659 腕の痛み
私たちの乗った空飛ぶ絨毯は、五時間ほどでグラース地方に入った。
出発は昼前だったけど、もうすっかり辺りは暗くなっている。
真っ暗になる前に休むため近くの町に降り立った。
「エヴィルの襲撃は受けていないみたいだな……おっと」
ずっと絨毯の操縦を任せていたベラお姉ちゃんは疲れたのか、地面に降り立つと足元がふらついた。
「大丈夫?」
「少し休めば問題ないよ」
「無理しないでね。次は私も操縦を変わるから」
さて、それじゃ……
「お姉ちゃん、ここはどこの国のなんていう町かわかる?」
「ちょっとわからないな。さすがにグラース地方の詳細地図までは持っていない」
「じゃあ、まずは情報収集からだね。今日はもう間違いなくこの町に泊まるよね? お姉ちゃんは疲れてるみたいだし、先に宿を取ってきてもらえるかな。ヴォルさんはその間に本屋さんか雑貨屋さんに行って地図を買ってきて。私は日暮れまで町中でエヴィルの目撃情報がないかの聞き込みしてくるから、それが終わったらみんなで晩ご飯にしよう!」
「あ、ああ……」
「? どしたの?」
お姉ちゃんはなぜか戸惑った様子だ。
私、何か変なこと言った?
「いや、立派になったなあと思って」
「ルーちゃんすごい。アタシたちのリーダーね」
はっ。
言われてはじめて気づいた。
私、無意識のうちに二人に指示を出してたよ。
お姉ちゃんはファーゼブル王国の天輝士。
ヴォルさんはシュタール帝国の星輝士一番星。
二人ともすごく偉い輝士さまなのに、私なんかがなんでリーダーを気取っているのか。
「ご、ごめんなさい。偉そうなことを言いました」
「いいんだ。ただ、少し驚いたというか、意外だったからさ。あんなにかわいかったルーチェも、旅の中で成長したんだなあ」
感慨深そうに目を閉じてうんうん頷くベラお姉ちゃん。
そんな風に言われると、ちょっと恥ずかしいよ。
「アタシはルーちゃんの指示に従うわよ。言ってくれれば何でもやるからね。んじゃ、とりあえず地図を探してくるわ」
「あ、はい。お願いします」
「私は宿を探しに行こう。集合時間と場所はどうする?」
「あ、はい。それじゃ、六時にあそこの時計の下で」
「了解だ」
「じゃ、また後でねー」
行動が決まると素早く走っていく二人。
えっと、本当に私がリーダーでいいのかな……
「聞き込みしなきゃ……」
そういうの向いてないって、マール王国の時にわかったんだけどなあ。
※
日暮れギリギリまで町の人にいろいろと聞いてみたけど、特にめぼしい情報はなかった。
わかったのは、どうやらこの辺りはまだエヴィルの侵攻を受けていないってこと。
ゲートが開く前と比べて特に生活が変わったこともないようだ。
二人と合流して宿の食堂へ。
ヴォルさんが買ってきた地図を見ながら今後の作戦会議。
「この町はイスターって国の首都らしいわね」
イスター国はグラース地方の中央やや南側にある小国。
王様とかは特にいなくて、セアンス共和国みたいな議会があるらしい。
新式流読みで調べたところ、町の人口は四五六二人。
近隣三〇キロ圏内に三つほど村がある。
「ルーちゃんがいるなら地図とかいらなくない?」
「いや、地形まではわからないから」
明日からは大きな町を中心に、いくつかの地域をまわって調べてみようと思う。
王宮輝術師さんの言っていたことが正しいなら、既にエヴィルに襲われている地域もあるはずだ。
とりあえず食事が終わったら今日はもう寝よう。
食堂の二階、宿屋の三人部屋に移動する。
「私ここー!」
私が窓際のベッドを取ろうとすると、
「アタシが先にルーちゃんの隣を取ったのよ!」
「寝ぼけるな。ここは私のベッドと最初から決まっている」
お姉ちゃんとヴォルさんのどっちが隣で寝るかで揉め始めたよ。
仕方ないので間を取って私が真ん中で寝ることに。
ほんと、子どもみたいなんだから……
二人の仲が良いのはわかったから、つまらないことでケンカしないでよね。
「おやすみなさい」
※
がばっ。
眠りに落ちてからどれくらい立ったかはわからない。
外の景色はまだ真っ暗なので、それほど時間は経ってないと思う。
私はふいに目を覚まして、ベッドから飛び起きた。
「あら、どしたの?」
窓側のベッドを見ると、ヴォルさんが起きて本を読んでいた。
枕元のテーブルには小さなランプの灯がともっている。
「エヴィルの大群です」
私は彼女に異変を察知したことを説明した。
ヴォルさんは即座に本を閉じて起き上がる。
「数と場所は?」
「全部で五七体。動物型が多いです。三〇キロほど北側から、まっすぐこの町に向かってる。それから、進路の途中に小さな村があります」
「わかったわ。ベラちゃん、起きなさい!」
ヴォルさんは持っていた本をベラお姉ちゃんのベッドに投げつける。
お姉ちゃんは不機嫌そうな声を出して目を覚ました。
「なんだよ……」
「ルーちゃんがエヴィルの気配をキャッチしたわ。すぐに向かうわよ」
「っ!? わかった!」
さすがは天輝士、状況を把握したら行動は早い。
私たちは素早く戦闘ができる服装に着替え、空飛ぶ絨毯を持って窓から外へと飛び出した。
※
私たちの乗った空飛ぶ絨毯は夜闇を切り裂いて飛んでいく。
かなりの速度で飛ぶけど、このペースじゃたぶん間に合わない。
「エヴィルが途中にある村に差し掛かるまで、あとどれくらいだ!?」
「このペースだと、五分くらい……!」
「ちっ……」
お姉ちゃんは全力で絨毯を飛ばしてくれている。
これ以上のスピードは期待できそうにない。
「アタシが先行しようか? 本気を出せばこの絨毯よりも速く着けると思うわよ」
「五分で着けるの?」
「……十二、三分は掛かると思う」
さすがのヴォルさんでも無理みたい。
そもそも、村が私が感知できる範囲スレスレにある。
言い訳するつもりはないけれど、気づいたときにはすでに遅かった。
だからと言って、大勢の人が危険に晒されるのを、諦めて見過ごすなんてことはできない。
「私が先に行くよ」
私は絨毯の上で立ち上がり、背中から真っ白な翼を拡げた。
「うわっ、なにそれ!」
「
この術はものすごく速く飛べる代わりに、恐ろしく輝力消費が激しい。
せっかく溜めた輝力もかなりの量が失われてしまう。
けど、今はこれを使うしかない。
「わかった。任せるが、無茶はするなよ」
「うん」
「アタシもすぐに追いかけるからね!」
「待ってるよ」
私は二人に親指を立てると、
さっきまで乗っていた空飛ぶ絨毯をぐんぐんと引き離して飛んでいく。
正直、これでも間に合うかどうかは微妙なところなんだけど……
「……あれ?」
「どうした」
私が呟くと、頭の上に乗っているスーちゃんが話しかけてきた。
「なんか、エヴィルの数が減ってるような気がする」
「気のせいじゃないのか?」
「確かめる」
夜風を切って飛びつつ、、新式流読みで前方の様子を調べる。
……
やっぱり間違いない。
さっきまでエヴィルは五七体だった。
それが今は四二、いや四一、四〇……三九?
リアルタイムでみるみる数を減らしてる!
「どうした。何が起こってるんだ」
「わからないよ」
どっちにしても、急いで行ってみるしかない。
※
私がその場所にたどり着いたときには、エヴィルの数はゼロになっていた。
空から見る眼下の景色にはだだっ広い草原が広がっている。
そのあちこちに月光を浴びて輝くエヴィルストーンが転がっていた。
無数の宝石の中心に、その人は立っていた。
彼女は上空にいる私に気づいて顔を上げる。
あり得ない。
だって、彼女は。
あのとき死んだはずなのに。
「あらあ?」
前合わせの異国風衣装。
右手にはだらりと下げた片刃の剣。
そして夜闇の中にあってなお暗い、漆黒の髪。
「痛っ……!」
私の右腕にとっくに忘れたはずの感覚がよみがえる。
体を真っ二つにされても感じなかった、痛みという感覚が。
「お久しぶりですね、るうてさん」
「ナコ、さん……?」
狂気に囚われた、惨劇の女剣士。
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