592 弱点
真っ白い閃熱の翼を広げて空を飛ぶ。
太陽はまだ高いのに、空は夕焼けみたいな茜色。
異常の原因は、この国を支配してる『夜将』のせい。
そいつの邪悪な力によって空がおかしくなってしまったらしい。
「レトラさんの手、治してあげたかったなあ……」
なんとなく陰鬱な気分になりながら呟いた。
レトラさんはさっきの町で助けた片腕の女の人。
牛面族の拷問で右腕を斬り落とされてしまったと言っていた。
あのままじゃ気の毒だし、治癒術で元に戻してあげようとしたんだけど……
「無茶言うな。あんな術を他人に使ったら、下手すりゃ発狂して死ぬぞ」
スーちゃんに全力で止められてしまった。
身体の欠損を治せるのは、基本的に高度の
切断された部位が残っていれば、他の系統でも治せるかも知れないらしいけど。
私がさっき自分の腕を治すときに使った、
あれは系統で考えれば、
つまり、同じ性質を持っている。
あれを使えば斬られた腕はたぶん治る。
その代わり、腕を失った時の数倍の痛みがやってくる。
自分の体験を元に考えれば、試しにやってみるにはあまりにリスクが高い。
「どうしても治してやりたきゃ、
「それか、私が使った痛み止めのクスリをどっかで手に入れるとか」
「それはあまりオススメしない」
※
食料の採集場所に戻ってきた。
籠の中には木の実や果物が入ったまま放置されている。
よかった、盗まれたりしてなかったよ。
はやくこれを持ってアグィラさんたち小屋まで帰らなきゃ。
私は籠を背中に……
担ごうとして、手を止めた。
これ背負ったままじゃ翼が出せないや。
「抱えて行けよ」
「そうする」
ちょっと持ちにくいけど仕方ないね。
背負ったまま翼を出したらぜんぶ燃えちゃうし。
籠のヒモ部分を腕に通して持ち上げて、改めて空を飛ぶ。
「あうっ」
う、腕が痛い……
背負うなら問題ないけど、手で持てるような重さじゃないよ。
「欲張って籠いっぱいに詰めるからだ」
「でも捨てるのはもったいないよ。どうしよう」
「輝力で身体強化すればいいだろ」
「スーちゃんは頭いい」
言われた通り輝攻戦士の要領で全身に輝力を行き渡らせる。
ずっしりと重かった籠が嘘のように軽くなった。
「よし、それじゃ帰――」
……あれ?
「どうした」
「いや、なんか」
私は籠を持ったまま、ゆっくりと地面に降りた。
背中の翼が小さくなってるような気がする。
それに、なんだか……
「ねむい……」
急にものすごい眠気が襲ってきた。
まぶたが異様に重くて、目を開けていられない。
「……っ! おい、翼を消せ!」
「はい……?」
「はやく! 身体強化もすぐに止めろ!」
なんなのよ、もう。
私はすべての輝力の放出を止めた。
その途端、一瞬前までの眠気がスッと引いていく。
「あれ、スッキリした?」
「やっぱりか……」
なになに。
ひとりで納得しないでよ。
「お前、今日はこれ以上の輝術を使うな」
「いやいや。空飛ばないと、これ持って帰れないし」
「背負って歩いて行け。魔王の爪痕を越える時だけは
「だからなんで」
私が文句を言うと、スーちゃんは頭の中に情報を送ってきた。
※ 輝力欠乏症について
生物が体内の輝力を使い果たした時に陥る症状です。
一度でも体内の輝力がゼロになると、強制的に睡眠状態が続いてしまいます。
何らかの処置を行わない限り、自然治癒が完了するまで長時間目覚めることはありません。
「知ってるけど、これが何?」
「今の眠気はその兆候だ」
えっ。
「お前の輝力は既に底をつきかけてる。このままの調子で輝術を遣い続ければ、遠くないうちにゼロにななってしまうぞ」
私は過去に二度輝力欠乏症にかかったことがある。
一度目はフレスさんに取り憑いたスカラフと戦った時。
意識が暴走したせいで力を使いすぎて、二週間目覚めなかった。
そして二回目は、ビシャスワルトから戻ってから、ついこの間まで。
私はなんと十一ヶ月もずっとベッドの上で寝たっきりだった。
「えっと、それじゃ」
「今もかなり危ない状況だ。下手したらまた数ヶ月眠りっぱなしになる」
マジか。
「魔王の血を引いてるとは言え、お前の体はほとんど人間と変わりない。簡単に言えば、輝力容量はあまり多くないんだよ。あんな高威力の術をバカスカ撃ってたらすぐに空っぽになっちまう」
「そ、そうだったんだ」
まさか、そんな弱点があったなんて。
せっかく誰にも負けない力を手に入れたと思ったのに。
まあ、体がほとんど人間と変わらないってわかったのは嬉しいけど。
「これからどうしよう」
「安心しろ。輝力を使い果たす前に十分な休息を取れば、自然と回復するはずだ」
「明日になれば元通りになってるってこと?」
「さすがに一晩で全快は無理だろうな。今日使った分を取り戻そうとしたら、少なくとも十日は必要だ」
「十日に一回しか戦えないのか……」
「そんなことないぞ。さっきのお前の戦い方はかなり無駄が多かった。閃熱の翼なんか常に輝力を放出しっぱなしだからな。上手く節約すればもっと長く戦えるはずだ」
言われてみればそうかも。
考えなしに戦うのはダメだってことだね。
次からは最低限の術で敵を倒せるように工夫しなきゃ。
「ともかく、今日はこれ以上の輝術を使うな。早く帰ってゆっくり休め」
「そうする……」
歩いて帰るのは大変だけど、また眠っちゃったら大変だし。
これから始まる、ビシャスワルト人への反抗。
やっぱり楽にはいかなそうだなあ。
※
「ぜぇ、ぜぇ……」
普通に背負うには重すぎる荷物を担いで、なんとか小屋まで戻ってきた。
一度だけ消耗の少ない
二時間くらいは歩いたのかな?
空の色はすでに嫌な感じの紫色に変わってる。
乗物も輝術もなしで移動するのって、大変なんだね……
もう全身汗だくですよ。
はやくお風呂に入りたい。
「た、ただいま~」
背負っていた荷物を下ろして、扉をノックする。
小屋の中からドタドタと足音が聞こえてきた。
「聖女のおねえちゃん!?」
勢いよく扉が開き、出迎えてくれたのはシスネちゃんだった。
「ただいま。ごめんね、遅くなって……」
「ううん。無事でよかっ――」
私と顔を合わせると、彼女の動きが凍り付いたように停止する。
「? どうし……」
「ごめんなさい、まちがえました!」
ばたん。
扉を閉められちゃった。
シスネちゃんは小屋の中に引っ込んでしまう。
えええ、なんで!?
「シスネちゃん!? 間違えてないよ、私だよ!」
「アグィラ! アグィラ! 大変! 外にエヴィルがいる!」
「エヴィルじゃないよ! 何言ってんの!?」
ノブを回して扉を開けようとする。
中から鍵を掛けられてしまっていた。
「どういうことなの……?」
「いや、だってお前。ツノつけっぱなし」
あっ。
スーちゃんに言われて思い出した。
あの時に冗談でつけたツノ、そのままだった……
「ちょっと、これどうやって取るの!?」
「だから外れないって。一回つけたら、死ぬまで」
「いやいやいやいや!」
まって。
これじゃ町にも入れない。
「そうだ! 頭のくっついた部分だけ、
「良い考えだけど、下手したらそこだけハゲるかもな」
「いやああああああ!」
「どっちにしても今は無理だぞ。輝力不足だし」
なにやってんの、あの時の私!
ほんと、ばかな自分をなぐりたい!
結局、アグィラさんに扉越しに事情を説明して、なんとか中に入れてもらうことができました……
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