667 贖罪

 それは絶対にあり得ないこと。

 けど、実際に目の前で起こったこと。


 、斬


 とすると、さっき黒将が空から落っこちたのは……飛翔の術を斬ったから?


「ま、待って待って! ちょっと待ってよ!」


 パニック状態で手を振る黒将。

 その姿に将としての貫禄は微塵もない。

 もとからそんなものないような気もするけど。


 もちろんナコさんは待ったりしない。

 黙って敵に近づき、撫でる様にカタナで斬る。


「ぎゃーっ!」


 うわあ。

 あれ、ほんとに怖いんだよねえ……


「待ってって……言ってるのにーっ!」


 黒将はナコさんに背を向ける。

 そのまま空を飛んで逃走を開始する。

 しかしナコさんがカタナを振ると、またもや浮力を失って墜落してしまう。


「そ、そうか、わかったぞ! おまえ!」


 黒将は地面に後ろ手をついた状態で、這うように逃げながら、怯えた目でナコさんを見上げ言った。


こいつ大賢者が東方に行ったときに出会った、不思議な力を持つ一族の生き残りだな!? 知ってるんだぞ! おまえら、こいつらが持ってきた西方のに免疫がなくて、村ごとみんな全滅しちゃったんだろ!」


 ……え?


「かわいそうになあ、こいつ大賢者、すっごい責任を感じてたみたいだぞ! せめてこっちに連れてきて面倒を見てやろうとしたのに、結局おまえまでおかしくなっちゃったって! でも、良いこと教えてあげるよ。おまえの――」


 ナコさんたちの住んでいた村が滅んだのは、先生たちのせい……?

 私にとっても衝撃的な、その話を聞いたナコさんの反応は、


「お黙りなさい」


 表情一つ変えずに黒将を斬ることだった。


「ぎゃーっ! まだ話してる途中なのに!」

「邪悪な者と語る言葉などありません」


 こわいこわい。

 めっちゃこわい。


「こ、このーっ! ならこれはどうだーっ!」


 黒将は自分の周囲に無数の氷の矢を発生させる。

 数は約五〇本、自分を中心に半円状に展開する壁のような氷の布陣だ。


「一つ一つの攻撃は防げても、これなら――」

閃熱白蝶弾ビアンファルハ!」


 私は六五の白蝶を放出した。

 氷の矢を撃ち貫いてナコさんを守る。

 ついでに余った分は敵本体に向かって突撃。


「うっぎゃー! か、回復……っ」

「させません」


 超高熱の集中砲火を食らった黒将は全身穴だらけになる。

 治癒の効果はナコさんが容赦なく斬って阻止。

 よし、これならダメージが通る!


「あっはっは……さっきはよくも、やってくれたわねぇ!」


 そこに鬼神のような形相をしたヴォルさんが参戦。

 ナコさんのおかげで輝粒子を散らしていた結界もなくなっている。

 彼女の拳から吹き上がった炎の輝粒子が黒将の身体を遙か上空へと打ち上げた。


「ひいーっ!」


 黒将が落下してくる。

 その姿が歪み、先生の姿を保てなくなる。

 元の黒い不定形に戻った黒将は、待ち構えていたナコさんに――


「終わりです」


 すぱっ、と真っ二つに斬られた。


「ぎゃーっ! 痛い、痛いよーっ!」


 半分にされても黒将はまだ死んでないみたい。

 二つになった身体の両方がうぞうぞと蠢いている。


「も、戻れ! 戻ってこい我が娘たち!」


 その叫び声に応えて、遠くから無数の黒い塊が飛んできた。

 自分の力を使って輝術に頼らない治療をするためか。

 それとも、あいつらに紛れて逃げる気?


「させない! 閃熱白蝶弾ビアンファルハ!」

「逃がすかよオラァ!」


 私とヴォルさんが同時に攻撃を仕掛ける。

 それを防ぐように、飛んできた黒い塊が割り込んだ。

 私たちの攻撃は黒い塊を容易く吹き飛ばすけれど、黒将の本体にまでは届かない!


「お嬢様! 今日の所は見逃してあげるよ! けど、次に会った時は――絶対ニ殺シテヤルカラナ」


 閃熱の光と炎の輝粒子の嵐の中、別人のように野太い声が聞こえた。

 その直後に黒い塊は一斉に消失し、後には何も残らなかった。


 ……逃げられた。




   ※


「ふぅ……」


 黒将を倒しきれなかったのは残念だったけど、一時のピンチを思えば助かっただけでも良かったかも。


 それも全部、意外な救世主。

 ナコさんのおかげだ。


「申し訳ありません、るうてさん。罪人の身で勝手な真似をいたしました」

「い、いえ。そんなこと……おかげで助かりました」


 正直、この人が来てくれなかったら、私たちは確実にやられていたと思う。

 無限の輝力で際限なく回復する黒将を倒す方法なんて、いくら考えても見つからなかった。


 そうなると、問題は……


「……」

「えっと……」


 ヴォルさんが私の肩に手を置いた。

 ナコさんはカタナを鞘に納めて彼女に差し出す。


「どうぞ。先ほどの続きをお願いします」


 ヴォルさんは差し出されたカタナを掴む。

 そのまましばらく何も言わずに黙っている。


「さっきは助かったわ」


 ナコさんの目を見ながら、ヴォルさんはぼつりと呟いた。


「けど、個人的な感謝を理由にアンタの罪を許すわけにはいかない」

「それは当然のことです。ですから……」

「だから」


 ヴォルさんはナコさんの言葉に声を被せ、カタナから手を離した。


星帝十三輝士シュテルンリッターの権限において、アンタに死以外の罰を与える」

「罰……ですか?」


 困惑したような顔のナコさんにヴォルさんはこう告げた。


「アンタは今後、その力を人のために使え。己が犯した罪に苦しみながら、この世界をメチャクチャにしようとしているエヴィルと戦え。そして、アンタが殺した人達よりも多くの人を救って、最期は戦いの中で死ぬんだ。それがアンタの受けるべき罰だ」


 その言葉はたぶん、彼女も予想していなかったんだろう。

 ナコさんは目を見開いてヴォルさんの顔を見ていた。


「……生きていても、よろしいのでしょうか」

「勘違いするなよ、許されたわけじゃないからな? もちろん、心変わりをしないよう監視は付ける。これからしばらくアタシたちの目の届く範囲で一緒に行動するんだ。まあ……ミドワルトから伝わった病が原因だっていうなら、多少の情状酌量の余地はあるかな」


 ヴォルさんはフッと笑った。

 彼女らしい明るい表情で。


「またさっきのアイツが出てきたら、その時は頼むぞ」

「……忝く、存じます」


 ナコさんは腰を折って深くお辞儀をした。

 この決定はたぶん、ヴォルさんにできる最大限の妥協。


 多くの人を殺めたナコさんの罪は決して簡単に許されることじゃない。

 けれど、彼女の力が戦いの中でとても役立つこともまた事実。


 だからナコさんには私たちと一緒に戦ってもらって……

 その中で、少しでも罪を償っていければいい。


「ってことだけど、ルーちゃんもそれで良いかしら?」

「はい、もちろん」


 殺された人たちのことを思えば喜ぶことはできない。

 けど、今はナコさんが許されたことを嬉しく思う。


「おーい! ルーチェ、ヴォルモーント、どこだ!?」


 と、上空から声が聞こえてきた。

 空飛ぶ絨毯に乗ったベラお姉ちゃんだ。

 黒将が黒人形を呼び戻したことで敵もいなくなったみたい。


「ベラちゃんも無事みたいね」

「お姉ちゃん、こっちこっち!」




   ※


 私は降りてきたベラお姉ちゃんに事情を説明した。

 黒将には逃げられたけど、ナコさんのおかげで助かったこと。

 そしてエヴィルと戦うため、しばらく私たちと同行してもらうこと。


「そういうことなら私は構わない。ナコ、ルーチェを助けてくれてありがとう」

「は、はい……」


 握手を求めるベラお姉ちゃん。

 その手をおずおずと握り返すナコさん。


「ナコさん」

「るうてさん……」

「これからよろしくお願いします。それと」


 正気に戻った今、これからのナコさんの行く道には辛い事ばかりが待っていると思う。

 けど彼女がもし、罪を償って、人生をやり直すつもりがあるのなら……

 私はそれを全力で応援したいと思う。


「また、ダイに会えるといいですね」

「……はい」


 ナコさんの瞳から、ひとしずくの涙が零れた。

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