653 アイドルライブ

「ほらルーチェ、アイスクリームだぞ。あーん」

「あーん」

「しかし高層棟トゥルムというものは凄いなあ。ファーゼブル王国にもいつか建設されるのだろうか?」

「できたら良いよね」

「次は服を見に行こう。そうだ、新しい術師服を買ってやろうか」


 なんだかお姉ちゃん、ものすごくはしゃいでる。

 こんな姿を見るのは初めてなので少しだけおかしかった。


「ふふっ」

「? どうした」

「べーつに」


 再会してからの意外な姿に、ほんと言うとちょっとびっくりしてた。

 けど、お姉ちゃんだってよく考えたら、私と二つしか違わない女の子だもん。

 憧れとか、立派な先輩だとか、そういうのを抜きで見てみた等身大のベラお姉ちゃん。


 ありのままの姿が見られたのは、ちょっと嬉しいかも。

 少しはお姉ちゃんに近づけた証拠かな?

 なんてね。


「歩きっぱなしで疲れただろう、そこのベンチで休憩しようか。ジュースを買ってくるよ」

「うん」


 駆け足で露店に向かうお姉ちゃんを見送って、私はひとり空を見上げた。


 雲ひとつない晴天。

 冬なのにほのかに暖かい陽気。

 帝都アイゼンの繁華街は平和そのものに見えた。


 ここシュタール帝国は、未だに本格的なエヴィルの攻勢を受けていない。

 連合輝士団として前線に兵士を送ってはいるけど、一般の人はまだ戦火とは無縁。


 地獄のようだったマール海洋王国の惨状を思えば、まるで別世界のよう。


 思い出したら辛くなってきた。

 あんな悲劇をこれ以上増やしたくない。

 だからこの休息が終わったら、もっと頑張って戦わなきゃ。


「ん?」


 ふと、どこからか音楽が聞こえてくる。

 明るい感じの演奏と軽快な歌声だ。


「お待たせ」


 お姉ちゃんがジュースを持って戻ってくる。

 音楽はそっちの方から聞こえてきてるみたいだ。


「何かやってるの?」

「広場で音楽のライブコンサートをしているみたいだな」

「ライブ!?」

「行ってみるか?」

「いきたい!」


 帝都アイゼンの歌手は全然知らないけど、他の輝工都市アジールの音楽とか、かなり興味ある!


「はい」

「ありがと」


 お姉ちゃんからジュースを受け取る。

 私たちは誘われるように音楽の聞こえてくる方角へと向かった。




   ※


 大きめの広場に特設ステージが作られている。

 広場自体はかなり大きく、学校のグラウンドよりも広い。

 そこは現在、立錐の余地もないほど大勢の人で埋まっていた。


『みなさーん、今日はどうもありがとー☆』

「うおおおおおおお!」


 ステージ上の女の子の声に会わせて、観客たちが大きな感性を上げる。


『それじゃ最後の曲、いっくよーっ☆ きらりんナハト!』


 演奏が始まった。

 ステージの上にいるのは三人。

 ボーカルの女の子に、ギターとベースを持った男性ふたり。


「うおーっ、フリィちゃーん!」

「愛してるよー!」


 歌っている女の子は、とにかく派手な格好をしていた。


 長い髪はカラフルな虹色。

 頭と胸と頬に星形のアクセサリー。

 どことなく学校の制服っぽいけど、肩やお腹を出した露出の多い衣装。

 声は高く、歌い方もきゃぴきゃぴしてて、いかにもアイドルですよって感じ。


「きゃー! マルス様ー!」

「お菓子王子も、こちらをご覧になってー!」


 演奏をしている男の人たちはそれぞれ黒と白の派手な羽根つきスーツを着てる。

 遠くて顔はよく見えないけど、かなりの美形っぽい。

 観客の中には女の人もたくさんいた。


「な、なんか、すごいな……」


 演奏の音の大きさと観客の盛り上がりで広場は熱気まみれ。

 ベラお姉ちゃんはそんな雰囲気に圧倒されてるみたい。


「これ、どういうライブなんだろ?」


 私たちは別にお金を払って入場したわけじゃなく、誰でも広場に入れるようになっている。

 これだけの人が集まってるんだから、ただの無名な歌手じゃないと思うんだけど。


「あの、すいません」

「あん?」


 私は近くにいた人に尋ねてみる。


「このグループ、なんて名前なんですか?」

「は? あんた『グラウ☆レヴォル』を知らないのかよ」


 やっぱり有名なグループみたい。


「今や帝都のトップアーティストだぜ。星帝十三輝士シュテルンリッターの三人で構成された、新進気鋭の音楽グループだよ」

星帝十三輝士シュテルンリッター!?」


 私は思わず大声で聞き返してしまった。

 いや、星帝十三輝士シュテルンリッターって、この国の偉い輝士じゃないの?


 ヴォルさんは戦わないからって除名されたのに。

 世界が大変な時に一体なにをやってるのか。


「もちろん本職は立派な輝士様だぜ。今だってエヴィルが表れたら武器を取って真っ先に戦ってくださる。ただ、あの人たちはそれだけに留まらねえんだ。こんな暗い時代に倦んでる人々を元気づけようと、戦いがない時はこうやって音楽活動をして、市民を楽しませてくれてるんだ」

「へ、へえ……」


 それはすごいんだか、すごくないんだか……


 そういえば、あの女の子、よくみると拡声器マイクを持っていない。

 それなのにこれだけ声が響くって事は、もしかして風拡声ウェン・スピーカーでも使ってるのかな?


 私は改めてステージ上の星帝十三輝士シュテルンリッターらしい女の子を見た。

 と、その瞬間。


『……っ!?』


 女の子の声がふいに途切れた。


「フリィちゃん!?」


 観客たちの心配そうな声が反響する。

 演奏は続いたまま、ギターの男性が彼女を小突く。

 女の子は大げさな仕草で「ごめんね」ポーズを取ると、何事もなかったようにまた歌い始めた。


 なんだったんだろう?




   ※


 一応、最後まで曲を聴いてから、私たちは広場を離れた。

 あの人数が一斉に出口に殺到したら、なかなか出られなくなりそうだったからね。


「どうも理解できない音楽だったな……」

「そう? 私はわりと好きだけど」


 お姉ちゃんはアイドルグループがあまりお気に召さなかった様子です。


「でもさ、あの人たちが星帝十三輝士シュテルンリッターってのは驚いたよね」

「確かに。この国の輝士はいろいろなことをやっているんだな」

「すごいとは思うけど、あんな事してていいのかな?」

「民の慰安というのは立派ではあるが、やはり輝士は剣を取って戦うべきでは……」


 ふたりでそんな感想を語り合いながら、そろそろヴォルさんの家に戻ろうかと話していると。


「失礼。そこのお方」

「ちょっとお話をよろしいでしょうか?」


 とつぜん後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、派手な白と黒の衣装を着た男性たちが立っていた。


 片方はさらさらショートの正統派美少年。

 もう片方は金髪くせっ毛のふわふわお菓子系男子。

 どちらもちょっとびっくりするくらいの超絶イケメンだった。


 っていうか、この人たち……


「あっ、さ、さっきのアイドルの人たち!?」

「追いついて良かった。突然すまないね、僕のことを覚えているだろうか?」

 

 そんなことを尋ねてくる正統派イケメンさん。

 さっきは気づかなかったけど、この人とは以前に会ってるよ。


 星帝十三輝士シュテルンリッターの超絶イケメンと言えば……


「えっと、六番星のマルスさんでしたっけ?」

「今は繰り上がって四番星だけどね。覚えていてくれて嬉しいよ、ルーチェさん」


 マルスさんは普通の女の子なら一発で落ちちゃうようなとびきりのスマイルで微笑んだ。

 彼とは以前、カーディが起こした吸血鬼事件の時に少しだけ話をしている。


 自信満々だったのにあっという間にやられちゃった人だ。


「あの黒衣の妖将を倒した、伝説の輝術師ルーチェ様。また会えて本当に光栄です」


 一方、こっちのふわふわ男子の方は見覚えがない。

 口ぶりからすると以前に私と会ってるみたいだけど。


「失礼ですが、あの東国の少年は元気でしょうか?」

「東国の……って、ダイのこと?」

「ええ。彼に敗れたことがきっかけで、ぼくは大きく変わることができたのです。次に会った時はぜひともお礼を言いたいと思っていたのですが」 

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