731 ▽怨讐
ブルは討伐隊の先陣を切って輝動二輪を駆っていた。
あと数分ほどで占領されたフィリオ市が見えてくるだろう。
その時だった。
「前方に大軍の気配! 敵は都市外部に布陣しています! その数……およそ五〇!」
「なんだと?」
後方を走っていた輝術師が隣に並び、流読みで察知した情報を伝えてくる。
敵はてっきり都市に籠城するものだと思っていたが……
いや、かえって好都合だ。
「クアドラとリチェルはこのまま俺について来い! 他の者は敵の布陣を迂回して、先に街壁に取り付いておけ!」
「了解!」
ブルが名を呼んだ二人の輝士は、輝攻戦士化のできる勇士たちである。
相手がいかな大軍といえど、こちらは一騎当千の輝攻戦士。
十数倍程度の戦力差なら問題なく蹂躙できる。
三人はさらに機体の速度を上げた。
地平線の向こうにフィリオ市の街壁が見えてくる。
その少し前方には岩土や木柵で作った簡易陣地が設えてあった。
「行くぞ!」
躊躇することなく一直線に突っ込んでいく。
直後、敵陣地内で無数の光が弾けた。
耳を劈く遠雷のような轟音。
敵の新型射撃武器の弾丸が飛来する。
「あんな位置から撃ってもそうそう当たるもんじゃねえ! 恐れずに突っ込め!」
仲間を鼓舞すると同時に己自身にも言い聞かせる。
身を低くしてさらに機体を加速させるが――
「ぐあっ!」
「リチェル!?」
斜め後ろを走る部下が叫び声をあげた。
「大丈夫か!?」
「も、問題ありません! 右肩に弾丸が当たっただけです!」
ちらりと後ろを振り向いて様子を確認する。
リチェルは左手で右肩を押さえ、苦しそうな顔をしていた。
だが輝動二輪の操縦は十分に安定しており、大きな出血も見られない。
「輝粒子の上からでもこの威力とは……輝攻戦士化してなかったらヤバかったですね」
「そうか」
敵の新型射撃武器は鎧を貫き、兵を一撃で絶命せしめる威力がある。
とはいえ、輝攻戦士の守りまでは貫けなかったようだ。
「敵の新型兵器もたいしたことないって判明したな。このまま一気に殲滅させるぞ!」
「了解!」
砲撃兵器の方は防げるとは限らないが、それこそ簡単に当たるものでもない。
ブルは勝利を確信し、あと一歩の所まで迫った敵陣を睨み付けた。
※
「命中確認! 敵の輝攻戦士は構わず突入してきます!」
伝令兵の声にも焦りが滲んでいる。
ライフルの弾は当たったのに、敵は倒れなかった。
さすがは輝攻戦士と言うべきか、一筋縄でいく相手ではない。
「全く効いてないことはあるまい! 構わず撃ち続けろ!」
リモーネは恐れを見せる兵たちを叱咤し、攻撃を続けるよう命令を下した。
敵の接近を許す前にできるだけダメージを与えておきたい。
突入を許せば甚大な被害が出ることは明白だ。
「ある程度まで近づいたら車輪を狙え! 転ばせて蜂の巣にしてやるんだ!」
兵達は即席の遮蔽物に身を隠しながら引き金を引き続けた。
絶えず数十発の弾丸が敵を襲う。
動いている的とはいえ、当たらないわけがない。
ましてや敵が近付いてくればその分だけ命中率も高くなっていく。
そしてついに、右後方を走っていた輝攻戦士の輝動二輪のタイヤが爆ぜた。
「やった!」
「第一陣地から第四陣地はそのまま倒れた敵に狙いを集中! 他の兵は残りの二人を止めろ!」
リモーネは強い声で叫んだ。
輝攻戦士相手に気を緩めることは許されない。
しかしその時にはすでに、先頭の敵は陣地の側にまで迫っていた。
「だ、ダメです! 輝攻戦士がもうそこまで……うわああああっ!」
最前列の兵が陣地ごと吹き飛ばされた。
その直後、弾けるような血飛沫が舞い上がる。
輝攻戦士の剣が兵の体を真っ二つに斬り裂いたのだ。
「この反逆者共がァ!」
敵の輝攻戦士が輝動二輪から飛び降りた。
操縦者を失った機体は自動で前進を続け、次の陣地を薙ぎ倒していく。
大地に降り立った二人の輝攻戦士が剣を振ると、瞬く間に三人の兵が斬り殺された。
リモーネは奥歯を食いしばり、気を抜けば怖気づきそうになる兵たちを必死に鼓舞し続けた。
「陣地を捨てて散開せよ! 敵を取り囲んで撃ちまくれ! 大国の犬を撃ち殺せェ!」
倒れる仲間に構わず、南部連合の勇敢な兵達は射撃を続けた。
銃弾の多くは敵の輝攻戦士に当たるが、その動きに鈍りは見えない。
「化け物が……!」
やはりライフルでは倒せない。
こいつらを倒すには『アレ』を使うしかないようだ。
※
「うおおおおおっ!」
ブルの剣が敵兵の首をはね飛ばす。
輝力によるガードもなく、ろくな防具も着ていない相手だ。
輝攻戦士である彼らにとっては枝葉を斬り落とすよりも容易く仕留められる。
だが面倒なことに、やつらは広く薄く散開している。
固まっていれば一振りで三人は同時に斬り殺せるのだが……
それに、輝粒子の方もいつまでも持つわけではない。
今は耐えているが、銃弾が当たるたびに防御が薄まるのを感じる。
このまま銃火を食らい続けていれば、遠からず輝攻戦士化が解除される恐れもあった。
そうなる前に殲滅、あるいは敵に敗北を悟らせ、撤退させる。
残りの輝力を考えれば後者を狙うのが現実的である。
そのため、わざと肉体損壊の激しい残虐な殺し方をしている。
こちらの輝力が尽きるのが先か。
敵の戦意が尽きるのが先か。
最初に限界が訪れたのは――少し離れた位置で戦っていたクアドラだった。
「うがっ!」
「クアドラ!?」
叫び声と同時に、輝粒子が弾けた。
続いて敵集団の影で鮮血の飛沫が舞う。
輝粒子を失ったクアドラは集中砲火を受け、血肉を飛び散らせて絶命した。
「クソがあああああっ!」
あいつはまだ輝攻戦士になって年期の浅い輝士だった。
ブルと比べて輝粒子の扱いに慣れていなかったのだ。
部下を殺されたブルは逆上してますます攻撃の勢いを増す。
ところがその直後、敵の兵達が反転を開始した。
「もういい、撤退だ! 全員、全力で都市まで走れ!」
女の声で命令が飛ぶ。
「逃がすかァ!」
「ぐぎゃっ!」
ブルは逃げる敵兵の背中を斬りつけた。
仲間を殺されて、黙って逃すものか。
さらに続けて別の敵に目を向けた時。
「っ!」
目の前にオレンジ色の光球が着弾する。
ブルの体を強烈な爆風が押し戻した。
「
どうやらそこそこ出来る輝術師もいるようだ。
しかしこの程度でダメージを負うほど輝攻戦士は脆くない。
「これ以上やらせないよ、化物野郎」
立ち上る爆煙の向こうから聞こえる女の声。
先ほど撤退命令を出していた者の声だ。
他の敵兵が一目散に逃げていく中、そいつはたったひとりでブルの前に立ちはだかった。
「仲間が撤退するまでの時間稼ぎをするつもりか?」
気づけばクアドラだけでなく、リチェルもやられている。
こちらが倒した敵兵の数は全部で十二人。
うち七人はブルが殺った。
敵を撤退に持ち込んだとは言え、輝攻戦士が三人がかりでこれでは惨敗と言ってもいい数字である。
新型武器の射程と威力。
絶対に一カ所に密集しない散兵戦術。
一騎当千の輝攻戦士が、完全に翻弄されてしまった。
いや、まだ終わったわけではない。
倒された二人とは違ってブルにはまだ余裕がある。
こいつを倒し、逃げる兵達を追いかけて皆殺しにするだけの力は残っている。
「時間稼ぎ?」
敵の隊長らしい女輝術師はフッと笑った。
小馬鹿にしたような笑みが癇に障る。
「何がおかしい」
「もう戦闘は終わってんだよ。後は私があんたを倒せば、こちら側の完全勝利だ」
「小国の輝術師風情が、輝攻戦士に勝てると思っているのか」
魔動乱期の冒険者によくあった話だが、一見すると派手で威力の高い
当たれば確かに威力は高い。
だが、あの術は非常に命中率が悪いという欠点がある。
仲間たちとの上手な連携がなければ、簡単に当てられる術ではないのだ。
ましてや輝攻戦士の防御力があれば、喰らった所でダメージは薄い。
三階層程度の輝術師に輝攻戦士が敗北を喫する可能性は全く存在しない。
「勝てるさ、輝攻戦士にだって……」
女輝術師が髪をかき上げた。
いつの間にかその手に透明な筒を握っている。
中は紫色の液体で満たされており、先端に細い針がついていた。
ブルは最初、毒の入った投擲武器だと思った。
しかし女輝術師はそれを逆手に持つと、なんと自らの腕に針を突き刺した。
「クイント国の秘術と、姉さんの怨讐によって完成した、こいつがあればね!」
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