兵に応じたのは、予想外の収穫であった。


 練度で劣っても、圧倒的な数はそれだけで力になる。

 ましてや火槍……『銃』という新兵器は、その恩恵を最大限に受ける武器だ。

 新兵たちには簡単な戦術を叩き込んだ上で、隊長役の正規輝士たちの言うことをよく聞くよう言い含めてある。


 言われたとおりに移動し、言われたとおりに引き金を引く。

 それだけで彼らは鍛え上げられた輝士団の戦力を容易く上回る。


 以前ならば大国の輝士団には決して逆らえなかった弱者達。

 だが今は、その手に決して揺らぐことのない信念と力を持っている。


「準備ができた部隊から砲撃を開始するよう伝えろ。とにかく最初は街壁めがけてひたすらに大砲の弾を撃ち込んでやれ」

「はっ」


 命令を受け取った伝令兵が、それぞれの部隊の元へ走っていく。

 自分の指示に従って数千の人間が動くことにリモーネは強い満足感を憶えた。


「さて……」


 今回の戦いは決して楽勝とは行かないだろう。

 どうやら王都の輝士団は都市籠城をすると決めたようだ。


 事前に斥候兵から受け取った情報によれば、王都の街壁はフィリオ市よりも硬い二重構造。

 さらに輝術師による強化の輝術が絶えずかけられ続けているらしい。


 攻める側とは言え、時間はそれほど多いわけじゃない。

 そろそろセアンスに派遣されている王国輝士団にも情報が漏洩する頃だ。

 ビッツ王子の見立てでは、二、三日中にも主力が戻ってくる可能性もあるという。

 どれほど注意を払って情報を隠蔽しようと、人の口に戸は立てられないものだ。


 街壁を崩すまでが勝負。

 穴さえ空けばそこから兵たちを雪崩れ込ませられる。

 王都は混乱の極みに達し、その間に大輝鋼石さえ奪取すれば、こちらの勝ちだ。


 あとは事前に仕込んだ工作員が、どれだけの成果を出せるかにかかっっている。




   ※


 南部連合軍から少し離れた草原にシュタール帝国兵は布陣していた。

 今朝方、さらに本国から戦力が派遣されて、総数はおよそ五〇〇〇になった。


 追加の軍を率いてきたのは四番星マルス。

 メルクの実兄である星輝士だ。


「どうしたメルク。浮かない顔をして」


 メルクは心配そうに訪ねてくる兄の言葉を無視した。

 妹のそんな態度にマルスは肩をすくめる。


「やれやれ。気むずかしい年頃の女の考えていることはわからないよ」


 それはこっちのセリフだ。

 マルスはかつて、尊敬すべき自慢の兄であった。

 だが、フリィの走狗と成りはてた今は、侮蔑の対象でしかない。


「メルクちゃんも実戦を前にして気が立っているんだろうさ。今はそっとしておいてあげた方がいいよ」


 そう言って兄を宥めるのはマルスの友人である、五番星のユピタ。

 最近、急激に痩せて外見の変わった金髪くせっ毛の優男だ。

 こいつもフリィのシンパのひとりである。 


 ちなみに当のフリィは『独断での宣戦布告の弁明をする』という名目で、本国に一時帰還している。


 その代わりとしてこの二人がやって来たということだが、到着のタイミングを考えれば、元から援軍を派遣するつもりだったことは明白だろう。


 最初からすべてのシナリオは出来ていたのだ。

 真面目に戦争を止めようとしていた自分が道化のようだ。


「さて、それじゃあそろそろ攻撃を開始しよう。全軍に準備をするように伝えて来てくれ」

「OK!」


 この部隊の指揮権は現状、最も位の高い星輝士であるマルスにある。

 その兄はなんの疑いもなく歴史上初となる大国同士の戦端を開こうとしていた。


「兄さんは自分が何をやろうとしているか、本当に理解しているのですか……!?」

「もちろんだとも。ファーゼブル王国を打倒し、帝国の威信をさらに拡大する。輝士冥利に尽きる名誉ある任務じゃないか」

「くっ……」


 悔しさに歯を食いしばるメルク。

 そんな彼女の肩を抱いて、兄マルスは優しく告げる。


「メルク。気分が悪いなら本当に下がっていてもいいんだよ。君の指揮する第六軍はまだしばらく活躍の機会はない。後詰めとして後方に待機させておけばいいさ」


 マルスは別に狂っているわけではない。

 言葉と態度だけを見れば、いつも通りの兄がそこにいた。

 だけど、本質は変わらないからこそ、その異常さが引き立ってしまう。


「その優しさをなぜ、戦火に巻き込まれる人々に向けてあげないのですか!」

「辛いのは僕も一緒さ。だからこそ、こんな悲しいことはさっさと終わらせなきゃね」

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