730 ▽輝攻戦士を倒す時

 ビッツは部下の伝令兵から戦勝の報告を受けていた。


「フィリオ市の制圧、完了しました」

「ご苦労だった」


 市庁舎は占拠、輝士団は武装解除に応じた。

 危惧していた市民の暴動も大規模なものは発生していない。

 彼らの誰もが自分たちの都市を同じ人間に襲われるとは思っていなかったのだろう。


 まったく、大国の民の平和ボケも大概だ。

 おかげで思ったよりもずっと楽に初陣を勝利で終えることができた。


「中輝鋼石は問題なく接収できたのだな?」

「はい。神殿は抵抗も厳しく数名の犠牲者を出しましたが、無事に占領することができました。それと、市内の輝流はすでに停止してありました」

「では続いて戦力の増強を行う。隔絶街や下層労働者を中心に、連合の兵隊に志願する意思のある者がいないか調査しろ」

「了解しました」


 伝令兵が敬礼して去った後、入れ替わりに側近の輝術師がやってきた。


「シュタール帝国に繋げ」


 命じると輝術師は黙って水晶を取り出した。

 数秒待つと、水晶の中の映像がぐにゃりと歪む。

 そこに映っていたのは派手な髪色の少女フレスである。


『お疲れ様です☆ フィリオ市を落としたんですってね☆』

「耳が早いな。そうだ、これで帝国の助力は確約できるのだろうな?」

『もちろん☆ 皇帝陛下も必ず手を貸すって仰ってますよ☆ 具体的には私を含めた四人の星帝十三輝士シュテルンリッターに加えて、五〇〇〇の兵を派遣するそうです☆』

「そうか」


 さすがは東の暴れ者国家、好機と見れば出し惜しみをしないか。


「できる限り素早い援軍を期待している。頼んだぞ、フレス」

『はーい☆ ……私たちのためにもね』


 一通りの確認を終え、通信を切った。

 ビッツから受け取った水晶を懐にしまい輝術師が尋ねる。


「しばらくは占領地の慰撫を?」

「そうしたい所だが、すぐもう一戦することになるだろう。帝国の援軍が間に合うかどうかは五分だな」


 二つしかない輝工都市アジールの片方を占領されたファーゼブル王国が黙っているわけがない。

 間違いなく近いうちに討伐軍を編成し攻め込んでくるだろう。

 それを防ぐことが彼らの第二関門である。


「間に合わなかった場合、都市籠城はせずに野戦を挑む。次は敵も総力を結集して来るだろう。前以上に気を抜けない戦いになるはずだ」

「王都の総力……輝攻戦士も出てくるでしょうか」

「おそらくな」

「つまり、アレを試す機会があるってことですね」


 輝術師はフードの下の表情をにやりと歪ませた。


「前に約束しましたからね。戦闘は我々に任せて、殿下は下がっていてくださいよ」

「輝攻戦士が相手では新型火槍ライフルを持った歩兵も苦戦は免れないだろう。あまり多くの兵力を裂く余裕もない。それでも勝つ自信はあるのか?」

「そのためのもう一つの新兵器でしょう?」


 どうしても戦いたくて仕方ない。

 そんな空気を隠そうともしない輝術師に、ビッツは少しの不安を覚えた。


「できればアレは使いたくないと思っているのだが……」

「試験段階では九割方問題ありません。やらせてください」

「ならば兵の指揮はそなたに任せるとしよう。頼んだぞ、リモーネ」

「お任せあれ」


 輝術師がフードを払う。

 その素顔は若い女だった。


 やや赤みがかった緑色の短髪で、同色の瞳は怒りに強く燃えている。


姉さんシミアの無念は必ず私が晴らしてみせますから」




   ※


「いいか貴様ら! これより賊共をひとり残らず討伐する!」


 ブルは居並ぶ兵達の前で号令を掛けた。

 それに対し波のような怒号が返ってくる。


「そうだ! ふざけた小国のカス共をぶっ殺せ!」

「なにが南部連合だ、俺たちが守ってやった恩も忘れやがって!」

「エヴィルの脅威が迫っている時に反乱を起こす賊徒なんて、この手で叩っ斬ってやる!」


 輝士団の士気は十分である。

 誰もが敵の所業に怒りを感じていた。


 ファーゼブル王国の主力は現在、ほとんどが最前線のセアンス共和国に渡っている。

 今は人類の総力を結集して魔王軍と戦うべき危機的状況なのだ。


 そんな中、南部連合を名乗る悪逆の輩は、背後から不意打ちを仕掛けてきた。

 これを周辺諸国のイタズラだと笑って済ませられる輝士はいない。


 ファーゼブル輝士団は即座に鎮圧部隊を組織した。

 残っている輝士の中で最も経歴が長い輝士ブルが指揮を執る。

 彼はグローリア部隊のフィリオ支部副隊長も勤めていた歴戦の輝士である。


「敵を烏合の衆と侮るな! やつらは大量の新型武器を使い、数を頼みにフィリオ市を陥落せしめた! 敵は脆弱な小国の輝士団にあらず、国家に仇をなす凶暴化した獣イーバレブと心得よ!」


 ブルは敵を魔動乱の時に通称された人類に害をなす存在の総称で呼んだ。

 これは同時に、相手を人と思って手加減することなく殲滅せよとの表明に他ならない。


「ブル隊長。新型武器とは、一体?」

「弓矢よりも遠くに届く、輝言なしで速射できる射撃武器及び砲撃兵器らしい」


 輝術師の火力と輝攻戦士の戦闘力が多くを決めるミドワルトでの戦闘において、コストが低く製造が容易な弓矢を除いて、遠距離攻撃兵器はほとんど発展しなかった。


 戦乱の時代に置いて、それらの武器を戦場で有効活用できるだけの数を揃えられる国がほとんどなかったこともその一因である。


「特に砲撃兵器は都市の街壁を破壊できるほどの威力があるらしい。下手に密集しているところに撃ち込まれたら、あっという間に全滅する可能性もある」

「では、その対処法は?」


 伝統と格式を重んじるファーゼブル輝士団だが、状況の変化に適応できない石頭な組織ではない。

 敵が見慣れぬ兵器と戦術を使ってくるのならそれに適応して作戦を変える。

 その程度の柔軟性は持ち合わせていた。


「エヴィルを殲滅する時と同じだ。少数精鋭で敵陣に乗り込んで頭数を減らす。最低でも砲撃兵器をすべて破壊したら全軍で突撃だ」


 占領された都市を開放するという目的がある以上、多くの兵を連れて行く必要はある。

 だが、実際に前線に立って戦うのは、少数の輝攻戦士や高位輝術師だ。

 相手を脅威と見なしたからこそ採用する必勝戦法である。


 幸いにもフィリオ市の街壁は南部連合軍が自らの手で破壊している。

 復旧が済む前に速攻をかければ内部に入り込むのも容易いだろう。

 機会を活かすには間を置かない素早い軍事行動が求められる。


「第一隊は俺に続いて輝動二輪で出陣! 制圧部隊は準備を整え次第、可及的速やかにフィリオ市を目指せ!」

『おおーっ!』


 ブルは王国に残った二人の輝攻戦士と数名の輝術師を引き連れて王都を出発した。

 彼らが駆る輝動二輪は全速力でフィリオ市へと向かって駆ける。


 今の王国には、最年長輝士ヴェルデも天輝士ベラもいない。

 だが、この程度の反乱は自分の手で鎮圧してやる。

 ブルはそう強く誓ってアクセルを捻った。




   ※


「野戦を挑む!」


 アンビッツ王子から指揮を任されたリモーネは、約五〇の歩兵を伴ってフィリオ市の外に布陣した。

 敵は間違いなく崩れた街壁の側から少数精鋭でやってくる。


 輝動二輪を駆る輝士には逆立ちしても敵わない騎兵や、動く敵には照準の定めづらい砲兵はあえて都市内に残してきた。


 熟練した銃使いガンナーだけを集め、散開して簡単な陣地を構築する。

 輝攻戦士相手に密集陣形は命取りにしかならない。


「もはや大国の輝士団も我々の勝てぬ相手ではない! この一戦に勝利し、それを全世界に証明するのだ!」

『おおーっ!』


 こちらもファーゼブル輝士団以上に士気が高かった。

 なにせ、小国は大国に勝てないという常識を覆すための戦いに挑むのだ。

 それを成す自信の根拠たる武器はこの手にあり、今日のために苦しい修練も積んできた。


「まず間違いなく最初に輝攻戦士が突っ込んでくるはずだ。本人ではなく輝動二輪を狙え、とにかく足を止めろ、動けなくなったところで集中砲火を喰らわせてやれ!」


 彼ら小国の民にとってはエヴィルよりも恐ろしい敵。

 大国の象徴たる輝攻戦士を倒す時が、ついにやってきた。

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