589 囚われの人々

 というわけで、町の中に入ったよ。


 規模は普通の地方の町って感じ。

 大きくもないけど、特に小さいわけでもない。

 たぶん普段だったら、数百人くらいの人が住んでいるはず。


 ただし、そこはもう普通の町じゃなかった。

 入り口から見えるだけでもいくつかの建物が崩れている。

 道端の雑草は伸び放題で、まったく手入れをされている様子もない。


 そして、普通にビシャスワルト人が歩いてた。


「ねえねえ」

「あん、誰だお前?」


 私は牛頭のビシャスワルト人に話しかけた。


 牛面族って言うんだっけ?

 見た目は外にいたやつと同じにしか見えない。

 クインタウロスとの違いは、ツノの大きさと体毛がないくらいかな?


 私が頭にツノをつけてるからか、牛頭はあまり攻撃的な雰囲気じゃない。

 こっちから不意打ちで攻撃するのはちょっと気まずいかな。

 えーっと、どうしよう。


「ここは人間の町なんで、出て行ってくれない?」


 とりあえず素直に用件を伝えることにする。

 話し合いが通じるとも思わないけど。


「はぁ? 何言ってんだお前?」


 やっぱり変な顔された。

 いや、最初から変な顔だけど。


「お前は無駄に律儀だな。やるなら黙ってやっちゃえよ」


 スーちゃんが煽る。


「それじゃこっちが悪者みたいじゃない」

「甘いこと言ってるとやられるぞ」

「でもさあ……」

「妖魔族と、そっちは妖精族か? こっちの世界で部族争いは御法度だぞ。領地の交換が希望なら、奥にいる隊長ケイオスに話を通してくれ」


 こいつは私とスーちゃんをビシャスワルト人と思っているみたい。

 ツノと閃熱フラルの翼が意外なところで役に立ったね。

 別に変装してるつもりはないんだけど。


 うーん、ほんとどうしよ。

 敵意のない相手には攻撃しづらいよ。


「だったら正直に名乗れ。んで、戦うか降参するか選ばせろ」

「あ、それいいね」


 スーちゃんの提案に手を叩き、牛頭に対して「私は捕虜を解放しに来た人間だ」と名乗ろうとした瞬間。


「おう、なにやってんだ」


 別の牛頭が現れた。

 手にはチェーンを握っている。

 その先には……首輪をつけられ四つん這いになった、半裸の女の子。


「なんか、見慣れないやつに話しかけられてよ。どうやら領土交換の交渉に来たみたいなんだが」

「あー、そういう話ね。そういうのオレらに言われてもわかんねーから」

「だから隊長に話してくれって言ったんだけどさ」

「そうそう。隊長に言ってくれ」


 新しく現れた牛頭がチェーンを引っ張る。

 首輪が喉に食い込み、女の子は「ぐえっ」と声を上げた。


「ま、どっから来たか知らないけど、はるばるごくろうさん。どうだい、急ぎじゃなけりゃ、一緒にこのオモチャで遊んでいかねえか?」

「おお、いいねえ! 俺にも使わせてくれよ!」

「いいけど手加減しろよ? お前、この間も一匹潰しちまったじゃねえか」

「今度は加減するから! とりあえず、足潰して良い?」

「ひっ、や、やめて……」

「あぁ!? やめろだぁ!?」

「ひいっ!」

「ぎゃはは、脅すな脅すな!」


 はいアウト。


閃熱白蝶弾フラル・ビアンファルハ

「ぼげっ」

「ぶびゅっ」


 それぞれ十六体ずつの白蝶を集中砲火。

 二匹の牛頭は胸から上が完全に消えて無くなった。

 ついでに転がったエヴィルストーンも跡形もなく消しておく。


「え、えっ……?」

「大丈夫?」


 私は解放された女の子に手を差し伸べる。

 彼女は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。


「あ、ごめんね」


 やっぱりビシャスワルト人と思われてるみたい。

 ツノ以外は普通の人間だと思うんだけどな……

 あ、翼もか。


「このツノと翼はただの変装。私は人間の輝術師だよ。町の皆を助けに来たレジダンスなの」

「レジスタンスな」


 スーちゃんの突っ込みを無視して女の子に微笑みかける。

 見たところ、まだ十歳かそれくらいの年齢だ。


「に、人間? 輝術師さま?」

「うん」

「私たちを助けに来て下さったんですか……!?」

「そうだよ。もう心配ないからね」


 女の子の瞳にみるみると涙が浮かぶ。




   ※


 とりあえず、捕らわれてる人たちを解放しなきゃね。

 助けた女の子と手を繋いで裏路地を歩く。

 名前はアルバちゃんというらしい。

 ボロボロの服を着替えさせてあげられないのが辛いけど……


「ごめんね。もう少し我慢してね」

「はい、大丈夫です……あ、あっちです」


 アルバちゃんが指し示す方角。

 流読みで気配を感じる方向と一致してる。

 この先に囚われている街の人たちがいるはずだ。


「よう、おつかれ」

「あ、はい」


 途中、牛頭とすれ違った。

 片手を上げて軽く挨拶をしてそのまま行ってしまう。

 楽で良いんだけど、ちょっとも人間と疑われないのはどうなの?


 とか思ってたら、角を曲がってきた別の牛頭が現れて、


「おっ、オモチャを連れ回してんのか? ちょっと気晴らしに殴らせてくれよ!」

「ひっ!?」

閃熱白蝶弾フラル・ビアンファルハ


 アルバちゃんに手を上げようとしたので問答無用で焼きころす。

 幸いにも他のビシャスワルト人には見られなかった。


「本当に強いんですね……」

「それほどでもないよ」

「あ、ここです」


 ボロい小屋の前でアルバちゃんが立ち止まった。

 小屋のドアは横開き式で、中から開かないようつっかえ棒が差し込んである。


 私はそれを閃熱フラルで焼き切って扉を開けた。


「うっ……」

「ひっ!」


 開けた瞬間、異臭が漂ってきた。

 小さな悲鳴が聞こえるけど、中の様子は真っ暗で見えない。


蛍灯ライテ・ルッチ


 暗闇を照らすと、そこには怯えた表情の女の子たちがいた。


 数は全部で六人。

 みんなボロボロの格好だ。

 中には怪我をしている子もいる。


「やめてください、もう、やめて……」


 その中でも一番年上に見える、二十歳くらいの女性が私の前に立った。

 他の子たちを庇うように涙を流しながら必死に首を振る。

 よく見れば彼女には右腕がなかった。


 ビシャスワルト人たちに『オモチャ』にされていた人たち。

 あまりに酷い光景に、私は吐き気を催すほどの怒りを感じた。


「許せない……」

「ひっ!?」


 思わず呟いたせいで勘違いさせちゃったのか、彼女はこの世の終わりみたいな表情になって後ろに下がった。


「あ、ごめんなさい。あなたに言ったんじゃないよ」

「この人はレジスタンスの人なんだよ!」

「アルバ!?」


 私の横からアルバちゃんが顔を出す。


「私たちを助けに来てくれたんだって! あの恐ろしい牛顔のケイオスもあっさりやっつけちゃったんだよ! すごい輝術師さまなんだよ!」


 興奮気味に喋るアルバちゃん。

 やっぱり知りあいに言ってもらう方が説得力あるね。

 彼女の嬉しそうな様子を見て、小屋の中の人たちにもざわめきが広がる。


「レジスタンスって、そんなの本当にいるの……?」

「言われてみれば輝術師に見えなくもないけど……」


 けど、皆まだ半信半疑っぽいみたい。

 とにかく、この人たちを外に出してあげなきゃ。

 こんな醜悪な所にいつまでも閉じ込めておきたくないよ。


「助けるって、どうやって?」


 そんな中、片腕の女の人が疑いの眼差しで私を睨む。


「あなたが本当にレジスタンスの人で、すごい輝術士さまだとしてもです。町の中には五〇を越えるケイオスがいるんですよ。変装してこっそりここまでやって来れたからって、私たちを連れて逃げるなんて、そ、ん、な、の……」


 喋っていた彼女の声が急にスローになる。

 私は彼女の方を向いたまま、自分の背中側に白蝶を浮かべた。


 そのまま後方に向かって閃熱フラルの光を発射。


「ぼぶーっ!」


 振り向くと、棍棒を持った牛頭のビシャスワルト人が悶絶してた。

 私が放った閃熱白蝶弾フラル・ビアンファルハは……うわっ。

 そいつの股間を思いっきり貫いていた。


「お、おまえ、なにして、なにす……」


 うわー苦しそう。

 可哀想だからひと思いにやっつけてあげよう。


閃熱白蝶弾フラル・ビアンファルハ


 十七つ白蝶を円周上に並べ、一気に閃熱の光を放つ。

 体中のあちこちを削られて牛頭のビシャスワルト人は消滅した。


 改めて小屋の中を振り返ってみる。

 片腕の女の人は目を丸くして口をパクパクさせていた。


 直後、堰を切ったような大歓声が上がる。


「すごい! あの恐ろしいケイオスをこんなにあっさり!」

「本物の輝術師さまだ! 私たちを助けに来てくれたんだ!」


 信じていただけたようでなによりです。

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