678 斬輝使いの意外な弱点

 空飛ぶ絨毯でふわふわふわ。

 私たちはセアンス共和国の空を飛んでいた。

 さすがに四人乗りだとちょっと狭かったりするけど……


「ま、まだ、次の町には到着しませんか?」

「まだですよー」

「あのあの、先ほどから少しずつ高度が下がっているような気がするのですが、私の気のせいなのでしょうか?」

「たぶん気のせいだと思いますよ。ね、お姉ちゃん?」

「ああ。ずっと水平に移動しているぞ」

「そもそもの話なんですが、布の上に乗って空を移動するというのが不条理すぎませんか!?」

「いい加減に慣れて下さい」


 ナコさんは絨毯の真ん中で蹲って、顔を伏せてぶるぶる震えている。

 どうやら彼女は高いところが怖くて仕方ないらしい。

 思わぬ弱点を知ってちょっとにやにや。


 まあ、私も最初に乗ったときはすごく怖かったけどね。

 ナコさんは東国という異文化圏の輝術が存在しない環境で生きていた。

 絨毯が空を飛ぶというのは、彼女にとっては信じられない不思議体験なのかも知れない。


 あと、実はこの中で自力で飛べないのはナコさんだけだしね。

 もし落っこちたらって考えちゃったらそりゃ怖いよね。


「くくく……思わぬ弱点があったものね」


 ヴォルさんは足を外側に投げ出しながら笑っている。

 さすがに怖いもの知らずというか、あれは私もちょっとできない。


 ちなみに今は絨毯の扱いが一番上手いベラお姉ちゃんが操縦してるので、万が一にも落下する心配はない。


「あ」

「どうかしましたか!?」


 私の声に過剰反応するナコさん。


「エヴィルの反応がありました。あっちの方角、近くに小さな村もあります」

「っ! い、行きましょう」


 彼女の態度が一転して真面目なものに変わる。

 流読みを使えばかなり距離の離れているエヴィルも感じられる。

 単なる偵察中なら見逃しても良いけど、近くに村があるんじゃ放っておけない。


「お姉ちゃん、いい?」

「ああ。そちらに向かう」


 空飛ぶ絨毯がぐいっと方向転換。

 そのまま私が指さした方角へと向かっていく。


「くっ……」


 真剣な表情で絨毯にしがみつくナコさん。

 そんな彼女にヴォルさんが意地悪なことを言った。


「もしかしたら敵の襲撃があるかも知れないわね。ナコ、ちょっと立って遠くを見張ってちょうだい」

「えっ……わ、わかりまし……」

「ちょっとヴォルさん。やめてあげて」


 正直におっかなびっくり立ち上がろうとするナコさん。

 さすがに危ないので、私は彼女の服の裾を掴んで止めさせた。




   ※


 ひらけた草原に十数体のエヴィルがいる。

 動物型が半分、角の生えたビシャスワルト人が半分。

 そいつらは明らかに近くの村へと目標を定めて行軍していた。


「よっしゃ、いっちょやってくるわ」

「待てヴォルモーント。お前はここで留守番だ」


 絨毯を上空で停止させると、張り切ったヴォルさんが指を鳴らす。

 ところが、それをベラお姉ちゃんが止める。


「なんでよ」

「少しでもルーチェの輝力を補充したい。ここは私とナコに任せてもらおう。お前も、いいな?」

「はい、もちろんです」


 相手の輝術を奪う魔剣を持つお姉ちゃん。

 斬った相手の輝力を自分のものにできるナコさん。

 この二人が戦えば、戦闘中に効率よく輝力を集められる。


「ごめんね、お姉ちゃん。ありがとう」

「気にするな。ルーチェの力は我々の……いや、人類の切り札なのだからな」

「ふん。じゃあ、さっさと終わらせてきなさいよ」


 ヴォルさんはつまらなそうに言いながら絨毯に手を置いた。

 代わりにお姉ちゃんが立ち上がり、預かっていたカタナをナコさんにわたす。


「ゆくぞ、ナコ。しっかり掴まっていろ」

「はい」


 ぎゅっ。

 全身で抱きつくようにお姉ちゃんにしがみつくナコさん。


「くっつきすぎだ……私の使う輝術の効果範囲内にいれば問題ないから、袖にでも掴まっていろ」

「は、はい。すみません」


 恥ずかしそうに身体を離して袖を摘まむナコさん。

 二人は空飛ぶ絨毯から飛び降り、エヴィルの群れへと向かった。




   ※


 お姉ちゃんとナコさんはエヴィルたちの進路上に先回りした。

 まずは敵の動きを止めるため、お姉ちゃんが炎を放つ。


 横からの攻撃を受けて停止するエヴィルたち。

 ナコさんが前に出るけど、戦闘はまだ始まらない。


「なにやってるのかな?」


 ここからじゃ遠くて声が聞こえない。

 どうやらナコさんが何か喋っているようだ。


「エヴィルに村を襲うのを止めるよう説得してるんじゃない?」

「ああ、なるほど」


 今のナコさんならあり得るかも。

 ビシャスワルト人は会話ができないわけじゃないし。


 ただ、ミドワルトに攻めてきてる魔王軍のやつらは、会話はできても話は通じない。

 あいつらは人間のことなんて滅ぼすべき邪魔者としか思ってないから。


 案の定、話し合いは無駄に終わったらしい。

 角のあるビシャスワルト人が突然ナコさんに殴りかかる。


 それが戦闘開始の合図になった。


 ナコさんは攻撃を食らう前にカウンターで相手の腕を斬り飛ばす。

 そして返すカタナで相手の首を刎ねた。


 後ろにいた別のビシャスワルト人が雷撃を放つ。

 雷を使うやつなんて珍しいから、かなりの実力者なのかも。

 けど、その攻撃もベラお姉ちゃんがあっさり受け止めて魔剣に吸収する。


 そこから先は早かった。

 カタナを握り恐れることなく敵の群れに向かって行くナコさん。

 彼女は歩みの速度を変えることすらなく、攻撃範囲に入った敵を一刀の下に斬り捨てる。


 お姉ちゃんは獣たちを倒しつつ、ビシャスワルト人が術で攻撃してくるを待っていた。

 三回分の攻撃を魔剣で受け止めた後は、ナコさんに並んで積極的に攻撃を始める。


 そして戦闘開始からわずか三分後、二人の周りには十六個のエヴィルストーンが転がっていた。


「ふん。アタシなら十秒で全滅できてたわ」

「はいはいすごいすごい。それじゃ絨毯を降ろしますね」

「ねえ、なんか最近ルーちゃんアタシに冷たくない?」


 エヴィルの脅威が無くなったので、二人を迎えに行こう。




   ※


「どうぞ、るうてさん」

「あ、ありがとうございます」


 私はナコさんが差し出したカタナを受け取った。

 これ、すごくよく切れそうで怖いんだよね。


 刃の部分に唇を付ける。

 そしてカタナに溜まった輝力を吸収。

 ナコさんが倒した敵の輝力が身体に力が満ちていく。


 吸い取り終わった後はハンカチでよく拭いてからお返しする。


「大事なものなのに汚してごめんなさい」

「いいえ。貴女の役に立てるのなら私も嬉しいです」

「ルーチェ、次はこっちだ」


 今度はお姉ちゃんが魔剣を差し出す。

 こっちはエヴィルが使った輝術三つ分の輝力が満ちている。


 同じように受け取って、唇を付けて輝力を吸収。


「終わった後は拭かないでも良いからな。別に私は汚いなんて思ってないし」

「あ、はい」


 私は頷いてハンカチでよくこすって綺麗にしてから魔剣を返した。


「拭かないでいいって言ったのに……」

「ルーちゃん、次アタシ、アタシ。そいつらよりもいっぱい輝力が有り余ってるわよ」

「ヴォルさんのは自分の輝力でしょ。これから激しい戦いになるかもしれないんだから、無駄遣いせずに取っておいてください」


 どさくさに紛れてちゅうしようとしてくるヴォルさんをあしらっていると、頭の上に座っていたスーちゃんがニヤニヤ笑いながらからかってくる。


「相変わらずモテモテだな、女相手には」

「嬉しくないよ……」

「もういっそ染まっちゃった方が幸せになれるんじゃないか」


 そーゆー人はヴォルさんひとりで十分。

 私は絶対に女の人を恋愛的な意味で好きになったりしません。


 ところでふと頭に浮かんだんだけどナータは元気かな。


「さて、それじゃ出発しましょうか」


 見知らぬ村も救えたし。

 ちょっとだけど輝力も補充できたし。

 いよいよ魔王軍との戦いの最前線へ向かいましょう。

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