668 ◆足留め

「うーん、うーん……」


 宿の部屋に戻ると、ミサイアが布団の中でうんうん唸ってた。


「うわ、酒くさっ!」

「お、大声を出さないでください……頭脳あたまに響きます……」

「ちょっと窓開けて換気するわよ」

「あけないでー!」


 あたしはミサイアの抗議を無視して窓を全開にする。

 冷たい風が部屋の中に容赦なく入り込んできた。


「寒いですナータさん……」

「うっさい。二日酔いでグダってる間抜けにかける情けなんぞないわ」


 帝都アイゼンにやって来てからというもの、ミサイアは毎晩のように飲み歩いている。

 特に昨日は飲み過ぎたようで、帰ってきたのは明け方になってからだった。

 いくらやることがないからとは言え、いいご身分ね。


「仕方ないじゃないですかあ。こう見えてストレス溜まってるんですよ? ひとりきりで右も左もわからない異世界に飛ばされた可哀想な私を、もうちょっとくらい労ってあげてくださいよお」

「あんたは適当な理由を付けてこっちの世界の酒を飲みたいだけだろ」


 別に飲むなとは言わないから節度くらいは保って欲しいわ。

 寝てる途中に起こされたくないから、わざわざ二部屋も取る羽目になってるし。


「そうは言いますけどね、人間辛いときにアルコールは必須なんですよ。私もお酒を覚える前はレズセックスくらいしかストレスの発散方法を知らなかったし」

「あ。悪いけどあたし、もう出発するわ。じゃあね。二度と会わないと思うけど元気で」

「待ってください! なんでいきなり荷物をまとめて出て行こうとしてるんですか!?」

「ぎゃー! 触んな変態! 誰かーっ、犯されるー!」

「それ私の世界だと差別発言ですよ!?」


 ベッドから這い出たミサイアに掴まれて引き留められる。

 こいつの馬鹿力で腕が折れたらシャレにならない。

 仕方なくあたしは出て行くことを諦めた。


「はぁ、はぁ……」

「お、落ち着いてください。私は確かに女の子の方が好きですけど、別に女性なら誰でもいいってわけじゃないんですからね」


 いきなりそんなカミングアウトされても困る。

 これからこいつをタンデムシートに乗せるのが怖いわ。


「っていうかナータも同類じゃないんですか?」

「ななな、なにを根拠に」

「なんとなくそんな匂いがしました」


 くっ……あ、あたしだって、ルーちゃん以外の女に興味なんてないわよ!


「とにかく寝てろ! そーいうの抜きにしても、酔っ払いに近寄られたくない!」

「寝ますけど置いていかないで下さいね。ひとりにしちゃ嫌ですよ……?」

「潤んだ目で見るな、キモい」

「ひどい!」


 とりあえずミサイアをベッドに押し込めて、あたしは部屋を出た。




   ※


 あたしたちが帝都アイゼンに来てからもう四日目になる。

 当初の予定では、この都市に長く居座るつもりなんて少しもなかった。

 けど、ちょっとしたトラブルがあったせいで、不本意な足留めを食らっている。


 そのトラブルというのは……輝動二輪の故障。


 現在、BP750《ベルサリオンペサーレ》はホテルの裏で置物と化している。

 ウイングユニットをむりやり接続したのがいけなかったみたい。

 完全にエンジンがイカれ、アイゼン到着前にはマジで墜落するところだった。


 しかもウイングユニットの方も動かなくなっちゃったし。

 こっちは修理のあてはまったくない。


 乗り物なしで大陸を横断するのは無謀。

 特にここから先はグラース地方という小国地帯を通る。

 ゆっくり歩いていたら、来年になってもセアンス共和国に着かないわ。


 この間の王子さまに多少のお金をもらったとは言え、輝動二輪を新調するほど資金に余裕はない。


 なので、輝動二輪の整備をしてくれる人間を探してるんだけど……

 あいにくと、どこの業者も修理の受付をしてくれない。

 どうにも輝士用の機体整備で忙しいらしい。


 エヴィルとの戦争中だし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。

 とりあえず、あたしは停めてある輝動二輪の様子を見に行くことにした。

 素人目で見たところで何がわかるわけでもないけど、他にすることもないしね。


「あん?」


 停めてあるBP750《ベルサリオンペサーレ》の前に誰かいた。

 厳つい格好の二人組で、なんか知らないけど勝手に機体を動かそうとしてる。


「へへへ、どこの馬鹿だろうな。こんな所に大型輝動二輪を放置してるのは」

「エンジンが焼き付いてるが、売りゃかなりの金になるぜ」


 ……はあ。


 そりゃ、こんな所に置いておく方も悪いけどね。

 白昼堂々と窃盗とか調子に乗りすぎでしょ。


 いいところに煉瓦ブロックが落ちてる。


 あたしはそれを持ち上げた。

 こっそりと近づいて。

 せーの。


「おらぁっ!」

「ごっ」


 でかい方のやつの後ろ頭を思いっきりブロックで殴りつける。

 男は短い声だけを上げて、ばたりと意識を失った。

 めっちゃ流血してるけど気にしない。


「て、テメェ、何しやがる!? 俺たちを誰だと思って――」


 こーゆー手合いの脅しは無視が原則。

 馬鹿と会話することほど時間を無駄にすることはない。

 あたしは黙って血のついたブロックでもう一人の顔面を殴打した。


「あ、が……」


 はい、始末完了。

 死んでないといいわね。


「まったく。人の輝動二輪を盗もうなんて、とんだ大悪人ね」


 多少のストレス解消にはなったかな。

 人が来る前に機体を別の場所に移しちゃいましょ。


「おいコラァ! 何してんだァ!」


 と思ったら、路地の向こうから怒声を上げて男達が近づいてきた。

 そのうちの一人が血まみれの煉瓦ブロックを指さして叫ぶ。


「あれで殴ったのか!?」

「この女、頭おかしいんじゃねえの?」


 ちっ、仲間かしら。

 四、五……全部で七人。


 囲まれたらちょっとヤバい人数だ。

 かといって、輝動二輪を置いて行くわけにも行かないし……


 めんどくさ。


「きやー! 誰か助けって-!」


 とりあえず大声で叫んでみる。

 ここは別に繁華街から離れた隔絶街じゃない。

 被害者を装って騒ぎにすればこっちが有利になるはずだ。


「このアマ、なに叫んでやがる!」

「きやー! きやー!」

「黙らねえとぶっ殺すぞ!」


 男のひとりが掴みかかってくる。

 あたしはそれをさらりと躱し、そいつを睨み返しながら言った


「いいからさっさとどっか行きなさい。もうすぐ人が集まってくるわよ」

「ふざけんなクソ女! 俺らは『ブーザー』の構成員だぞ!」

「知るか」


 隔絶街を根城にしている少年グループって感じじゃない。

 多分、裏社会のチンピラって所かしらね。

 いい歳してるやつも多いし。


 世の中が混乱して輝士団が忙しいのを良いことに、好き放題に振る舞ってるバカ。

 そんなやつらに凄まれたところで怖くも何ともないわ。


「血の気が余ってんなら街の外に出てエヴィルと戦ってきたら? ま、あんたらみたいな臆病者にゃ、そんな度胸はないでしょうけど」

「この野郎……!」

「おい、やめておけ。こんな所で騒ぎを起こすな」

「ボス!」


 一番年長っぽい男が挑発されてキレかかってる若いやつを止める。

 さすがに大人だけあって、最低限の常識はわきまえてるみたいね。


 とか思ってたら。


「とはいえ、こちらにもメンツってもんがある。おい女。無礼な態度は特別に許してやる。だから、大人しくその輝動二輪を置いてどこかへ失せろ」


 バカじゃねえの?


「きやー! 犯されっる-! 誰か早くきーてえー!」

「おい!」

「凄んでみせりゃ女が言うこと聞くと思ってんなよ。カス」


 もう一度叫んだ後、めいっぱい睨みつけて挑発してやる。

 ボスとか呼ばれた男はあたしの迫力に怯えてたじろいだ。


「……ちっ、ガキを相手にしても仕方ねえ。ずらかるぞ」


 ありふれた捨て台詞を残して踵を返すボス。

 他のやつらも黙ってそれに従った。

 は、情けないやつら。


 最後にもういっちょ挑発してやろうかしら。

 いや、これ以上ややこしくしたら面倒なので止めておこう。

 さてと、それよりこの輝動二輪をどうにかして別の所に運ばなきゃ――


「ちっ、クソ女が!」


 ごち。


「痛っ!?」


 頭に何か固いものが当たった。

 痛む後頭部を押さえながら後ろを振り向く。

 視線の先には中指を立てるチンピラ。

 地面には拳大の石が落ちている。


 へー。

 なるほど、あっそ。


 ぶっ殺す。

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