735 ▽連合と帝国の会談
それから三日後。
シュタール帝国の輝士団がようやくフィリオ市へと入った。
「思ったより早かったな」
「我々が輝攻戦士を含むファーゼブル輝士団を撃退したと知って慌てたのでしょう。このままでは何もせぬまま戦が終わってしまうかもしれないとね」
ゆっくり休息を取れたおかげで、リモーネの体はすっかり良くなった。
邪霊戦士になったことの後遺症はまったく見られない。
今はビッツの護衛として側に付いている。
「あいつらの助力なんて別に必要ないのですがね……」
「言うな、リモーネ」
アンドロも言っていたように、帝国をの助力を得ずに攻めたとしても、南部連合だけで今の王都エテルノを落とす自信は十分にある。
だが、そうするわけにはいかない事情もある。
その理由こそがまさにシュタール帝国の存在なのだ。
「君がファーゼブル王国だけでなく、すべての大国を憎んでいるのは知っている。しかし今のシュタール帝国は味方なのだ。我々に二つの大国を同時に敵に回す余裕はないことはよく憶えておいて欲しい」
「申し訳ありません、失言でした」
約束を違えて勝手な真似をすれば、シュタール帝国はいつでも敵に回るだろう。
やつらはこの期に及んでもまだ最終的な立ち位置を決めていない。
土壇場でファーゼブル王国側に付いて南部連合を討伐し、その見返りとして合法的にファーゼブルから国土の一部を割譲させる……そういった行動に出ることも十分に考えられるのだ。
「ともかく、向こうの代表を応接室に案内してやってくれ」
「かしこまりました」
※
「ようこそ、南部連合の仮本部へ」
シュタール帝国側の代表が入ってくるなり、ビッツは先制の軽いジャブを放った。
すでにこの都市は南部連合のモノだというハッキリとした意思表示である。
向こうの代表の片割れが顔を引きつらせた。
無骨な鎧を纏った端整な顔立ちの女性輝士である。
たしか六番星あたりの星輝士で、名はメルクとか言ったか。
「お招き戴きありがとうございます☆」
それに対し、特に気にした風もなく会釈をするのはフレス。
今の彼女は三番星なので今回の代表では一番地位が高いはずだ。
「さっそくだが、今後のことについて話し合いたい。どうぞ掛けてくれ」
「はい☆」
ビッツは二人にソファを勧めた。
フレスは素直に腰掛けたが、メルクは立ったまま動かない。
それに対抗するようにリモーネもビッツの後ろに立ち、露骨にメルクを睨み付ける。
「まずは礼を言わせて欲しい。
「気になさらないでくださいな☆ 私たちにも利益あってのことですから☆」
給仕が煎れた紅茶がテーブルに並ぶ。
フレスは特に疑うこともなく口をつけた。
こちらを信用しているぞというポーズだろう。
「良いお茶ですね☆」
実際の所、フレスはビッツにとって信頼できる仲間である。
立場は違えどお互いの目的はファーゼブル打倒で一致しているからだ。
問題は彼女に同行して来た他の星輝士の方だ。
こいつが妙な報告を上げれば帝国は即座に敵に回るだろう。
その時はフレスの星輝士としての立場すら危うくなる可能性もあった。
まずは帝国側の真意を確かめたい。
ビッツは探りを入れてみることにした。
「ところで、気になることがあるんだが」
「何でしょう?☆」
「こちらが思っていたよりも随分とそちら側の戦力は少ないようだが、何かやむを得ない事情があって人員を割けなかったのだろうか?」
フレスから聞いていた情報では、主テール帝国は五〇〇〇の兵を派遣するとのことだった。
しかし、実際にやって来た兵の数はおよそ二〇〇〇程度でしかない。
練度の高そうな兵も少ないように見える。
おまけに、フレス以外の星輝士は彼女の腹心である四番星と五番星がついて来るはずだったのに、実際に来たのは彼女とあまり親交がない六番星である。
「我々はセアンスの前線にも多くの輝士を派遣している。そして、万が一の時は自国の防衛に専念せねばならない。貴公らもその辺りの事情は察してくれているものと思うが?」
こちらの質問にはメルクが答えた。
彼女は不機嫌さを隠そうともしていない。
「ふむ……だが、それではエテルノを攻めるに当たって些か戦力が心許ない。先の二つの戦闘で我ら南部連合は少なくない損害を受けている。恥を承知で言わせてもらえば、次の戦いでは帝国の戦力を大いに当てにしていたのだ」
「ふざけるな。我々は助力をしに来てやっただけだ。当てにするのは勝手だが、戦争の矢面に立つのはあくまで貴様ら南部連合だということを忘れるな」
どこまでも見下した言いぐさである。
やはりまだ帝国は状況の様子見をしているようだ。
自国の損害を最小限に、どちらに転んでも最後は利を得られるように。
「なるほど。では、あの事についても話し合わなくてはならないな」
「あの事?」
「ファーゼブル王国を滅ぼした後の国土の取り分についてだ」
ぴくり。
メルクが眉をつり上げる。
「すでに敵の残存勢力は我々との戦闘よってほぼ壊滅している。セアンスにいる主力部隊が戻れば状況も変わるが、現状では我々だけでも十分な余裕を持って王都を落とせるだろう。これでは先日の取り決め通りの取り分とするには、あまりに不公平が過ぎると思うのだが?」
「さっきと言っていることが違うな。戦力は心許ないのではなかったのか」
ビッツは相手の指摘を無視して言葉をつづけた。
「そこでどうだろう。そちらには兵力を温存してもらう代わりに、王都の大輝鋼石も貴国と南部連合の共同管理とするのは――」
「話にならない」
メルクは怒気をはらんだ声でビッツの言葉を遮った。
「我らが連合に力を貸すのは大輝鋼石の譲渡が前提にあっての話だ。もし約束を違えると言うのならば、我らは方針を変更し、この地の治安維持に尽力することにする」
言葉を取り繕っているが、つまりは「欲をかくなら敵に回るぞ」と脅しているのだ。
「それは敵対宣言と受け取ってもよろしいか?」
「貴様らがそう思うのなら別に構わんが」
背後でリモーネの殺気が膨らんだ。
メルクもそれを真っ向から受ける。
応接室に一触即発の空気が漂った。
「落ち着いてください、メルクさん☆」
「落ち着け、リモーネ」
フレスとビッツが普段通りの態度でそれぞれの同僚を宥めた。
「彼らの言いたいこともわかりますよ☆ つまり、当初の予定通りの配分を行うためには、私たちも旗色を決めて相応の働きをしろってことでしょう☆」
「彼女の言うとおりだ。いつ背中を撃たれるかわからない相手とは組めないし、何の役にも立たなかった仲間とは利益を分かち合えない。そう考えるのは当然だろう」
「それが思い上がりだと言っているのだ。我らはそちらの事情で行う戦争の助力に来たのであって、差し迫る脅威がない以上は気軽に兵を動かすつもりはない。それに、
最後に本音が漏れた。
ビッツはフレスの表情を見る。
彼女は肩をすくめて苦笑いしていた。
前に彼女と通信した時は、たしかに帝国は助力を約束すると言っていた。
おそらく、直前になって帝国側でも意見が分かれたのだろう。
メルクはただの増上慢ではなかった。
たぶん、非戦派を代表してやって来ているのだ。
高圧的な態度に出れば、こちらは無理を通せないことを見越して。
そうして、うやむやのうちに自国の立場を和平の仲介役へと持っていくつもりなのだろう。
同時に南部連合が単独で戦勝を上げた時も利益を得られる余地も残している。
上からの命令を忠実に遂行する、彼女は立派な輝士である。
「なるほど。そういうつもりなら、こちらにも考えがある」
ビッツは賭けに出ることにした。
わざと相手の思惑を理解しないふりをする。
そして姿勢を崩し、鋭い目でメルクを睨みつけ宣言した。
「もし貴国があくまでどっちつかずの態度を続けるのなら……我々南部連合は、この場にてシュタール帝国に宣戦を布告する」
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