734 ▽内通者

「降伏勧告だと!?」


 報告を聞いた政務大臣は長机に力いっぱい両手を叩きつけた。


「小国の小蟻共の分際で、何をふざけたことを……!」

「政務大臣、差別的な言葉遣いは慎んで下さい」

「言葉を取り繕っている場合か!」


 宮中大臣が窘めるも、彼の激高は治まらない。


「これはファーゼブル王国建国以来最大の危機だぞ!? 輝工都市アジールの占領、ましてや相手は何たら連合とかいう取るに足らない小国の集まりだ! こんなふざけた事があってたまるものか!」

「やはり早期に手を打っておくべきでしたな。だから私は前々から近隣国家の取り込みを具申していたのです。ここに来て面倒事を後回しにしたツケが回ってきたと言うことでしょう」

「兵務大臣殿、今それを語っても詮無きことでしょう。それよりも現状の解決策をまとめなければ」


 ここはファーゼブル王国、王都エテルノ、王城内の一室。

 謁見の間よりさらに奥に位置する最高会議室である。


 長机の上座には王弟ビオンド三世が着いている。

 英雄王の復帰によって、表面的には兄に玉座を譲った。

 しかし、内々的には今もビオンドが君主の役割を担っている。


 国内で政治に関わる者ならば誰ひとりとして、あの放蕩王子が王の座に相応しいなどと思っている者はいないからだ。


 物語の英雄は国民のための飾りに過ぎない。

 英雄譚による権威で国内が平穏になるわけではないのだ。


 机の両列に並ぶのは五人の大臣たち。

 実際の国政の舵取りは彼らの手で行われている。


 光の王と呼ばれた戦乱の時代の英雄が建国した頃とは違う。

 現在のファーゼブル王国は臣たちの権力が強い制限君主国なのである。


 だからこの『御前会議』が主催される時も、権威さえあれば英雄王だろうが王弟だろうが、上座に居座るのはどちらでも構わないのである。


 このような形で緊急の御前会議が開かれるのは実に魔動乱の時以来である。

 先のフィリア市騒乱ですら、兵務大臣の一存による輝士団の出動で片が付いた。


 今回はすでに現地の輝士団は全滅、都市を占領されている。

 奪還に向かった輝攻戦士を含む兵力もあえなく壊滅してしまった。


 敵は次にこの王都へと攻め入るだろう。

 もはや輝士団のみに頼っていられる状況ではない。

 国中の総力を挙げて、南部連合と相対しなければならない時だ。


「政務大臣殿。一応聞いておきたいのだが、降伏に当たって敵の出した条件はどうなっておるのだ?」

「何を言われるか兵務大臣殿!? まさか貴公、すでに敗北を受け入れているのではなかろうな!? それでも国家を守る輝士団の最高責任者か!」

「あくまで確認だよ。無論、降伏するつもりなどない」

「くっ……」


 政務大臣は歯を食いしばり、密偵が持ってきた書状を最後まで読んだ。

 そして、彼は震える声で敵の要求を口にする。


「こ、国内に存在するすべての輝鋼石を連合に譲渡し、若年者も含めた五親等以内の国王一族の首を差し出すこと……そうすれば、王都への攻撃は取り止めにする……っ!?」


 あまりにふざけた要求に、政務大臣は頭の血管が切れそうになった。

 他の大臣たちも一斉に怒号を上げる。


「馬鹿な! そのような条件を飲めるはずがない!」

「クイントの田舎者が、どこまでも調子に乗りおって!」


 国王から見て五親等ならば、ここにいる大臣もほとんどが名を連ねる。

 事実上、王国による政府機構の無条件放棄に等しい要求だ。


「徹底抗戦だ! いや、皆殺しだ! 即座にセアンスに派遣している輝士団主力を呼び戻せ!」

「国境はすでに南部連合によって封鎖されており、未だに前線に連絡が取れない状況です」

「なら輝術通信でもして呼び戻せばいいだろう!」

「すでに国内随一の輝術師に通信を送らせていますが、未だに反応はありません。どうやら前線があまりに危機的な状況のため、こちらに目を向ける余裕はないのではないかと……」

「そんなことを言っている場合か馬鹿者が!」


 セアンス共和国の対エヴィル戦線がどれほど不利な状況だろうと関係ない。

 ファーゼブル王国にとっては自国の危機より優先する理由などないに決まっている。

 天輝士をはじめとした主戦力さえ戻れば、小国の連合軍など鎧袖一触に討ち滅ぼせるはずなのだ。


「もしかしたら、シュタール帝国が通信を妨害をしているのかも知れませんな」

「何? どうしてそうなるんだ」

「やつらが南部連合と繋がっている可能性があるということですよ」


 それはファーゼブル王国にとって最悪の想像だった。


 いや、この場にいる誰もが理解している。

 それが決してただの杞憂で終わらないだろうことを。


「シュタール帝国は、我らの敵に回ると思うか?」


 これまで発言を控えていたビオンド三世が重い口を開く。

 数秒の沈黙の後、大臣達を代表して兵務大臣が応えた。


「おそらくは、十中八九干渉してくるかと。帝国は隣国の弱化を見過ごすほど甘い国ではありません。あるいはこの状態を見て南部連合との和平の仲介を申し出て来たとしても、代償としてほぼ確実にフィリオ市以北の領土をぶんどられる結果になるでしょう」

「そうか……」


 兵務大臣の言葉に、途端に会議室の空気が重くなる。

 さっきまで口角泡を飛ばしていた政務大臣すらも押し黙ってしまった。


 小国が反抗するだけなら、まだそれほどの脅威ではない。

 今は後手に回っていても主力が戻れば容易く鎮圧できるからだ。


 だが、シュタール帝国までもが敵に回ったら?

 王国の滅亡がにわかに現実味を帯びる。


「ともかく、早急に主力部隊を呼び戻すのだ。今はとにかく残った兵力で都市防衛に当たるしかない。同時にこちらからもシュタール帝国に呼びかけてみよう」


 ビオンド三世のその言葉で御前会議は終了となった。

 国際的に孤立した現状、取り得る対策などほとんど残っていない。




   ※


「主力が帰還を開始したとの報告はまだないのか!?」

「うるさいな。さっきから何度も呼びかけているよ」


 繰り返し同じことを言ってくる輝士団の部隊長。

 アンドロはそんな彼をうるさそうにあしらった。


「向こうもちょうどエヴィルの総攻撃を受けているらしくてな。気軽に撤退なんかできるような状態じゃないんだとさ」

「王国本土が危機に瀕しているとのに、悠長なことを言っている場合か!?」

「別にセアンスに対する義理で撤退しないわけじゃない。大軍勢相手に背中を向けて逃げるっていうのがどういうことか、輝士団に所属する貴公ならわかるだろう?」

「ぐっ……」


 どれほどの危機だろうと、一度動かした兵力を簡単に戻せるものではない。

 事情はもちろん向こうも理解しているが現状では早期の帰還も難しい。


 ――と、現状国内で唯一通信輝術の使える輝術師であるアンドロは伝えてある。


「しかし、今は王国存亡の危機なのだ。そこは多少の無茶をさせてでも即時帰還をさせるべきだろう」

「私もそう思うよ」


 アンドロは頷いた。


「どうもあちらには事態の深刻さが伝わっていないような気がする。こうなれば私が自らセアンス共和国に赴き、撤退を促そうと思っているのだが、如何だろうか?」

「何でも良い! それで主力が戻ってくるのなら、すぐにでも向かうのだ!」

「了解した」


 上官の許可は得た。

 アンドロはすぐテラスへと向かう。

 早口で輝言を唱え、空間転移テレポートの術を発動させる。


「……くけけけけっ」


 景色がぐにゃりと歪み、アンドロの体はここではないどこかへ移動する。




   ※


 アンドロが長距離瞬間移動輝術で向かった場所。

 そこはセアンス共和国の首都ルティアではなかった。


「抜け出してきたか。王都の様子はどうだ?」

「どこまでもマヌケなやつらよ。あれならいつでも攻め滅ぼせようぞ」


 王国の現状はセアンスの主力には伝わっていなかった。

 国境は物理的に封鎖され、通信を任された輝術師は情報を隠蔽している。


「シュタール帝国の増援などわざわざ待つ必要もなかろう。お主らの手でエテルノを落としてしまうのが良いと思うぞ、アンビッツ殿」

「そういうわけにはいかないだろう。ただ、準備が整い次第すぐに進軍は開始する。その時は貴様にも協力してもらうぞ、輝術師アンドロ」

「無論のことよ。くけけけけけっ」


 南部連合の盟主と、ファーゼブル王国の内通者は、顔を合わせて不敵に笑った。

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