第11章 魔王軍総攻撃 編 - great fierce battle -

660 ▽総攻撃命令

 暗雲立ち込めるプロスパー島。

 その奥地は遠雷にも似た轟音が響く。

 空にはぽっかりと黒い穴が空いていた。


 ウォスゲートである。

 異界とこの世界をを繋ぐ次元ゲートだ。

 この扉が開いた時から、世界は恐怖と絶望に浸食された。


 その下に奇怪な威容を誇る城があった。

 かつて人間達が『神都』と呼んだ街はもはや存在しない。

 街ごと押し潰す計画こそ大賢者の妨害で阻止されたが、直後に侵攻を受け滅ぼされた。


 栄華の跡、無機質な瓦礫の山を睥睨しつつ、第二魔王城は聳え立つ。


 ここはミドワルトにおける魔王軍の拠点である。

 その最奥部にはエヴィルの王、魔王と呼ばれる者がいる。


 魔王の眼前に五つの将たちが集まっていた。


「はい魔王様ーっ、魔王軍配下の将、全員集まりましたー」


 場違いに陽気な声を出すのは黒い塊。

 決まった姿を持たない不定形の体をした生物。


 黒将ゼロテクス。

 将の序列は、第五位。

 自他共に認める『最弱の将』だ。


「なあ魔王様よ、進軍を中止してまで将を集める必要なんてあったのかよ?」


 不満そうに呟くのは虎の頭を持つ獣人族。

 全身は雪のように真っ白な毛で覆われている。


 獣将バリトス。

 将の序列は、第二位。

 魔王軍随一の剛力無双の士である。


 彼はセアンス共和国攻略軍の長を任されている。

 軍を率いて大陸に移り、瞬く間に国土の北半分を攻め落とした。


 しかし先日は首都攻略戦に失敗。

 ヒトの反撃を受けて手傷を負った。


 バリトスは一刻も早く雪辱を果たしたいと思っている。

 魔王の命令とは言え、こんな後方まで下がる時間も惜しいのだ。


「バリトスの言うとおりだよォ! さっさとアタシを前線に戻せェ! アタシがこの手でヒカリの野郎をぶっ殺してやるんだからよァ!」


 大声でわめき散らすのは女性の将。

 長いオレンジ色の髪は怒りに揺らめいている。


 夜将リリティシア。

 将の序列は、第三位。

 ただし、現在その半身は大火傷を負って醜く傷ついている。


 彼女はマール海洋王国攻略軍を任されていた。

 その手腕は獣王よりも巧みで、島嶼部を覗く国土の大部分を侵略済みであった。


 だが、彼女は倒された。

 ヒトの側についた魔王の娘によって。


 部下も誇りも失い、命からがら生き延びたリリティシア。

 彼女の精神はもはや復讐心にのみ塗り潰されている。


「……ふん」


 半狂乱で叫ぶリリティシアを冷たい目で見る者がいる。

 ショートヘアの金髪に、全身真っ黒な衣服を纏った少女。


 妖将カーディナル。

 将の序列は、暫定第四位。

 かつての魔動乱期にはヒトから最強のケイオスと呼ばれた少女である。


 彼女はいわゆる『地上産』であり、正式な将ではない。

 黒衣の妖将という異称も人間が勝手に呼んだものである。


 カーディナルは元々、魔王を討伐するためヒトと共にビシャスワルトにやって来た。

 如何なる心境の変化があったのか、魔王に破れた後にその軍門に降ったのだ。

 死んだ邪将エビルロードに変わってこの場に立つ新参者である。


「静かにしろ。これより魔王様より新たな命が下る」


 そう告げるのは黒髪の青年。

 その声は静かだが、筆舌にしがたい迫力がある。


 竜将ドンリィェン。

 将の序列は、第一位。

 ビシャスワルトにおいて魔王に次ぐ力を持つ最強の将である。


「ちっ、偉そうにしやがって。たいして働いてもいねえくせに……」


 獣王は苦々しげに呟いた。

 今のところ、竜将は大陸への攻勢に加わっていない。

 配下の竜軍団を率いてプロスパー島の地盤固めに集中しているだけだ。


「なんでも良いんだよォ! さっさとヒカリを殺す許可を出せェ!」

「ぼくはできれば後方待機がいいなー、なんて……」


 各々の将が勝手に喋り出す。

 彼らに協調や仲間意識という言葉はない。

 ビシャスワルトでも特に強い五人が集められた、それだけの間柄である。


 そんな諸将を前に、黙って玉座に腰掛けていた魔王は一言。


「全ての将に告ぐ。ヒトの国家に対し総攻撃を開始せよ」


 短くそう命令を下した。


 その言葉を受けたリリティシアとバリトスの二人は、口元が裂けんばかりに好戦的な笑みを浮かべた。


「ハッハァ! さすが魔王様、話がわかるぜ!」

「いいねいいねいいねェ! それってつまり、ヒカリの野郎もぶち殺して良いって事だろォ!?」


 リリティシアの問いに魔王は肯定も否定もしない。

 己の娘に対して病的な殺意を持つ将を止めることはなかった。


「このタイミングで? 何かあったのかな……」


 ゼロテクスは独り言のように疑問を口にした。

 どうせ聞いても答えは返って来ないと知っている。

 魔王の無表情からは心中を推し量ることなどできない。


 代わりに、カーディナルがぽつりと呟いた。


が動き出したのかもな」


 ゼロテクスの問いに答えたのではない。

 内心で彼と同じことを思って仮定を述べただけだ。

 そんな彼女の言葉に反応を示した者はやはり誰もいなかった。


「それで、各将の配置は?」


 ドンリィェンが魔王を見上げて尋ねた。

 総攻撃と言われただけでは具体的な行動が決まらない。

 まさか「各々が好き勝手に暴れろ」と言いたいわけではないだろう。


「追って伝える」


 魔王はまたも短く答えると、玉座から立ち上がって謁見の間から去っていった。




   ※


 それから一時間後。


「はぁぁ、なんだこりゃあ!?」

「魔王様からの命令書で――」

「うるせえッ!」

「ぎゃっ!?」


 別室待機を命じられた将たちに、魔王からの直筆の命令書が届いた。

 リリティシアはそれを読んだ直後に書を運んで来た使者をひねり潰してしまう。


 錨の理由は命令書の内容に納得がいかなかったからだ。


「なんでアタシにヒカリの野郎を殺らせてくれねえんだよ!? つーか、シュタール帝国ってどこだよオラァ!」


 リリティシアが受けた命令は「シュタール帝国を攻め滅ぼせ」というものだった。

 彼女が以前に攻めていた国とも違う、まったく新しい攻撃目標である。


「俺様は引き続き中央の国セアンス攻めか! 今度こそあの街のヒト共をぶっ潰してやるぜハッハァ!」

「おいゼロテクス! テメエが受けた命令はなんだった!?」


 バリトスは恨みを持つ相手を殺す機会に恵まれ歓喜する。

 対して望んでいたものとは違う命令を受けたリリティシアは不満だった。


「えっ……えっと、なんか、東側の小さな国がいっぱいある地域を攻めてこい……だってさ」

「けっ! テメエもつまらない命令を受けてんなァ!」


 引きつったような声で答えるゼロテクスだが、命令書は見せようとしない。

 自分が受けたを言えば、絶対に面倒なことになるとわかっているからだ。


「人形! テメエはどうだった!? もしヒカリ抹殺の命令を受けてたらアタシと代われよ!?」

「ふん……」


 カーディナルは黙って命令書をリリティシアの足下に放り捨てた。

 そこには『ヒトの反撃に備えて城内待機』と書いてある。


「くははっ! 戦力外通告かよ、ダッセェの!」


 笑ったことで多少は溜飲が下がったのか、リリティシアは踵を返して、


「……んじゃ、行ってくるわ。ヒカリと出くわしたらぶっ殺して良いんだよな?」


 誰にともなく呟くと、そのまま部屋から出て行った。


「やれやれ。体調も万全じゃないっていうのに、ご苦労なことですねー。復讐に燃える女性は怖い怖い。命令を受け取ったらさっさと出て行っちゃったバリトスくんもだけど、どうしてみんなあんなに仕事熱心なのか、ぼくにはさっぱりわからないですよー」


 ぐちゃりぐちゃりと液体状に姿を変えながら、早口で愚痴を言うグロテクス。


「ねえ、ふたりとも待機命令だったんでしょ? どっちかぼくの受けた命令と変わってくれない?」


 部屋に残ったドンリィェンとカーディナルは不定形生物の言葉を無視する。


「……根暗なひとたちと一緒にいてもつまんない。あー。面倒だけど、魔王様の命令じゃやらなきゃしかたないからなー。リリティシアに恨まれるのは嫌だけど……」


 体内に取り込んだ命令書が泡を立て消化されていく。

 それが完全に溶けきった後、ゼロテクスは常と変わらぬ陽気な声で呟いた。


「魔王様に言われた通り、ヒカリお嬢様を始末してこよっと」

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