691 ▽思惑
かつてない大規模な襲撃だ。
今度こそ命を捨てる覚悟で戦わなければならない。
ジュストは宿舎に戻り、厳重に隠しておいた聖剣メテオラを持ち出した。
一旦中庭に出てから、ファーゼブル王国の輝士たちと共に、再度シュタール帝国側の宿舎に向かう。
……つもりだったのだが。
「ジュスト」
廊下で会いたくないやつと出会ってしまった。
英雄王アルジェンティオ、かつての連合輝士団の司令官だ。
以前の襲撃で失態を晒して以来、その地位を自主的に返納した男である。
「急いでるんだ」
ジュストは彼をぞんざいに扱い、無視して横を通り過ぎようとした。
父としてはもちろん、かつての英雄に対する敬意すら今は残ってはいない。
この非常時に、この腹黒野郎に構っている暇はないのだ。
「待て」
「話なら後で……」
「いいから待てと言っている!」
英雄王は強い口調でジュストを呼び止めた。
さすがに足を止め振り返ると、英雄王は険しい顔でジュストを睨んでいた。
「何だよ」
「お前は戦場に行くんじゃない」
「はあ?」
なにを言っているんだ、こいつは。
ジュストは連合輝士団に所属する輝士である。
エヴィルの大群が街に迫っているのに、戦わない理由があるか。
「戦わずに何をしろって言うんだよ」
「俺と一緒にこの街を脱出するのだ」
ますます意味がわからない。
英雄王ともあろう者が、敵前逃亡を勧めるのか?
「今のは聞かなかったことにしてやる。別にあんたが臆病風に吹かれようが知ったことじゃないけど、僕を巻き込むんじゃない。勝手にひとりでどこにでも行け」
「そういうことではない!」
侮蔑の気持ちを込めて言い捨てるジュストだったが、英雄王の態度はどこか様子がおかしい。
「逃げるわけではない。あと少しだけ持たせたいのだ」
「持たせるって、何をだよ」
「質問には答えられないが、ここでお前を失うわけにはいかないということはわかってくれ」
ますます意味がわからない。
「街の人たちを見捨てて、自分だけが生き残ってどうするんだ」
「今回の襲撃はこれまでとは違う。敵も間違いなく総力を結集しているはずだ。真っ先に狙われるのは、かつて獣将を退けたジュスト、お前だ」
「それこそ都合が良い。また返り討ちにしてやるよ」
「次も上手くいく保証などどこにもない!」
怒声を上げる英雄王。
ジュストは呆れた目で彼を見た。
「あんたには何か考えがあるのかも知れないけど、理由も話せないんじゃ命令に従うことはできない。今の連合輝士団の司令官はゾンネさんなんだからな」
「ルーチェにやられたばかりの魔王軍がすぐに攻めてきたことの意味を考えろ」
英雄王もまたこちらの言うことなど聞かずに勝手に喋る。
「魔王軍はルーチェが街にいないことなど知らないはずだ。それにも関わらず、即座に主力を率いて攻めてきたのはどういうことだと思う?」
「だから、知らないって。エヴィルの考えてることなんてわかるはずないだろ」
「対策を取っているからに決まってるだろう!」
なぜわからないのだ、とでも言いたげに。
「ビシャスワルト人は知恵を持たない獣ではない。人類を侮る事はあっても、二度も敗退を繰り返した敵を相手に数だけを頼りに再戦を挑むわけがない。特に獣将を撃退したお前に対しては必ず、何らかの対策を講じているはずだ」
「なら、それを上回る力でもう一度追い払えばいいさ」
相手の作戦を恐れていたらそれこそ戦いなんてできやしない。
それに、これまでも何とか打ち払ってきたじゃないか。
なぜ今さら英雄王は臆病風に吹かれたのだ。
「いいから聞け。ついにプランAの目処が立ったのだ」
「プランA?」
「そうだ。もう少しで、侵略者のすべてをなぎ払い、魔王すら打倒できる力がお前に――」
必死になってよくわからないことを語るアルジェンティオ。
その声をかき消すように、以前も聞いた声が遠方から響いてきた。
『おおぉぉおおおぉい! この街に住むヒト共よおおぉぉぉ!』
この声は獣将バリトス。
相変わらずの馬鹿でかい声量だ。
この前のように大声で街の外から語りかけて来る。
『散々手こずらせてくれやがってよおおおぉぉぉ! 今からテメエラ全員、皆殺しにしてやるよおおぉぉぉ! 降伏は一切受け付けねえし、どこに隠れても残らず狩り尽くしてやるから、覚悟しておけよおおおぉぉぉぉーっ!』
殲滅宣言である。
決着の付かない小競り合いはもう終わりということだ。
これから始まるのは、どちらかが全滅するまで続く、存亡をかけた総力戦である。
「あいつが来てるならかえって好都合だ」
魔王軍は将を中心に絶対の規律を持っている。
将さえ倒せば、以前のように撤退するだろう。
あいつの性格からして、後方で大人しくしているタイプではない。
街に籠もればシルクの『歌』の加護も得られる。
十分に勝機はあると思う。
英雄王は悪い方向に考えすぎなのだ。
ジュストは彼に向き直って言った。
「あなたが何を考えているかは知らないけれど、僕は皆と一緒に戦う。自惚れるつもりはないけど、僕の……いや、聖剣メテオラの力がなければ、勝てる戦いも勝てなくなってしまう」
将を倒せる唯一の技、スペルノーヴァ。
今度こそ全力であいつにぶつけてやる。
「……これだけ言っても考えは変わらないか」
「しつこいよ。逃げたいのなら貴方がひとりで――」
「そういうわけにはいかないのだよ!」
「ぐあっ!?」
全身を強烈な痺れが襲う。
視界が真っ白になり、身体の力が抜けていく。
何が起きたんだ?
背中に何か固いものが当たっている。
アルジェンティオの声がすぐ耳元で聞こえてくる。
「俺が恐れているのは死などではない。やつらに対する反撃の機会が失われることだ」
腰にぶら下げた聖剣メテオラが英雄王によって鞘ごと奪われる。
電撃の輝術……いや、機械を使われたのか。
自分を拘束するために。
「どういう、つもり……だ……」
「しばらく寝ていろ。悪いようにはしない」
ジュストは歯を食いしばって耐えたが、やがて彼の意識はぷつりと途切れた。
※
「アイツが獣将ってやつね」
北側の街壁の上。
ヴォルは集団から離れ単身立つ白い虎頭の獣人を眺めていた。
まだあんな遠くにいるのに、その圧倒的な威圧感がビンビンと伝わってくる。
獣将はエヴィルの軍勢の中から抜け出て、馬鹿でかい声で殲滅宣言を行った。
以前のアイツは単身で攻めてきたという。
そして街の中にまで入り込んだ所をゾンネやジュストが撃退。
結果として、被害が広がる前に敵全軍を撤退させることに成功したという。
あの馬鹿っぽい獣人は、また同じことを繰り返すつもりか?
自信を持つだけの力があるのは認めるが、それならば愚か極まりない。
知恵を持たない獣と大して変わる相手ではないだろう。
「さあて、どうするかしら」
ジュストたちが来るまでアイツを食い止めるか。
それとも、獣将は無視して敵軍に飛び込んで数を減らすか。
どちらにせよ、相手のボスがそこまで頭の悪いヤツなら思ったほど大変ではなさそうだ……が。
「お?」
殲滅宣言を終えた獣将が黙って軍団の方へと戻っていった。
さすがに前回の失敗を反省してるのか、単身で攻め込んでくることはないようだ。
とすれば、ヴォルがやるべき事はやはり、敵軍に飛び込んでひたすらに暴れまわるだけだ。
「それじゃ、一丁やってやりますか」
腕を鳴らして気合を入れ、街壁から飛び降りようとする。
その直前、ヴォルは敵軍団の中に奇妙な建造物があるのを発見した。
「ん? なによ、あれ……」
それは木造で、一見すると小さな塔のよう。
見張り台にも見えるが、あんな所に建てる意味がわからない。
高さはヴォルが立っているルティア街壁よりもずっと低い。
そもそも、向こうには空を飛べるエヴィルも存在している。
物見のための建築物でないとすれば……
「……まさか」
ヴォルが嫌な予感を覚えた、その直後。
謎の建築物が激しく
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