687 破輝と二刀

「ひょっとしてぼくのことを忘れてたのかな? 何をやってたのか知らないけど、今さらひとりになったことを後悔しても遅いよー? 言っておくけど、もうお嬢様に逃げ場はないからね!」


 ど、どどど、どうしよう。

 まさかこいつがこんな所まで追ってくるなんて。

 ナコさんはいないし、輝術も使えないんじゃ本当にどうしようもない。


「さあ、覚悟して!」

「ひゃっ!」


 私は思わずダイの後ろに隠れてしまった。

 彼は左手をバッと拡げて黒将から私を守る。


「誰だか知らねーけど、どう見てもまともなやつじゃねーよな」


 おおっ……

 すごく自然に庇ってくれたダイ。

 さりげない仕草に不覚にもちょっとドキっとしちゃったよ。


「んー? きみこそ誰だよ。うっとうしい雑魚はどっか行って欲しいんだけど」

「どこにも行かねーよバーカ。テメーこそキモいからどっか行け」


 うわあ……

 ダイは黒将に思いっきり罵声を返してる。

 表情はなくても、明らかに相手がイラッとしたのがわかった。


「……うざっ。誰だか知らないけど、あんまり調子に乗ってると八つ裂きにして殺しちゃうよ?」

「いいぜ、やってみろよ」


 ダイが腰の剣を抜いた。


「はぁーあ、ほんと知能の低いやつって嫌いだよ。何にも知らないガキってだからって許されると思ってるのかな? マジで殺すの決定したから、後悔しても遅いんだから……ねっ!」


 黒将の姿が変化していく。

 全身の色が変わり、四肢が生える。

 目や口が形作られて見慣れた人の姿になる。


「おっ、こいつおまえの記憶も持ってるね。えーとなになに。道具に頼った邪道な人類戦士? あははっ。言っちゃ悪いけど、ぶっちゃけ雑魚だね」


 黒生ゼロテクスが大賢者グレイロード先生の姿になる。


「だ、ダイ、あいつは先生の姿をしてるけど……」

「偽者なんだろ。見りゃわかるよ」


 姿形はともかく、しゃべり方も仕草も先生とは似ても似つかない。

 先生を知ってる人なら誰だって偽者とは見抜ける。

 けど、問題はそこじゃない。


「人の姿を真似るエヴィルか。なるほど、だからさっきオレを偽者かって疑ったんだな」

「あ、いや」


 それは別に関係ないんだよ。

 ……じゃなくて!


「聞いて。あいつは確かに偽者だけど、先生と同じ輝術を使うんだよ。しかも無限の輝力を持ってて、どんな術もタメ無しリスク無しで使ってくる強敵だよ」

「そうか」


 いや、そうかじゃなくて。


「逃げた方がいいよ! まともに戦っても絶対に勝てないって!」

「戦えないオマエを担いでか? そんな簡単に逃がしてくれる相手なのかよ」


 あっ、ばか!


「あれー? お嬢様、戦えないのー? どっか悪いのー?」

「あ、いや……」

「そっかそっか。それじゃ思ったよりも簡単に始末できそうだね。それじゃ、そこのばかなガキもろともやっつけてあげるよ!」


 先生の姿をした黒将の背後に一〇〇を超える氷の矢が生まれる。

 輝言詠唱を必要とせず、消耗や限界すら存在しない、増幅された大賢者の力。

 小技とはいえ圧倒的な数の攻撃の前に、私たちは完全に逃げ道を封じられてしまった。


「必死に庇えばお嬢様だけは生き延びられるかもね! どっちにしても、ナメた口をきいたガキはここで死んでね!」

「ま、待って――」


 黒将が攻撃を開始した。

 すべての氷の矢が一斉に射出される。

 輝術が使えない今、それを防ぐ方法はなにもない――そう思った直後。


 ダイが背中に隠していた二本目の剣を抜いた。


「破ッ!」

「きゃっ!?」


 ダイが二本の剣を地面に突き刺す。

 直後、私は吹き飛ばされて尻餅をついた。


 な、なになに!?

 もしかして突き飛ばされた!?


 氷の矢は当たっていない。

 目を開けて正面を見上げてみる。

 ダイはさっきと変わらずそこに立っていた。


「……は?」


 黒将の間の抜けた声が響く。


「なに、いま何やったのおまえ?」

「説明する義理はねーだろ」


 何が起きたのか、私にもよくわからなかった。


 ひとつだけ確かなのは、黒将が撃ったはずの氷の矢が消滅していること。

 斬られたり、軌道を逸らされたとか、そういう形跡も全くない。


「それじゃ、これはどうかな!」


 黒将の周りに今度は炎の矢が一〇〇近く出現する。

 滞空させることなく、即座にそのすべてがダイに襲いかかった。


 ダイは動じない。

 攻撃を避けようともしない。

 ただ、二本の剣を地面に刺して気合を発した。


「破ッ!」


 それだけで、すべての炎の矢が煙のようにかき消えた。

 尻餅をついたままの私の所にも突風のような衝撃が来る。


 なに、今の……?

 輝術中和レジストに似てるけど、明確に違う。

 なんていうか、気合でかき消したとしか言いようがない。


「なんだよそれ。おい、なにやったんだよ説明しろよ!」

「うるせえよ」


 ダイは黒将の問いかけに答えず、深く一歩を踏み込んだ。

 そして、無造作に右手の剣を振り、黒将の身体を横一文字に斬り裂いた。


「ぎゃーっ!?」


 真っ二つになった先生の身体は形を失い、元の黒い不定形の姿に戻る。

 強制的に変身を解かれてしまった黒将は慌てて距離を取った。


「なんだよ! なんなんだよおまえ! 答えろよ!」

「うるせえって言ってんだろ」

「ぼ、防御壁……ああああああっ!?」


 黒将の前に黒い円形の盾が出現する。

 ダイはそれごと黒将の身体を斬った。


 あれって、もしかして……


「ちくしょう、こいつもザンキ使いかよ!」

「気づくのがおせーよ」


 ダイはさらに黒将へ攻撃を加えた。


 動きを感じさせない踏み込み。

 そこから撫でる様に振り下ろす斬撃。

 ナコさんを彷彿とさせる、無拍子の攻撃。


 黒将の体が断ち割られ、地面に染みこむように消えていく。


「くそーっ! くそーっ! なんなんだよもー! ぜんぜん情報と違うじゃんか!」


 こいつの中の先生が記憶してるダイの姿は、私たちが旅を始める前の状態で止まっている。

 私たちと別れた後に彼が自力で斬輝を身につけたなら、それを知らなくても当然だ。


「ええい、こうなったら安全策をとるよ! お嬢様が戦えないなら、ザンキ使いの剣が届かない距離からちまちまと攻撃しちゃうもんね!」


 黒将が上空へと逃げていく。

 どうやってるのか、空に道があるようにばいんばいんと跳ねながら。

 結構な距離が離れたところで、丸い出っぱりをこっちに向けて、高らかに声を上げた。


「そーれ! 我が娘達よ、そいつらを――」

「ばーか」


 ダイが左手に握っている剣が光を放つ。

 彼の身体が淡い光の粒に包まれる。

 あれは……輝攻化武具ストライクアームズだ! 


「ひっ、ひーっ!? なにそれ、ずるい――」


 輝攻戦士化したダイは、瞬く間に上空の黒将へ接近。

 容赦のない連続斬りで黒将を細かく刻んでいく。


「オラオラオラァ!」


 輝攻戦士と斬輝使いの二刀流。

 猛攻の前に黒将は反撃すらできない。


「た、退散! 退散ーっ!」


 ぶぃん、と黒将の背後に大きな黒い穴が開く。

 細切れになった黒将が吸い込まれるようにその中へと吸い込まれていった。


「逃がすかよ!」

「もうやめろって、クソガキーっ!」


 ダイは逃げる黒将の中から、できるだけ大きなパーツを選んで斬り続けた。

 斬り裂かれた小さな肉片(?)がぼとぼとと地面に落っこちていく。


 元の大きさから半分くらいは削ったところで、黒将の本体は穴の中に逃げてしまった。

 宙に開いた穴が閉じると、後にはもう何も残っていない。


「ちっ、逃げられたか……」


 戦いを終えたダイはゆっくりと地上に降りた。

 腰と背中にそれぞれの剣を収める。


 私は彼に駆け寄った。


「すごい! メチャクチャ強くなってるじゃない!」

「そうでもねーよ。トドメは刺せなかったし」


 いや、そうは言うけどあれ魔王軍の将だよ?

 追い払っただけでも十分すごいって!


「っていうかアレってどうやったの? 輝術をかき消しちゃったやつ。もしかして輝術中和レジストが使えるようになったの?」

「斬輝の応用だよ。輝攻化武具ストラークアームズと共鳴させて周囲すべての輝力をかき消すんだ。オレにやり方を教えてくれたやつは『破輝』って呼んでたな」


 なるほど。

 よくわからないけど、すごい。


「んじゃ行くか……っと、吹っ飛ばして悪かったな。歩けるか?」

「うん」


 頼りになる仲間が、もっと強くなって戻ってきた。

 私はそれを嬉しく思いながらダイと一緒に改めてセアンス共和国を目指す。

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