594 おさけを飲みます

 と、思ったら、急に真っ暗になった。

 目を開ければ代わり映えのない天井が見える。


「なんで中断したの?」

「客だ」


 スーちゃんが親指で扉をさす。

 こんこん、ノックの音が聞こえた。


「はーい」


 気づかなかったよ。

 映像の最中は音が聞こえないみたい。

 私はベッドから起き上がり、返事をしながら扉を開けた。


「すまない、もう寝ていたか?」

「あ、いえ」


 廊下にはアヴィラさんがいた。

 手に何やら黒いビンを持っている。


「君に何か礼をしたいと思ってな。酒は飲めるか?」

「あ、えっと……」


 どうやら葡萄酒ヴィンを持ってきてくれたらしい。


 私は未成年なので……と、言おうとして、ふと思い出す。


 私もう一八歳だ。

 寝ている間にお酒が飲める歳になっていた。

 国によって飲酒年齢制限は違うけど、ファーゼブル王国の法律ならOK。


 でも正直言って、お酒はちょっと苦手。

 うちのお父さんに無理やり付き合わされた記憶しかないし。

 でも麦酒エールは苦いし、葡萄酒ヴィンは辛くて、美味しいと思ったことはない。


 酔った感覚はふわーっとして好きなんだけど……


「もらっておけよ。飲用アルコールは輝力回復を促進する効果があるぞ」


 迷っている私にスーちゃんが言った。


「それに、安物じゃないんだろ?」

「もちろん、とっておきの優れた年代物グレートヴィンテージだ」


 まあ、そういうことなら……

 良い葡萄酒ヴィンってかなり高価だって聞くしね。

 私のために出してくれるっていうなら、断る方が失礼だよね。




   ※


 と言うわけで、ダイニングに来た。

 シスネちゃんたちはもう寝ているらしい。


 私はテーブルの上に置かれた葡萄酒ヴィンのボトルを眺めながら、簡単な料理を作っているアヴィラさんを待った。


「気をつけろよ。礼とか言いつつ、酔わせて襲う気かもしれないぞ」

「アグィラさんはそんなことしないよ」


 にひひ、と笑うスーちゃん。

 私はまともに取り合わなかった。

 スーちゃんも冗談で言っただけみたい。


 やがて、アヴィラさんがお皿をふたつ運んで来た。

 チーズとふかふかのお芋、そしてケチャップの匂いが漂ってくる。


「わあ」


 ジャガイモのチーズ焼きだった。

 夜中なのに、すごく食欲がそそられる。


「こんなモノしかなくてすまんな。本当は肉でも出せれば良かったんだが」

「ううん。とっても美味しそう」


 アヴィラさんが寝込んでから、ずっとお豆のスープしか食べてなかったからね。

 私が悪いから文句はないんだけど。


「そういえば、風邪は治ったんですか?」

「ほとんど問題なくなった。明日には完治してるだろう」


 よかったよかった。


 アグィラさんはお皿をテーブルに置いた。

 一度キッチンに戻ってから、グラスを持ってくる。


「でかっ」


 うちにあった葡萄酒ヴィンのグラスは、片手で収まるくらいだった。

 けど、このグラスは私が知ってるやつの二倍から三倍くらいある。


 手で持ってみる。

 ガラスがすごく薄くて軽い。

 力を込めて握ったら割れちゃいそう。


「冷めないうちに食べてくれ」


 アヴィラさんはボトルを手に取ると、ナイフでスッ、スッ、スッ、と三回角度を変えて切れ込みを入れてラベルを剥がした。


 コルク抜きを回して差し込む。

 ポンと軽い音を立てて栓が抜ける。


 おお、カッコいい……


 高めの位置でボトルを傾け、ジョボジョボとグラスの四分の一くらいまで注ぐ。

 すると、まるでスミレの花のような香しい香りが立ち上った。


「おわっ、なにこれ!」


 すごく良い匂い!

 葡萄酒ヴィンってこんな香りがするものだっけ?


 アヴィラさんはグラスのステムを持ち、テーブルに置いたまま円を描くようにくるくると回してから私の前に差し出してくれた。


 えっと、たしかグラス本体ボウルじゃなく、足の部分を持つんだったよね……?

 で、飲む前にくるっと回して……


「マナーなんか気にしないで良いから、好きなように飲んでくれ」

「あ、ありがとうございます……じゃあ、いただきます」


 両手で足の部分を持って息を吸い込むように口に含む。


「わっ、おいしい!」


 ごくりと喉を通した瞬間、焼けるような熱さが体中に染み渡った。

 すごく味が濃くて、花のような果実のような味わいが口いっぱいに拡がる。


 私が家で飲んだ葡萄酒ヴィンとは全然ちがう。

 びっくりするくらい美味しい。


「すごくおいしいです」

「それはよかった」


 アヴィラさんは自分のグラスにも少量だけ注ぐ。

 テーブルの上でくるっと回して、そっと口元に運ぶ。

 おお、かっこいい。


 私も真似して回してみる。

 くるくる。


「古い友人からもらったファーゼブル王国中部地域TCN産の『女王の酒パラ・レジーナ』という年代物の葡萄酒ヴィンでな。新代歴九八二年産の逸品だ」


 なんかよくわからないけどすごそう。


「そんな良いモノもらっちゃって良かったんですか?」

「恩人への礼と思えば安いものだ。遠慮しないでどんどん飲んでくれ」


 それじゃお言葉に甘えて……

 ごくごく、超おいしい。


「あんまり一気に飲むと悪酔いするぞ」


 スーちゃんに窘められる。

 でもこれ、止まらないよ。


 あ、おじゃがもいただきます。

 ぱくぱく。


「ふわあ……」


 なんか頭がぽーっとする。

 すっごく良い気分……♪

 体も熱くなってきた。


「あーあついあつい」

「お、おい、君……」

「はいストップ。こいつ酔うと脱ぎ出す癖があるの忘れてた」


 火照った肌がひんやり涼しい。

 まだまだ飲めますよ。


「ほらルーチェ。部屋に戻るぞ」

「スーちゃんが名前で呼んでくれた! 抱きしめてあげる!」


 すかっ。

 ちいっ、触れぬだと。


「なぜスーちゃんは抱きしめられないのか!」

「うるさい。いいから立て」

「まだ飲むのー」

「ダメだ。悪いなおっさん、部屋に戻るわ」

「いや、こちらこそ済まない。まさかそれほど酒に弱かったとは……」

は弱くありません。むしろ最強です。エヴィルだっていちころです」

「黙ってろ酔っ払い」

「きゃはははははっ☆ たーのしー!」

「黙れ」


 あー、なんか体がふわふわ浮いてる、TANOSIIき、ぶ、んー。


「浮くな、降りてこい! 輝力の無駄遣いすんな!」

「ところで久しぶりに花火とか見たいと思わない?」

「それぶっ放したらマジで強制的に眠らせるぞ」


 世界がキラキラ輝いてるよ。

 生きてるって素晴らしいことなんだね!


「この世界は絶対に私が護ってみせる!」

「明日から頑張れ、今日はもう寝ろ。あと上着を着ろ」

「アグィラさん。葡萄酒ヴィン、もう一杯もらって良いですか?」

「いや、もう止めておいた方が……」

「わーい。いただきます」


 じょぼぼ。

 ごくごく。

 ぱくぱく。


「ごちそうさまでした。おじゃが美味しかったです」

「あ、ああ。いや、下げなくて良い。後片付けは私がやろう」

「何から何までお世話になりました。明日からがんばります。シスネたんのためにも」

「この馬鹿、また飲みやがって……ほら、もう行くぞ」

「でも、歯を磨かなくっちゃ!」

「黙れ。それじゃおっさん、また明日な」

「おやすみなさい、アグィラさん!」

「あ、ああ、おやすみ」


 私は幸せな気分で部屋に戻りますよ。




   ※


「わーい!」


 部屋に戻ってくると、ベッドにだいぶとぅーほわいと!


「暴れるな! 埃が舞う!」

「そうだスーちゃん、さっきのつづき!」


 神話戦記の映像!

 未知の古代都市に人型機械マキナ


「その状態で見るのか……?」

「どの状態でも見るんだよ」


 知らざれる神々の時代。

 偽りの歴史の真実。

 わくわく。


「どうせすぐ寝落ちするだろうけど……ほらよ」


 仰向けになって目を瞑る。

 さっきの映像の続きが流れてきた。


 それは高層棟トゥルムよりも遙かに高い無数の建築物。

 どこまでも続く都市の景色に、大空を飛ぶ、幾つもの――


「ぐう……」

「せめて布団は掛けて寝ろよ」  

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