690 ▽女戦士たち

 ベラは頭を振って気持ちを切り替えた。


「絶望していても仕方ない。私も連合輝士団に合流しよう」

「そうしてくれると助かるよ」


 ビシャスワルト人エヴィルの戦闘力は非常に高い。

 敵一体につき、こちらの輝士一〇人くらいには相当するだろう。

 もちろん個体差はあるが、戦力をざっと測ればそのくらいとみて間違いない。


 輝攻戦士や高位の輝術師ならまた話は変わってくるが、数は限られている。

 突出して敵に囲まれたらではあっという間に倒されてしまうだろう。


 ベラは一人で数十体くらいまでならやれる自信がある。

 それでも無計画に突っ込めば必ず早期に力尽きる。


 この規模の戦闘になれば、こちらも戦力を結集しなければならない。

 仲間と協力し、個々が最高のパフォーマンスを発揮する必要がある。


 だが、何事にも例外というものは存在するのだ。


「べれっつぁさん」


 ナコがアクセントのズレた発音でベラの名を呼んだ。

 彼女は被っていた帽子を取って長い黒髪を露わにする。


「私の刀を返してはいただけないでしょうか」

「街の防衛に協力してくれるのか?」

「もちろんです」


 ベラたちと出会う前、彼女はひとりでグラース地方のエヴィルを狩っていたと聞く。

 斬輝はエヴィル相手に必殺であり、多人数相手の戦闘も得意だろう。

 ナコはきっと頼れる戦力になってくれるはずだ。


「クローゼットの中に立てかけてある」


 ベラはホテルの鍵をナコに投げ渡した。


「ありがとうございます」

「先に行っているぞ」


 鍵を受け取ったナコは一人で来た道を戻っていく。

 その後ろ姿を見送りながらベラはアビッソの乗る輝動二輪の後部座席に跨がった。


「彼女は何者だ?」

「頼れる味方だよ。今のところはな」


 迫るエヴィルとの戦力差は絶望的だが、諦めるのはまだ早い。

 ナコの力も期待できるし、なにより今のルティアには『あいつ』がいる。





「一五〇〇〇体のエヴィル、ね……」


 連合輝士団宿舎の中庭にて。

 斥候兵から状況を聞いたヴォルはにやりと笑った。


 とんでもない数である。

 だが、ヴォルにとってはどうしようもない敵ではない。

 アンデュスでは一〇〇〇体以上のエヴィルを相手に何度も戦ってきたのだ。


「面白いじゃない」


 久々に全力で暴れられる。

 もちろん、あの時の弱いエヴィル共とは違うだろう。

 それでもヴォルにとっては、恐怖や絶望よりも、滾る高揚感の方が強い。


「お前がいてくれて本当に心強いよ」


 隣に立つゾンネがフッと笑った。

 この男も輝攻戦士としては人類最強クラスである。

 一対一の戦いならば、恐らくベレッツァとも互角の実力があるだろう。


 だが、人にはそれぞれ得手不得手というものがある。

 いくら強くても大多数のエヴィルを相手に戦える輝士は多くない。

 そういう意味では、この状況を打破するのにヴォル以上の適任者はいない。


「ただし、連合輝士団としては籠城戦術を取らせてもらう。いくらお前でも全方位から迫る敵のすべてを相手にできるわけではないだろう」

「言っておくけど、戦闘中はそっちの命令には従わないわよ」

「構わんから自由にやってくれ。敵の数を減らしてくれるだけでも十分にありがたい」


 連合輝士団の最大の目的は街を守ることだ。

 すべての敵を食い止められない以上、守りを固めるのは当然。

 ヴォルとしても味方を巻き込むことを気にせずに暴れられる方が都合が良かった。


「アタシは敵の数が一番多い北門側で適当に暴れるから」

「無茶はするなよ。将が来ている可能性も高いんだからな」

「将……」


 ヴォルはビシャスワルトで戦ったエビルロードのことを思い出した。


 とてつもなく強い相手だった。

 五人がかりで戦って、ようやく倒すことができた。

 あのレベルの敵が現れたら、ヴォルでも一対一で戦うのはキツい。


「前に攻めて来たときは撃退できたんだって?」

「ああ。ジュストとシルフィード姫のおかげでな」


 そういえば、エビルロードにトドメを刺したのもジュストだったか。

 アイツの白い闇ほど威力のある攻撃はヴォルでも使えない。

 将を倒すならあの男の力は必須だろう。


「ま、じっと待ってても仕方ないし。ヤバそうなら戻ってくるわ」


 だからと言って怖じ気づくつもりはない。

 強敵相手に最初からビビってたら何もできない。

 仮に将と出会っても、逃げ帰るだけなら何とでもなるだろう。


 ともかく、街に迫るエヴィルの大群をどうにかするのが先決だ。

 最も効率よくそれができる人間はヴォルの他にはいないのだ。


「んじゃ、行ってくるわ」

「気をつけてな」


 かつての同僚と言葉を交わし、軽々とした身のこなしで塀を乗り越えるヴォル。

 これまでへたれてた分の罪滅ぼしくらいはしておかないとね。





 去って行くヴォルの後ろ姿を見送った後、ゾンネは中庭に集まった兵達に向き直った。


「ということで、心強い味方がついてくれた。この戦いに勝機は十分あるぞ」

「おおーっ!」


 自分の代わりに先頭に立ってくれないのは仕方ない。

 ならせめてヒーロー扱いをして、兵達の戦意向上に役立ってもらおう。


 実際、ヴォルの復帰を知ったシュタール輝士たちの士気は非常に高まっている。

 ブランクがあったとは言え、一番星の赤い修羅は伊達ではないということか。


 さて、それはそれとしてだ。


「連合輝士団は兵を四つに分ける。街壁の内側で防衛に徹するぞ」


 ヒーローには外で思う存分暴れてもらうとして、連合輝士団を束ねるゾンネとしては、堅実な戦術を選ばなければいけない。


 正直、ヴォルひとりでどうにかなる数ではないだろう。

 外周部に被害が出る可能性があるが、必要な犠牲と割り切るしかない。


 ヴォルの参戦に高揚していても、兵たちは冷静だった。

 みな自分たち凡人と彼女のような天才の違いを自覚している。


 なにせ今回は以前と比べても敵の戦力が大き過ぎる。

 迂闊に正面から挑めばあっという間に飲み込まれてしまう。


 ヒーローならざる兵たちが狙う勝利の道筋はただひとつ。

 前回と同じく、敵側の自主的な撤退だ。

 そのために将をおびき寄せる。


 また、街の中に限ればシルフィード王女の『歌』の恩恵が得られる。

 ひたすら防御を固め、将が出て来なければ街壁は抜けないと思わせるのだ。


 そして、最後は連合輝士団のエースという、我々の中のヒーローに頼るしかない。


「聖少女様は今回は助力してくださらないんですかね」


 そんなことをふと呟いた兵士がいた。

 ゾンネは彼を強く睨みつけ叱責する。


「聖少女など根も葉もない噂に過ぎん。幻想の中の英雄に過度な期待をする前に、まずは己にできる精一杯の努力をしろ」

「も、申し訳ありませんでした」


 先日のカミオン近郊に集まった魔王軍の突然の撤退。

 あれをやったのは『聖少女』と呼ばれる人物だと言われている。


 聖少女といえば、五英雄のひとりプリマヴェーラの称号である。

 伝説の英雄と同じ称号で呼ばれる謎の輝術師。

 その正体は全くの不明である。


 噂の出所がアルジェンティオだと言うからますます怪しい。

 恐らくだが、士気向上のための作り話だとゾンネは考えている。


 魔王軍が不自然な撤退をしたのは事実である。

 彼らの預かり知らない『何か』があったことは確かだろう。


 とはいえ、それこそ考えても仕方の無いことだ。


「ファーゼブル王国の輝士が来ました」


 部下から報告が上がった。

 宿舎中庭にファーゼブル王国側の輝士たちが入ってくる。

 連合輝士団の指揮権はゾンネにあるが、未だに宿舎はバラバラなのである。


 この辺りもどうにかしないといけない。

 特に今回のような即応が必要とされる事態では、深刻な初動の遅れに繋がる。


「ん?」


 ゾンネはやって来たファーゼブル輝士たちを眺め回した。

 その中に見慣れた姿がないことに気づく。


 ジュストが、いない……?


「おい、お前達の所のエースはどうした」


 あいつは武器を取りに一度ファーゼブル側の宿舎に戻ると言って出て行った。

 当然、すぐに戻って来るつもりだと考えていたのだが……


「ジュスティッツァ殿なら、英雄王殿下の命を受けて独自行動をしております」

「なんだと?」


 ゾンネの質問に答えるファーゼブルの年かさの輝士。


 ジュストがいなければ、将をおびき寄せて叩くという彼の作戦は破綻する。

 腰抜けの英雄王め、指揮官を退いたくせに、余計なことをしてくれる……!

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