700 ▽総攻撃開始

「うおおおおおっ!」


 ヴォルの絶叫と共に、五体の分身が一斉に攻撃する。

 締めに本体の拳がサライデンに突き刺さった。


「ば、馬鹿な……」


 最後の獣将隊四天王サライデンは驚愕に目を見開いた。


「これで――終わりよ!」


 ヴォルはさらにだめ押しの連撃を浴びせかける。

 もはやサライデンには防御をする余裕すらないらしい。

 半身を失ったその身体からは、すでに命の灯が消えかかっている。


「嘘だ……私が、ヒトごときに、負けるはずが、ない……」

「その慢心が敗因だってまだ気づかないの?」


 にやりと笑い、ヴォルは敵の顔面を殴りつけた。

 激しく地面に叩きつけられるサライデン。


 完全に勝敗は決した。


「じゅ、獣将様は、私に後を任せると仰った。つまり、私なら勝てると判断したのではないのか……? 実際、端から見ている限りは、勝てる相手だと思っていた……」

「……はっ」


 ヴォルは呆れた。

 今まさに死にかけてるっていうのに、まだそんなことを言ってるのか。


「何故だ、なぜ……はっ!? ま、まさか、獣将様は、この私を捨て駒にしたと言うのか!? 馬鹿な、いや、あり得るぞ。おのれ、獣将バリトス! この私に将の座を奪われるのが怖くなって、私を亡き者にしようと謀ったな!」


 完全に現実から目を背けている哀れな敗北者にヴォルは言ってやった。


「アンタが負けた理由は単純よ。アンタがアタシより弱かったから、それだけ」

「嘘だ! 私は、魔王軍の一翼を担う、次代の将――」

「もう黙れ」


 ヴォルは右足に輝力を集中し、サライデンの頭を踏み砕いた。

 小気味の良い感触が伝わり、敵の身体が崩壊、藍色のエヴィルストーンに変化した。


「さあて、次はどいつ?」


 息をつく間もなく、ヴォルは周囲を取り囲むエヴィルの軍勢を眺め渡した。


「ひっ、ひいいーっ!?」

「サライデン様がやられたーっ!」

「化け物だ! あんなやつに勝てっこねえよ!」


 それだけで敵軍は動揺し、算を乱して四方散り散りに逃げていく。


「オラァッ!」

「ぎゃーっ!?」


 逃げる最後尾に炎の輝粒子をぶつけてやる。

 ケツを叩かれた駄馬のように慌てふためく異界人たち。

 追いかければ全滅させることもできたが、ヴォルはそうしなかった。


 実を言うと、体力も輝力もほとんど余裕がないのだ。

 ヴォルは圧倒的な猛攻で、あっさりとサライデンを倒したように見える。

 しかし、伊達に四天王を名乗っていたわけではなく、あいつはかなり手強い敵であった。

 惜しみなく全力をつぎ込んで短期決戦を挑むことで何とかダメージなく倒せたと言った方が正しい。


 それと、気づいたことがある。

 彼女たちを囲んでいた異界人は、明らかに

 まるで都市を取り囲むため、無理に数だけを集めたような弱兵ばかりだった。


 やつらは主力ではない。

 おそらく、ヴォルはおびき出されたのだ。

 目論見にはまり、四天王と対決させられ、大きく消耗した。


「……ちっ」


 他の方面の戦局がどうなっているのかはわからないが、援軍は期待できるだろうか?


 いや……

 もう、間に合わないか。


「くっはは! マジでサライデンを倒しちまいやがった!」


 相変わらずの馬鹿でかい声だ。

 遠くにいるのに、目の前で喋っているような錯覚を起こす。


「んじゃ、俺様がもう一度相手してやるよ! 最強の人類戦士!」


 白き虎人、獣将バリトス。

 そして、その後ろに控える三〇〇〇の主力部隊。

 温存された敵の主力が、地響きを立ててヴォルへと近づいていた。


「準備運動はバッチリか? お前らの神に祈りは捧げたか? んじゃ疲れてるところ悪いが、今度こそ死んでもらうぜ!」


 あいつらを食い止めなければルティアは滅ぶ。

 限界だろうが、やるしかないのだ。




   ※


「俺様があの人類戦士を倒したら、その勢いで街に総攻撃をかける。もう遠慮は要らねえ。好きなだけ暴れていいぞと全軍に伝えろ」

「はっ!」


 獣将は伝令の鳳翼族に命令を告げた。


 前準備はこれで終わり。

 ここからが都市攻略の本番だ。


 ハッキリ言って、ヒトの軍勢など、いくら束になろうが怖くはない。

 危険があるとすれば、一部の人類戦士やザンキ使いなどの『強者』だけである。


 投石器も、連れてきた大多数の若年兵も、ただの囮だ。

 強者を分割させて、ひとりずつ確実に戦力を削いでいくための作戦。

 すべてはこの後の本格的な侵攻を、強者に邪魔されず行うための前準備に過ぎない。


 前回の過ちは繰り返さない。

 ヒトの強者も集まればかなりの脅威になる。

 なにせ、あのエビルロードの爺さんすらやられてしまったのだ。


 使える手はすべて使う。

 可能な限り敵の戦力を削っておく。

 四天王だって、所詮はそのための捨て石だ


 その甲斐もあって、おそらくは敵の最強戦力である赤い髪の人類戦士はもはや死に体になった。


 後の問題は……


「おい、ザンキ使いの方はどうなっている?」

「はっ。南門に現れたザンキ使いはヤイタカ様と刺し違え、武器と片腕を喪失する深手を負って、戦線を離脱した模様。街へと運ばれていった姿が確認されています」

「くっくっく、そうか……」


 魔王軍でも最も将に近いと呼ばれた戦士、ヤイタカ。

 あの男を失ったのは大きな痛手だが、ザンキ使いと相打ちなら上出来だろう。


「それと、東側に現れた謎の援軍ですが、お伝えしてもよろしいでしょうか?」

「言え」


 まだ遠くにいる赤い髪の人類戦士を見据えながら、獣将は報告の続きを聞く。


「東側の司令官ツ=ヤュヨ様を撃破後、都市内に送り込んだ決死隊を殲滅させ、そのまま西門側へと向かいました。その後、モーウェル様も倒され、これによって東西の部隊はどちらも潰走しました」

「なんだと? 貴様、なぜそんな重要な情報を今まで報告しなかった」


 獣将は足を止めて、あり得ない報告をした斥候役の鳳翼族を睨み上げた。

 いくら囮部隊とは言え、六〇〇〇もの兵が敗北したのだ。

 どう考えても戦局に大きく関わる重大事である。


「は。南側以外の戦況報告は後回しで良いと命じられたので……」

「この……鳥頭がァ!」

「ひぎゃっ!?」


 獣将は役立たずの部下を掴んで引き寄せ、その首を噛みちぎった。

 鳳翼族は冷静さが特徴の種族ゆえ、斥候としては役に立つ。

 だが、常識すら理解できない馬鹿は部下に不要だ。


「謎の援軍か……」


 たったひとりで両軍を壊滅させたくらいだから、ただ者ではないだろう。

 白い闇の剣士が未だに出てきていないのも気になるところだ。


「まあ、そうそう思い通りにはいかねえよな」


 どうせ投石器も若年兵も捨て駒の一部だ。

 主力部隊三〇〇〇さえいれば、都市は落とせる。

 いや、油断さえしなければ、自分ひとりだって可能……


「おー、なんとか間に合ったぞ」

「あん?」


 進路の左手側から何かがやってくる。

 ヒトが移動に使う、二輪の乗り物に乗った二人組だ。

 そいつらは獣将と赤い髪の人類戦士の間に割り込むように入ってきた


「っ!?」


 後ろ側の座席に乗った女を見て、獣将は思わず歯を食いしばった。

 在りし日の王妃様にそっくりな桃色の長い髪。

 何故、あいつがここに……!?


「間に合ったじゃないよ! なんで敵のど真ん中に突っ込んじゃうわけ!?」

「なんでって、その方が手っ取り早いからに決まってんだろ」

「ダイに作戦とかを期待した私がばかだった!」


 ヒカリヒメ。

 人類側についた、魔王様の娘。

 夜将ですら敗北をしかけた、とびっきりの強者だ。


「ゼロテクスめ、あの役立たずが……!」


 あれだけ言っておきながら、また失敗しやがったのか。


 こいつは厄介なことになったぞ。

 手負いとは言え、あの赤い人類戦士も残っている。

 二人がかりで挑んで来られたら、負けはせずとも苦戦は必至だ。


 この上に白い闇の剣士まで加わったら、以前とまったく同じ結果になりかねない。


 あの黒い髪の運転手はともかく……

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